配信停止
五日が経った。
ダンジョンへの立入制限は解除されていない。審査委員会からの連絡も、期間の目安もない。ギルドに問い合わせても「現在審議中です」という返答が繰り返されるだけだ。
俺の配信チャンネルからダンジョン動画は消えた。いや、消えたわけじゃない。上げられないだけだ。でも視聴者からすれば同じことだ。
「師匠、今日もダンジョン行けないんですか?」
天野ひなたが、事務所のソファで膝を抱えながら俺を見ていた。
「行けない」
「五日連続ですよ。ご飯ちゃんと食べてます?」
「食べてる」
「顔色悪いですよ」
「お前に言われたくない」
ひなたは俺のところに転がり込んできたのは昨日だ。師匠が大変なときに黙ってられません、と言って。弟子というよりは野良猫に近い動き方をする。
「暇ならスキル訓練でもするか」
俺は腰を上げた。
「わ、やります!《加速》もっと伸ばしたいんです」
「お前のスキルは制御が雑だ。速度より精度を上げろ」
「うへー」
凛花との訓練は、立入制限が出てから毎日続けていた。ダンジョンに入れないなら、地上でできることをやる。それだけだ。今日は午後から合流する予定だったが、せっかくひなたが来たなら三人でやってもいい。
俺がひなたに《加速》の制御課題を説明しているとき、ひなたのスマホがテーブルの上で振動した。
「あ、ちょっと待って」
「見ていい。そっちも大事かもしれないから」
ひなたはスマホを取り上げて画面を覗き込んだ。最初はいつもの気軽な表情だったが、十秒も経たないうちに顔が変わった。
「……師匠」
「何だ」
「これ、見てもらえますか」
画面を差し出してくる。冒険者の情報共有掲示板——ダンジョン関係者が使う非公式の場所だ。俺もたまに見る。
スレッドのタイトルに目が行った。
『《ヴァンガード》の申請、裏に何かある?調べてみた』
「ひなた、これ——」
「今朝から伸びてるスレッドです。私、気になって追ってたんですけど」
「いつから見てたんだ」
「えっと……立入制限が出た日から」
俺は画面を受け取ってスクロールした。
スレッドの主は、《ヴァンガード》の過去の活動歴を遡って洗い出していた。ギルドの公開記録、地方紙の記事、旧式の情報サイト——断片的な情報を組み合わせて、パターンを浮かび上がらせようとしている。
「これ、お前が書いたのか」
「違いますよ!でも同じことを並行して調べてました」
俺はひなたを見た。
「同じことを?」
「なんか嫌な感じがして。師匠が追い出された構図って、どっかで聞いたことあるなって。それで掘り返してたら——」
ひなたがスマホを操作して別のウィンドウを開いた。メモアプリだ。タイムラインと出典のリストが並んでいる。
「これ、ひなたがまとめたのか」
「暇だったので。でも師匠には言いにくくて」
「なんで言いにくい」
「師匠、こういうの調べるより訓練派じゃないですか」
俺は一瞬返事に詰まった。
「……そういう評価をされてるのか、俺は」
「違いますか?」
違わないかもしれない。
「続けろ。見せてみろ」
ひなたは口元が少し緩んだのを隠して、スマホを操作し始めた。情報を画面に出しながら説明していく。
見た目はどう考えても能天気な後輩で、空気を読まずにしゃべり続ける子だ。でも今この瞬間、話している内容は整理されていた。情報の出典を覚えていて、矛盾点を指摘できて、複数のソースを突き合わせながら話している。
「師匠、一個すごく引っかかることがあって」
「言え」
「三年前のBランクダンジョン初クリア記録。《ヴァンガード》の名義になってるんですけど——その時の探索者リスト、ギルドのデータベースに残ってるじゃないですか」
俺は止まった。
「それを調べたのか」
「見られるデータは全部見ました。榊誠二って名前、あそこに出てくるんですよ」
俺の頭の中で、何かが繋がりかけた。
ひなたがスマホの画面を俺に向けた。
「師匠ってこのダンジョン、入ったことありますよね」
俺は画面を見た。
答える前に——玄関のインターフォンが鳴った。凛花が来た時刻だった。
「後でちゃんと話す」
「はい」
ひなたは静かに頷いた。さっきまでの飄々とした雰囲気は消えていた。
「でも師匠、このスレッド——今夜中に掲示板の外に出ると思います」
「なぜそう思う」
「閲覧数が、この十分で三千増えました」
俺はドアの方へ歩きながら、もう一度ひなたを振り返った。
侮っていたわけではない。でも、ここまでとは思っていなかった。
「お前、情報収集が得意なんだな」
「褒めてます?」
「褒めてる」
ひなたは照れたように笑った。でもすぐに顔を引き締めて、スマホに視線を戻した。
「続き、調べてます」
その声は、いつもより少し低かった。




