古代遺構
百メートル歩いて、わかったことがある。
この場所は廃墟じゃない。
廃墟というのは、使われなくなった建物のことだ。でも俺が今歩いているこの場所は、壁の文字が光り、床に何かが流れ、天井の見えない暗闇から圧力のようなものが降りてくる。
機能している。何かが、今も動いている。
「凛花さん」
「います」
「ここ、生きてます」
「……もう少し具体的に話してもらえますか。配信を見ている視聴者と、私のために」
俺はカメラに向かって《構造透視》で見えているものを説明した。
「この施設全体を立体マップで見ると、構造物の各所に同じ素材が走っています。血管みたいに。で、その素材の中を何かが流れている。液体ではない。でも流れている」
コメントが荒れ始めた。「魔力回路じゃん」「まじで古代遺跡すぎる」「ドキドキして心臓おかしくなりそう」。
「施設の規模は」
凛花の問いは的確だった。感情を挟まず、必要な情報を引き出す。俺が喋りやすいように整えている。それに気づいてから、インカムの声が少し違って聞こえるようになっていた。
「少なくとも直径五百メートル以上の円形構造です。中央に何かある。そこが中核だと思う」
「B-ランク以上のモンスターは検知できますか」
「今のところない。でも、それが逆に不気味で」
死角があるわけじゃない。《構造透視》のマップに生物反応がない。それはつまり、この場所に来る生き物がいないということだ。あるいは、来られない理由がある。
俺は柱の列を外れ、壁に近づいた。
文字が、密度を増している。
入口付近では間隔が広かったが、奥に進むほど文字が増え、壁を埋め尽くすように刻まれていた。《構造透視》で壁の厚みを確認すると、文字の彫り込みは表面だけではない。壁の内部まで三次元的に彫り込まれていた。
「立体的に彫ってある」
「三次元の文字、ということですか」
「表面が一層目で、内部に二層、三層と続いている。全部合わせると情報量が膨大だ」
「解読できれば」
「とんでもないことになるかもしれない」
コメントに「言語学者出動」「ギルド絶対黙ってない」「政府が隠蔽するやつだ」と流れていた。そのうち「政府が隠蔽するやつ」は笑えない冗談じゃないかもしれないと思い始めていた。
ヴァンガードが黙っているわけがない。この映像は今、三十万人が見ている。鷹峰も、見ているかもしれない。それでいい。むしろそのためにカメラを回している。
中央部まで、あと百五十メートルほど。
《構造透視》のマップに映る中核の物体が、少しずつ大きく見え始めた。球形、直径三十メートル前後。素材は周囲の石材と異なる。密度が桁違いに高い。俺のスキルでも、内部構造が詳細には読めない。
それよりも気になるのは。
「振動が強くなっています」
「振動?」
「音じゃないんです。体で感じる振動でもない。でも、《構造透視》で見ると、中核の物体がリズムを刻んでいる」
カメラを前に向けたまま、マイクに向かって言った。
「一定間隔です。速すぎず、遅すぎず」
「……どのくらいの間隔ですか」
俺は少し黙った。
「人間の、安静時の心拍に近い」
配信のコメントが止まった。一秒、二秒。それから波が来た。「やばい」「やばい」「やばい」が無数に流れる。他のコメントが見えなくなった。
俺は立ち止まり、《構造透視》を最大に広げた。
施設全体のマップが、頭の中に広がる。外壁、柱の配列、壁を走るエネルギー回路、そして中央の球体。
球体が、鼓動している。
比喩ではなく、収縮と膨張を繰り返している。ごく微小な変動だが、《構造透視》はそれを拾っていた。
「《構造透視》に映っています」
声が、自分でも思ったより静かだった。
「球体が収縮と膨張を繰り返している。心拍と同じリズムで」
五歩、前に進む。
《構造透視》のマップが更新される。球体の輪郭がより鮮明に。そしてその内部に、俺はついに何かを見た。
形がある。
輪郭がある。
物体ではない。構造ではない。
「脈動している……これは、生きている」
声が、遺構の天井に吸い込まれた。
コメントが止まった。
インカムの向こうで、凛花も黙っていた。
世界が、息を呑んでいた。
五百メートル地下の、誰も知らない古代遺構の中で、俺はその「何か」と、向き合っていた。
次の一歩を踏み出すべきか。
足が、勝手に前に出ていた。




