地下への階段【第2章 配信者覚醒す】
石段は、まっすぐ下に続いていた。
勾配は急だ。一段の高さが通常の階段の一・五倍はある。加工された痕跡がある石材だが、モルタルも鉄筋も使っていない。石を組んで、何かで固定している。何かで、というのが問題で、《構造透視》で見ると接合部に未知の物質反応が出る。現代の建築資材ではない。
【今、三十段降りました。まだ下が見えません】
コメントが流れている。角に置いたスマホのサブカメラで下向きに映しながら、メインカメラを自分に向けて喋る。
配信の同時視聴者数は、今この瞬間、三十万を超えていた。
一瞬だけ、鷹峰の顔が頭をよぎった。あいつらが「スキルエラー」と笑って追い出した男が、今三十万人に見られている。
【三十万!みなさんありがとうございます。でも今は前だけ見ます】
笑えない冗談を言いながら、足元を確認する。段差の端が欠けている箇所がある。《構造透視》で確認すると内部の亀裂はほぼない。古いが構造的には安定している。
五十段。六十段。
空気がさらに冷えた。耳に圧がかかり始めた。地上との高低差は、体感で十メートル以上ある。
「凛花さん、聞こえますか」
「聞こえています」
「コメント欄見えてます?」
「見ています。荒れてはいません。みんな息を呑んでいる、という感じです」
「適切な表現だ」
七十段を過ぎた辺りで、足元が変わった。
石段が終わり、平らな床になった。足の裏に伝わる感触が違う。石材の種類が変わっている。《構造透視》で足元を確認すると、この床材は均質だ。石の粒子が細かく、加工精度が高い。
カメラを床に向けて映す。
灰色の石床。継ぎ目が整然と並んでいる。
「……人工物だ」
コメントが爆発した。「廃墟系じゃん」「現代ダンジョンの下に古代遺跡?」「こういうやつ好きすぎる」「発見者として歴史に名前残るやつ」。
立ち上がり、ライトで前方を照らす。
視界に、構造物が飛び込んできた。
柱だ。
四角い断面の石柱が、左右に並んでいる。高さは六メートルほどか。天井はさらに高く、ライトが届かない。《構造透視》を広角に切り替えると、この空間の大きさが頭に流れ込んできた。
横幅、百メートル超。
奥行き、さらにその先まで続いている。正確な長さが出ない。《構造透視》の視野範囲を超えていた。
「でかい」
思わず声が漏れた。コメントで誰かが「でかいって言った」と書いているのが見えた。
柱には文様が刻まれている。カメラを向ける。規則的な繰り返しパターンと、ランダムに見える複雑な記号が混在している。
「凛花さん、この文字、ギルドのデータベースに何かありますか」
インカムの向こうで、凛花がわずかに間を置いた。分析しているのか、映像を確認しているのか——その静かな声が戻るまでの数秒が、なぜか気になった。
「……映像を確認しています。該当する文字体系は今のところ出てきません」
「つまり未知の文字」
「少なくとも既知のダンジョン関連言語ではないです」
コメントが読めない速度で流れている。「解読できる人いる?」「絶対に意味ある配列だろこれ」「なろう主人公が古代文明発見するやつ始まった」。
俺は最後のコメントを読んで、少しだけ笑った。
笑いながら、《構造透視》を前方に向けた。
柱の列が続く空間の奥に、何かある。構造的に密度の高い塊。マップとして見ると、球形に近い巨大な物体が、この遺構の中心部に位置していた。
距離は、三百メートルほど先か。
そしてその物体から、何かが伝わってくる。
振動ではない。波動でもない。強いて言うなら、リズム。
規則的な、繰り返しのリズム。
「……なんだ、これ」
カメラに向かって言ったわけじゃなかった。でもマイクが拾っていた。
コメント欄が静まり返った。数万人が、息を呑んで次の言葉を待っている。
壁の文字が、ライトの下で静かに光った。
光った?
俺は目を疑った。反射ではない。石の内部から、ごく微弱な光が滲み出している。《構造透視》で確認すると、文字の彫り込み部分に、エネルギー的な何かが流れていた。
死んでいない。
この場所は、まだ生きている。
「続けます」
コメントが再び動き出した。「行くな」「行け」「絶対に行け」。正反対の意見が並ぶ中、俺は柱の列に沿って、奥へ向かって歩き始めた。
そして直感があった。この場所は、俺が来るのを待っていた。




