弟子入り志願
ギルドのカウンターで書類を処理していたら、扉が勢いよく開いた。
「弟子にしてください!」
俺は書類から顔を上げた。
受付フロアに突っ立っていたのは、小柄な女の子だった。年のころ二十前後。茶色の髪を高い位置でツインテールに結び、E-ランク用のボディアーマーがどう見ても一サイズ大きい。両手をぎゅっと握りしめて、こちらを真っすぐ見ている。
「誰に言ってるの」
俺は周りを見渡した。ギルドの受付フロアには他に四、五人の冒険者がいたが、全員が困惑した顔でその子を見ていた。
「榊誠二さん、ですよね!?」
「そうだけど」
「わたし、天野ひなたといいます! Dランクで、スキルは《加速》です! 師匠の配信、五話から全部見てます!」
「師匠」
「弟子にしてもらえたら師匠って呼ぼうと思って!」
「まだ弟子じゃない」
「なってほしいです!」
声がデカい。フロアの全員がこっちを見ている。カウンターの奥から凛花が出てきて、俺の隣に立った。怒っているわけではないが、目が笑っていない。
「榊さん、どうされますか」
「どうしろと」
「お断りになるなら、私からご説明します」
「まずは話を聞く」
俺はため息をついて、天野ひなたとやらをフロア隅の長椅子に座らせた。
「なんで俺のところに来た」
「だって師匠——」
「まだ師匠じゃない」
「榊さんの配信、最初から見てたんです。蹴り出されたとこも、《構造透視》がステージ2になったとこも、全部。それで思ったんです。この人についていけば、絶対強くなれるって」
「俺はソロだ」
「わかってます。邪魔はしません。ダンジョン中は黙って後ろについていきます。荷物も持ちます。料理もできます。洗濯も——」
「家政婦を探してるわけじゃない」
「お願いします」
彼女は頭を下げた。深く、まっすぐ。
俺は数秒、沈黙した。
コイツは本気だ、という確信が来るのに時間はかからなかった。軽い気持ちでここまで来たわけじゃない。アーマーが大きいのも、おそらく一番安いやつを買ったからだ。ギルドの受付フロアで叫ぶのも、後先考えていないというよりは、引き下がれない覚悟の裏返しに見えた。
「スキルは《加速》、と言ったな」
「はい!」
「どんな使い方をする」
「自分の体の動きを速くします。最大で通常の二・五倍くらいです。今は」
「今は?」
ひなたは少し間を置いた。
「自分の体以外には、まだ使ったことなくて。でも——」
「でも?」
「触れているものも、加速できるんじゃないかって、思ってて」
俺の思考が一瞬止まった。
《加速》。対象が自分の体だけなら、高速移動と回避に特化したスキルだ。Dランク帯では十分強力だが、それ以上でもない。
だが、もし「触れているものを加速できる」なら話が変わる。
投げたナイフを加速させれば、銃弾に近い速度が出せる。仲間の攻撃に触れながら加速させれば、斬撃の速度がそのまま跳ね上がる。あるいは——俺の《構造透視》で弱点を特定した後、ひなたがその一点に加速した攻撃を叩き込む。
コンボとして成立する。
「……一週間」
顔を上げたひなたが目を丸くした。
「試用期間だ。まずE-ランクのダンジョンで動きを見る。使えると判断したら続ける。役に立たないと判断したら、そこで終わり」
「わかりました!」
「返事が早い」
「考えるまでもないです!」
「規則がある。俺の指示は絶対に守れ。判断に迷ったときは止まれ。突っ込むな。いいな」
「はい、師匠!」
俺はこめかみを押さえた。
「まだ師匠じゃないと言った」
「でも師匠になってくれますよね?」
「……なるかもしれない」
「やった!」
フロアに響き渡る声で叫んで、ひなたはぴょんと跳びはねた。アーマーがガシャガシャと鳴った。周囲の冒険者が苦笑いしているのが視界の端に映った。
「榊さん」
カウンターに戻りかけた凛花が、振り向かずに言った。
「彼女のギルドカード確認が必要です。少し待ってください」
「ああ」
「それと」
「何」
一拍の間があった。
「……お似合いかと思います」
何が? と聞こうとしたが、凛花はもう受付の奥に消えていた。
「師匠、あの受付のお姉さんって——」
「手続きを済ませろ」
「はい! でも、あの人——」
「天野」
「はい!」
「後にしろ」
「……はい」
俺が制したのに、ひなたはにこにこしたまま凛花の後を追ってカウンターに向かった。
俺はため息をついて窓の外を見た。
加速した攻撃、か。
《構造透視》で弱点を見つけ、そこに速度を乗せた一撃を叩き込む。
考えるほど、面白い絵が浮かぶ。




