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古代文明、全部“暇つぶし”でした。  作者: あめたす


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第8話:砂漠の落書き、千年のドッキリ

第8話:砂漠の落書き、千年のドッキリ


 セスナの機体が、再び大きく傾いた。

 眼下には、有名な「コンドル」が羽を広げている。翼の端から端まで百メートルを超えるその威容は、上空から見れば確かに神々しい。けれど、その壮大さに気圧されている僕らの隣で、江花亜沙美だけは冷ややかな観察者の目を崩さなかった。


「……さて。河田君、お待たせ。ここからは君のターンよ」


 江花がカラーグラスを指でくいと上げ、レコーダーのマイクを僕の口元に寄せる。


「羽院先生が語った『高潔な祈り』の裏側。君が受信している、その……『生々しいノイズ』ってやつを聞かせてくれない? 例えば、この砂漠には宇宙人の滑走路があるなんていう、ベタな都市伝説があるけれど。……あれ、本当のところはどうなの?」


 僕は、窓にこびりついた砂の粒を見つめながら、ぼそっと答えた。


「……宇宙人、ですか。それ、たぶん宇宙人が一番心外だと思いますよ」 


「……は?」


 隣で朱理が、眉間に深い皺を刻んでこちらを睨む。


「滑走路って、つまり『何かを運ぶための機能的な場所』ってことですよね。……でも、ここにあるのって、ただの『地面』ですから。宇宙船が降りるには、あまりに地面が柔らかすぎるし、凸凹でこぼこだし。……そもそも、宇宙を渡ってくるような高度な文明の持ち主が、わざわざ地球の砂利をどかして目印を作るなんて……それ、現代人が公園の砂場に『ここに車を止めてください』って書くより効率悪くないですか?」


「……妙に説得力のある全否定ね」


 江花がクスクスと笑いながら、万年筆のキャップをガリガリと噛んだ。


「じゃあ、宇宙人の滑走路じゃないとしたら。……この、地上からは絶対に見えない巨大な幾何学模様。彼らは何を思って描いていたの? 祈りですらなく、滑走路でもないなら、これは一体何?」


「……いや、別にいいんですけど。……たぶんですけどね」


 耳の奥で、乾いた風の音に混じって、大勢の男たちの笑い声が聞こえてくる。

 それは、儀式のような静謐なものではなかった。もっと、運動会の準備をしている時のような、あるいは文化祭の前夜のような、騒がしくて、どこか適当な熱気だ。


「……あそこに、真っ直ぐな線が何キロも続いてるじゃないですか。考古学的には『儀礼用の道路』とか言われてるやつ」


「そうよ。神聖な行列が通るための道よ。それが何か?」


 朱理が食い下がる。僕は、その線の「始まり」と「終わり」を指差した。


「……あれ、ただの『チキンレース』ですよ」


「……はい?」


「『誰が一番、よそ見をせずに真っ直ぐ石をどかせるか』っていう遊びです。……最初は、十メートルくらいだったんだと思います。でも、誰かが『俺はあそこの丘まで真っ直ぐいけるぜ』って言い出して。そしたら別の奴が『じゃあ俺は向こうの山までだ』って。……それで、気づいたら何キロも線が引かれちゃっただけじゃないですかね」


 機内が、一瞬だけ静まり返った。エンジンの音だけが虚しく響く。


「……河田くん、あなたね……」


「……あ、あと、あのハチドリとかサルとかも。……たぶん、最初はもっと小さかったんですよ。でも、作ってる途中で、隣の村のやつらが『お前んちの鳥、小さくて見えねえな』って茶化しに来て。……それでムキになって、『じゃあ、向こうの崖まで広げてやろうじゃねえか!』って。……もう、意地なんですよ。意味とかじゃなくて、単なるマウントの取り合い」


「……マウント」


 江花が、心底愉快そうに目を細めた。


「最高ね。千年前のパンパで、男たちが『俺の絵の方がデカい』って言い合いながら砂利をどかしてたわけ? 神への祈りでも、宇宙へのメッセージでもなく、ただの隣人への見栄。……羽院先生、これ、あなたの『遺志』っていう解釈と、どっちが真実に近いかしらね」


「……ありえない。そんな、あまりに下らなすぎるわ……!」


 朱理の声が、怒りで小さく震えている。けれど、その目は窓の外の、あの「よれた線」から離れられずにいた。


「……でも、楽しそうですよ」


 僕は、ぼそっと付け加えた。


「……意味があるから頑張る、っていうより。……『これ、後で見たら絶対にビビるぜ』って言いながら、誰も見ることができない地上絵を描いてる。……誰も見ないからこそ、やりたい放題できるっていうか。……壮大な、自分たちだけの内輪ネタ。……それって、すごく贅沢な暇つぶしだと思いませんか」


 朱理は何も答えなかった。

 フィールドノートを握りしめる彼女の指先が、白くなっている。

 僕は、受信した「ノイズ」の最後の一欠片を反芻した。


『――おい、これ、いつか空を飛べる奴が現れたら、どう思うかな』


『腰抜かすんじゃねえか? 「なんだこの無駄な絵は!」ってよ』


『わはは! そりゃいい。最高の手向けだな』


「……先生、どうしました? 顔色が悪いですよ」


 江花が、意地悪なほど優しく問いかける。

 朱理は、窓の外の赤茶けた大地を、まるで初めて見る未知の惑星のように見つめ返していた。


「……理解、できないわ」


 彼女が、やっとの思いで声を絞り出す。


「……意味がないなんて。……そんなの、信じたくない。……信じたら、私が今まで積み上げてきたものが、全部……」


「……全部、石ころ並べ。……でしたっけ?」


 江花が、数日前に放った残酷な言葉を、リミックスするように繰り返した。

 朱理は、ゆっくりと僕の方を向いた。その瞳には、今までのような拒絶ではなく、底の知れない「空虚」への恐怖が宿っていた。


「……河田。……あなた、本当は、何を知っているの?」


 その問いに、僕は答えなかった。

 セスナの高度が、少しずつ下がり始める。

 地上からは決して見えない、千年前の悪ふざけ。

 その巨大な「意味の欠落」が、僕らを静かに、けれど確実に侵食し始めていた。

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