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古代文明、全部“暇つぶし”でした。  作者: あめたす


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第1話:クフ王の「ちょっと高くね?」

第1話:クフ王の「ちょっと高くね?」


 「これ、もう1段いっちゃう?」


 「いや、さすがにこれ以上は積みすぎだって。誰が運ぶんだよ」


 「いいじゃん。デカい方が面白いし。ほら、あっちのチームに負けたくないだろ?」


 3000年前の乾燥した風に乗って、そんな「学祭の準備」みたいな軽薄なノリが、僕の脳内に直接流れ込んでくる。

 目の前には、人類の知の結晶、世界七不思議の1つ、ギザの大ピラミッド。

 そして、その偉大な遺産を前に、今にも血管が切れそうな形相で熱弁を振るう女性が1人。


「いい、河田君。この傾斜角51度51分。これが偶然だとでも思っているの? これは古代エジプト人が天文学と数学を極め、宇宙の真理を石に刻んだ証拠。死と再生を司る、神聖なる装置なのよ!」


 羽院朱理はいん・しゅり准教授。

 30代にして考古学界の期待を背負う彼女は、砂埃で汚れたサファリジャケットをなびかせ、僕を指差した。


「それを……何? あなたさっきなんて言った?」


「いや、別にいいんですけど……たぶんですけど、これ。高さ、競ってただけじゃないですかね」


「競ってたぁ? 何をよ。神への信仰を?」


「いえ。隣の村のやつより、1メートルでも高く積んだ方が勝ち、みたいな。要は……こう、暇つぶしというか。そういう、レクリエーション的なやつで」


 朱理の目が、カッと見開かれた。

 あ、これ、市役所の窓口で「給付金まだ?」って聞かれた時よりマズい空気だ。


「……暇つぶし。あなたは、この230万個の巨石を、数十年かけて積み上げた人類の執念を『レクリエーション』だと言いたいの?」


「いや、どうでもいい話なんですけど。それ、意味いります? 僕、さっきから聞こえるんですよね。向こうの角の石を運んでる人たちが『腰が死ぬ』とか『明日の弁当、何かな』とか、そんなことばっかり話してる感じが」


「聞こえるわけないでしょ! 3000年前よ!」


「まあ、そうなんですけど。でも楽しそうですよ、それ作ってるとき。文化祭の巨大モニュメントとかも、完成品より、夜中にみんなでポテチ食いながら作ってる時の方がメインじゃないですか。あれと同じですよ、たぶん」


 朱理はこめかみを押さえ、深呼吸をした。

 彼女は論理の人だ。エビデンスのない発言は、彼女の世界では「ノイズ」でしかない。


「河田君。あなたは大学時代からそうだった。卒論で『ピラミッド=暇つぶし説』を提出して教授陣を凍りつかせ、考古学界から事実上追放された。そのあなたが、なぜ今、市役所の文化財課にいるのかしら」


「非正規ですから。資料整理の隙間に、こうして先生の荷物持ちでエジプトまで来られて光栄です。まあ、別にどっちでもいいんですけどね、真実なんて」


 僕は視線をピラミッドの頂上へ向けた。

 僕の能力――能力なんて大層なものじゃない、ただの「雑音受信」によれば、あの頂上の仕上げをした男は、最後に小石を1つ投げ捨てながらこう言ったはずだ。


『よっしゃ、これで1番だ。さて、ビール飲みに行こうぜ』


「意味があるからやるって、ちょっと窮屈じゃないですか?」


 僕はぼそっと呟いた。


「は?」


「結果的にこうして3000年も残っちゃっただけで、最初から『後世の歴史家を驚かせてやろう』なんて狙ってたとは思えないんですよね。みんな、ただその日、暇だったから。何か凄いもの作ったら、女の子にモテるかな、とか。その程度のノリで石を運んでたんですよ。意味なんて、後から僕らが勝手に付けた感情ですよね」


「……あなた、本当に何かをちゃんと信じたことあるの?」


 朱理の声が、少しだけ低くなった。


「意味がなかったら、どうするのよ。この石の1つ1つに込められた祈りも、計算も、全部が『無駄』だったって認めたら、私たちの学問は何のためにあるの?」


「無駄って、外から見たときの言い方ですよね」


 僕は朱理の真っ直ぐな視線を逸らし、足元の砂を蹴った。


「やってるときは、本気だったんだと思いますよ。意味はないけど、本気。それって、そんなに悪いことですか?」


 沈黙が流れた。

 観光客の喧騒が遠くに聞こえる。

 朱理は、何かを言いかけて口を閉ざした。僕の言葉が刺さったわけじゃない。あまりに低次元すぎて、反論する気も失せたのだろう。


「……もういいわ。明日の本格調査で、あなたのそのふざけた妄想を完膚なきまでに論破してあげる」


「あ、明日もやるんですか。ピラミッド」


「当たり前でしょ。まだ王の間も、隠し通路の謎も残ってるのよ。次に行くイースター島の前に、ここを片付けるわ」


 朱理は怒り肩で歩き出した。

 僕はその後を追いながら、ふと耳の奥に別の「ノリ」が混信してくるのを感じた。

 

 それは、もっと南の島からの、妙に浮かれたテンション。


『なあ、もっと顎を長くしようぜ。その方が“ドヤ顔”っぽくてウケるだろ?』


『いいなそれ。並べたら絶対シュールだよ』


「モアイ、ちょっと盛れた感ありますよね」


「……黙って歩きなさい、河田君」


 砂漠の夕日が、巨大な石の角を鋭く照らしていた。

 明日、この「巨大な暇つぶし」の核心部で、僕は一体何を聞いてしまうんだろう。

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