表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
古代文明、全部“暇つぶし”でした。  作者: あめたす


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/2

第2話:居抜きのピラミッド

第2話:居抜きのピラミッド


 「……いい? 河田君。この内部構造こそが、クフ王の魂を天界へと導くための、壮大なる宗教的ギミックの核心なのよ」

 

 翌日、ピラミッド内部。

 狭く急な「大回廊」を登りながら、羽院朱理は懐中電灯を壁に押し当てて熱弁していた。

 背後の僕に向かって、砂混じりの吐息を漏らしながら。

 

「この寸分の狂いもない石積みの美しさ。ここを通る王の魂が、北極星に向かって……」

 

「先生。あー、すいません、ちょっとストップ」

 

 暗がりの先、いわゆる「王の間」に足を踏み入れた瞬間、僕の耳に別の「音」が流れ込んできた。

 それは厳粛な儀式の調べなどではなく、もっとこう、新築物件の内見に来た若夫婦のような、ふわふわした会話だった。

 

「……あの。王様、さっきから『ここ、涼しくて最高じゃん』って言ってますね」

 

「……なんですって?」

 

 朱理が懐中電灯を僕の顔に向けた。眩しい。

 

「いや、たぶんですけど。ここ、元々は別の目的で作ってたんですよね。ただの『デカい石の塔』として。でも、出来上がったのを視察に来たファラオが、このひんやりした空間を妙に気に入っちゃって」

 

『おい、ここいいな。外あんなに暑いのに、ここだけキンキンだよ』

 

 脳内のファラオが、ノリノリで石の壁をペタペタ触っている。

 

『なあ、これ僕が死んだあとの墓にちょうどよくね? サイズ感もちょうどいいし。誰にも邪魔されなそうだし。よし、今日からここ、僕の墓ね! 決定!』

 

「…………」

 

 僕がそれを逐一実況すると、朱理の持つ懐中電灯がガタガタと震え始めた。

 

「……ありえない。王の墓として設計されたからこそ、この完璧な星位との一致があるのよ。それを……『ちょうどよかったから墓にした』? あなた、人類史上最大の建造物を、居抜きの賃貸物件みたいに言うのね!」

 

「いや、意味なんて後付けだって、いつも言ってるじゃないですか。文化祭の舞台だって、終わったあとはゴミ捨て場になったりするでしょ。あれの逆ですよ」

 

「逆って何よ!」

 

「作ってるうちに、なんか『使い道』が見つかっちゃったんですよ」

 

 沈黙。

 王の間の静寂を切り裂くように、パチリという音が響いた。

 

「いいですね。……『居抜きのピラミッド』。視聴者が食いつきそうなワードです」

 

 入り口に、一人の女性が立っていた。

 オーバーサイズの白シャツに、薄いカラーグラス。

 独立系メディアを主宰する江花亜沙美えばな あさみが、イヤホンを片耳にかけながら、ニヤニヤとこちらを見ていた。

 

「……江花さん。どうしてここに」

 

 朱理が露骨に嫌な顔をする。江花は手にしたICレコーダーをひらつかせた。

 

「先生、ちょっとストップ。ロマンとか知の結晶とか、そういう『耳に心地よいノイズ』はもうお腹いっぱいなんです。視聴者が求めているのは、もっとこう……台無しな真実。ねえ、河田君だっけ。君の話、すごく『構造的』で面白いよ」

 

 江花は迷いなく僕の隣まで歩いてくると、カラーグラスをずらして僕を上から下まで眺めた。

 

「要するに、これってSNSの『バズ』と同じだよね? 誰かが無意味に始めたことが、デカくなりすぎて、後から権力者が『これは自分の功績だ』ってタグ付けして乗っかった。……ピラミッドは、世界最古のトレンドハックってことでしょう?」

 

「あー、まあ、そんな感じかもしれませんね。たぶん」

 

「ふざけないで!」

 

 朱理が声を荒らげた。狭い石室に彼女の声が反響する。

 

「そんな、金や承認欲求みたいな汚い話じゃない! ここには、祈りがあったのよ! 意味がなければ、これだけの熱量は生まれない!」

 

「先生、それですよ」

 

 江花が、万年筆のキャップをガリガリと噛みながら、冷ややかな声を出す。

 

「あなたが本当に怖いのは、ピラミッドに意味がないことじゃなくて、ピラミッドに意味がないと『あなたのこれまでの研究人生が、単なる石ころ並べを眺めてただけになること』……ですよね? 図星ですか?」

 

 朱理の顔から、血の気が引いた。

 

「……あなたに、何がわかるの」

 

「わかりますよ。だって、王様は全裸だって、この河田君が証言してるじゃないですか。あとは、各自勝手に『意味』っていう名前の風邪薬でも飲んで寝てればいいんじゃないですか?」

 

 江花の言葉は、鞭のようにしなった。

 

 「意味がある」と信じることで世界を支えてきた朱理。

 「意味などない」と知りながら、その空虚さを面白がる江花。

 

 僕は二人の間で、足元の石畳を見つめた。

 そこには、3000年前に作業員がこぼしたであろう、麦茶の跡みたいなシミが、今もかすかに残っているような気がした。

 

「……いや、別にどっちでもいいんですけど」

 

「よくない!」

 朱理の叫びが王の間に反響する。彼女の目は、僕ではなく、この石の壁の向こう側にある「何か」を必死に探しているようだった。


「……明日になれば、わかるわ」


 朱理は震える指で懐中電灯を握り直した。


「教授が来る。江戸輪教授が合流すれば、あなたのその『居抜き説』なんて、学術的な地滑りで跡形もなく消えるんだから。江花さんも、あなたのレコーダーに吹き込む価値のある『真実』を、教授が教えてくれるわ」


「江戸輪先生ね。あの、砂漠の石全部に名前を付けないと気が済まない分類オタクの」


 江花は興味なさそうに、スマホの画面をタップした。


「まあいいわ。その『高貴な真実』とやらを聞いてからでも、私の動画の編集は間に合うし。ねえ河田君、君、明日までに『モアイ』のことも、もっと詳しく思い出しておいてよ。あっちも相当、ひどいノリで作られてる気がするから」


「……たぶんですけど」


 僕は、自分の声が狭い石室の空気に吸い込まれていくのを感じた。

 意味があろうがなかろうが、この石、めちゃくちゃ冷たくて気持ちいいですよ。

 それだけで、十分じゃないですかね。

 やってるときは、本気だったんだし。

 二人の視線が僕に突き刺さる。

  

 ギザの夕闇が、巨大な暇つぶしのシルエットを、残酷なほど美しく描き出していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ