未発見階層
翌朝、ギルドの報告窓口は騒然となった。
「未発見階層の可能性がある、ということですね」
カウンターの向こうで、ギルド調査部の担当者が書類を手に立っていた。中年の女性で、表情は慎重だが目が光っている。凛花が同席を申し出てくれたので助かった。一人で来ていたら、たぶん相手にされなかった。
「位置は、Dランクダンジョン『東京第七迷宮』の最下層から、さらに真下」
「スキル《構造透視》で検知した、ということですが……信頼性の担保はありますか」
横から凛花が口を開いた。
「昨日の訓練施設での段階進化を私が目視で確認しています。また、九条凛花の証言として記録に加えてください」
担当者が少し沈黙した。
「……承知しました。正式に調査案件として受理します。ただし、実地確認が取れるまでは未確認情報として扱わせてください」
手続きが終わると、凛花が静かに言った。
「今日、確認に行きますか」
「もちろん」
「配信しながらですね」
「それが俺の仕事ですから」
彼女はかすかに口元を緩めた。笑ったのか、そうじゃないのか、判断が難しい表情だった。
午後二時、配信スタート。
コメント欄はすでに賑やかだった。「今日も来た」「ソロ探索の兄貴」「前回のボスワンパン切り抜きまだ見てない人は見て」。登録者が十五万を超えていた。先週までの倍近い。バズった動画の余熱がまだ続いている。
【今日はちょっとした確認作業。でも、もしかしたらとんでもないものが見つかるかもしれない】
配信タイトルをそう設定した。煽りすぎず、でも興味を引く。視聴者の温度を上げるのは序盤が大事だ。
東京第七迷宮の入口を抜け、最短ルートで最下層まで降りた。《構造透視》で安全確認しながら進むので、エンカウントをほぼ全て回避できる。視聴者からは「チートすぎる」というコメントが絶えないが、これが俺のスタイルだ。
最下層の、北の壁際。
昨日、立体マップで検知した空洞への接続点。《構造透視》を絞り込んで壁の内部に向ける。
あった。
壁の向こう、三十センチほどの石材の奥に、空間がある。そしてその空間の端に、古びた石段が続いていた。
【みなさん、見えますか。俺のスキルには見えています。この壁の向こうに、階段があります】
コメントが一気に増えた。「嘘だろ」「壁抜けするの?」「公式マップにない場所じゃん」。
俺は壁の一点に手を当て、構造の薄い箇所を探した。段階進化した《構造透視》なら、材質の変化点まで拾える。左上の角、二十センチ四方の部分だけ、石材が半分の厚さしかない。
そこを肘で叩く。
乾いた音。石がずれた。
内側から崩れるように、壁の一区画が落ちた。向こうに、空気が流れ込んでくる。冷たい。ダンジョンの下層よりさらに温度が低い空気だ。
暗い穴の奥に、石の階段が続いていた。
【未発見階層、確定です】
配信のコメント欄が止まった。一瞬の沈黙。それから爆発するように流れ始めた。「マジか」「発見者になっちゃった」「ギルドに報告しろ」「もう報告済みって言え」「降りるな危ない」。
俺はカメラに向かって言った。
「ソロで行きます」
「榊さん」
インカムから凛花の声。
「難易度は推定でBランク以上です」
「わかってます」
「……配信、落とさないでください」
「落としませんよ」
階段の前に立ち、《構造透視》を下に向ける。まだ全体像は見えない。深すぎる。でも、道はある。
一歩、踏み出す。
――その頃、東京冒険者ギルド本部の一室で。
大型モニターが並ぶ管理室に、一人の男が立っていた。
鷹峰涼介。ヴァンガードのリーダー。俺を蹴り出した男。
「未発見階層か」
彼はモニターに映る配信画面を見ながら、低く呟いた。
「面白い」
その口元には、笑みがあった。




