管理権移譲【第3章 誇りを奪い返す】
申請書の提出は、発見から二日後だった。
ギルド本部から呼び出しを受けたのは朝九時。俺がダンジョン入口に向かっていたのと、ほぼ同時刻だ。
「榊誠二さん、本日より当面の間、対象ダンジョンへの立入を制限します」
担当者の声は事務的だった。感情が削ぎ落とされた、書類を読み上げる声。
「理由を聞かせてください」
「《ヴァンガード》より未発見階層の管理権移譲申請が提出されました。処理期間中、発見者含む関係者の立入は安全管理上の観点から制限されます」
「……期間は」
「現時点では未定です。審査委員会の判断次第となります」
カウンターの向こうで、担当者は俺の顔を一度も見なかった。
俺は三秒、黙っていた。怒鳴ることも、詰め寄ることも、できたと思う。でもそれをやっても何も変わらない。担当者は書類を処理しているだけで、意思決定者ではない。
「わかりました」
俺は頷いて、ギルドを出た。
外の空気は冷たかった。十一月の朝。ダンジョン入口への道を半分まで歩いていたので、引き返す形になった。
スマホを取り出して凛花に連絡する。
「聞きました。ギルドから私にも連絡が来ています」
「《ヴァンガード》の動きが速い」
「準備していたんでしょう。あなたの配信が二百万を超えた時点で、申請書は完成していたと思います」
「合法ですか」
「規定の抜け道を使っています。未発見階層は発見者の単独管理ではなく、認定クランが関与できる条項がある。Cランクが単独で管理するのは安全上問題がある——という理屈で通しています」
俺は歩きながら、空を見た。薄い雲が流れていた。
「理屈は通っているわけですね」
「形式的には。でも実態は権利の横取りです」
「それを証明するのが難しい」
「ええ」
電話口の向こうで、短い沈黙があった。
「今日の配信はどうしますか」
「ダンジョンに入れないなら、入口前での報告配信になりますね」
「視聴者への説明が必要でしょうね」
俺は配信を始めた。いつものセットアップ——カメラを構えて、インカムをセットして、アプリを起動する。今日は背景がダンジョン入口ではなく、近くの広場のベンチだった。
「おはようございます。今日は少し事情があって、ダンジョンに入れない状況になっています」
コメントが流れ始める。「どういうこと」「大丈夫?」「急に何が起きた」「もしかして《ヴァンガード》絡み?」
鋭い視聴者がいた。
「正直に話します。《ヴァンガード》から管理権移譲の申請が出ていて、審査中は立入制限がかかっています。法的な手続きに従っている状況なので、今は待つしかない」
「不当だと思いますか、という質問が来ていますね」
俺はカメラを見た。
「思います。でも感情論で話しても意味がない。規定の範囲内でできることをやります」
コメントが加速した。
「応援してる」「絶対負けるな」「《ヴァンガード》許せない」「クソクラン」「でも榊が冷静なの格好いい」
数十万人分の言葉が、画面の中で流れていく。
俺はそれを見ながら、少しだけ息を吐いた。
怒りがないわけではなかった。ない方がおかしい。三日かけて発見した場所を、一枚の申請書で奪われようとしている。
でも今、この数十万人が見ている。
崩れるところを見せる必要はない。
「今日はダンジョン以外の話をしましょう」
俺は言った。
「《構造透視》の仕組みとか、ダンジョン探索の準備とか。入れない間にできることをやります」
コメントが「それはそれで見たい」「スキルの解説助かる」「落ち着いてる榊すき」と流れた。
配信は二時間続いた。
終わった後でスマホを確認すると、凛花からメッセージが届いていた。
「審査委員会のメンバーに、《ヴァンガード》の顧問弁護士と繋がりのある委員がいます。調べたほうがいいかもしれません」
俺はその文字を三回読んだ。
そして返信した。
「了解です。何か動きがあれば教えてください」
画面を閉じて、ベンチから立ち上がる。
冷たい風が吹いた。
ダンジョンの方向を、一度だけ見た。
入れない間に、向こうで何かが動いている気がした。




