掲示板の反撃
翌朝、スレッドは四万件のレスが付いていた。
俺はコーヒーを持ったまま画面を眺めた。昨夜ひなたが言った通りだ。三年前のBランクダンジョン初クリア記録を巡るスレッドは、冒険者掲示板から飛び出して、今や一般のSNSにまで広がっていた。
「師匠、見てますか?」
ひなたが隣に来て覗き込んだ。彼女は昨晩からここにいる。「家帰りたくないんで」と言って、床に寝袋を広げた。
「見てる」
「ここのレス、重要です」
ひなたが画面をスクロールして、あるレスを指差した。
『パーティ記録の写しがある。当時の電子ログが凍結前にエクスポートされてた』
「エクスポート?」
「旧システムからの移行作業のときに、外部に写しが出たんだと思います。完全には削除されてなかった」
俺はそのレスのリンクを開いた。
画像が表示される。ギルドの探索記録フォームだ。日付は三年前。ダンジョン名は——俺も知っている場所だ。
名前を目で追っていく。
パーティリスト。四名。
鷹峰涼介——リーダー。
別の名前が二人。
そして四番目に——榊誠二。役割欄に「サポート要員」とある。
俺は記録を見た瞬間、笑いそうになった。
サポート要員。
あの日、俺が何をしたか。ボスの構造を読んで、弱点を特定して、全員の動きを一手一手指示した。攻撃を担った二人の冒険者に、「今」「右」「下がれ」と声をかけ続けた。クリア後、鷹峰が「俺のパーティがやった」と言ったとき、俺は何も言わなかった。当時はCランクで、何かを主張できる立場だと思っていなかった。
「師匠、この記録だけじゃないんです」
ひなたがさらにスクロールする。
別のスレッドへのリンクが並んでいた。
「同じ構図のパーティ記録が、三件出てきました。全部の名義になってる初クリアで、全部に師匠の名前がサポート要員として載ってます」
「三件」
「二年前と、一年半前と、三年前の今回の。どれも発見時のパーティ記録はあるけど、クリア報告書には《ヴァンガード》しか残ってない」
俺は画像を見続けた。
「掲示板の人たちが気づき始めてます。《ヴァンガード》がCランクの実力者を何度もパーティに引き込んで、成果だけ持っていってたって」
「証明になるか」
「ならないかもしれないです。でも——」
ひなたがSNSのページを開いた。
「これが今、一番拡散されてるやつです」
見出しが目に入った。
『【画像あり】榊誠二は三度"サポート要員"にされていた——《ヴァンガード》の実績詐称疑惑まとめ』
下にスクロールすると、ビフォーアフターの形式で記録の比較が並んでいた。パーティ記録の写しと、ギルド公式の実績リスト。データが食い違う箇所が赤でマークされている。
リツイートとコメントの数が、見ている間にも増えていく。
俺はコーヒーを置いた。
「ひなた、これをお前が作ったのか」
「まとめスレッドを作った人が別にいて、私はその人に画像の出典情報を提供しただけです」
「提供した」
「匿名で。ネットだと繋がりやすい人がいるので」
俺はひなたをもう一度見た。
「《加速》よりこっちの方が使えるんじゃないか」
「両方使えます!」
「ああ」
「怒ってます?」
「怒ってない」
ひなたは少し安堵したように肩を落とした。
「でも師匠、次が来ました」
「次?」
画面を見ると、通知が来ていた。俺のチャンネルのダイレクトメッセージだ。差出人は見知らぬアドレス。
件名に、社名が書いてあった。
『取材依頼——《ヴァンガード》管理権問題について』
ニュースサイトの名前だった。フォロワー数百万の大手だ。
「師匠、受けますか」
俺はしばらく考えた。
受けることのリスク。受けないことのリスク。どちらが今の状況を動かせるか。
「凛花さんに相談してから決める」
「連絡します?」
「する」
スマホを手に取ったとき、画面に通知が重なった。
別のSNSアカウントからの引用リポスト——「榊誠二のコメントを求める」という文章が、今度は主要メディアのアカウントから来ていた。
一つではなかった。三つ、四つ、五つ。
ひなたが画面を見て、小さく息を呑んだ。
「……師匠」
「わかってる」
俺は凛花に電話をかけた。呼び出し音が、二回で切れた。
「見ています」
凛花の声は静かだった。でもその静かさの中に、何か変化があった気がした。
「動きが出ました」
「ええ。これは想定より早い」
「どうしますか」
短い沈黙があった。
「取材は受けてください。ただし——話す内容を先に整理しましょう。今から来られますか」
「行けます」
「ひなたちゃんも連れてきてください。彼女が掘り出した情報が、これから使えます」
電話を切ると、ひなたが俺を見ていた。
「行くぞ」
「はい!」
ひなたはすぐに動いた。立ち上がりながら、片手でスマホを操作し続けていた。どのスレッドかは見えなかったが、何かを追い続けているのは明らかだった。
外に出ると、空が高かった。
掲示板の中で、何かが動いていた。
止まらない何かが。




