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ようこそ、朽ちた館へ。異世界転移者は「饗宴の食材」らしいです。  作者: イチジク浣腸


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3/5

回帰


目が覚めると、蓮はアスファルトの上に倒れていた。

冷たい地面の感触。車の走る音。街灯の明かり。

「戻って……きた?」

蓮はゆっくりと起き上がった。見覚えのある景色。いつものコンビニからの帰り道。あの夜、転移させられた場所だ。

周囲を見渡す。深夜の住宅街。誰もいない。時計を見ると、午前二時十五分。転移した時刻から、わずか十五分しか経っていない。

「夢……だったのか?」

だが、体中の傷が痛む。服は泥だらけで、顔には引っかき傷がある。手には、まだあの水晶の欠片が握られていた。

夢ではない。本当に、あの館に行っていたのだ。

蓮はふらつきながら立ち上がり、自宅へと歩き始めた。足が重く、全身が疲労困憊していた。だが、生きて帰ってこれた。それだけで十分だった。

アパートに着き、部屋に入る。いつもの部屋。いつもの匂い。全てが、愛おしく感じられた。

シャワーを浴び、傷の手当てをする。鏡に映る自分の顔は、やつれていた。たった一日——いや、異世界では二日近く経っていたのかもしれない——の出来事で、これほど変わるものか。

ベッドに倒れ込む。

もう、大丈夫だ。元の世界に戻ってきた。あの狂った館とは、もう関係ない——。

そう思いながら、蓮は眠りに落ちた。


───


翌日、蓮は大学に行った。

普段通りの一日。講義を受け、友人と話し、昼食を食べる。全てが平和で、穏やかで、当たり前の日常だった。

だが、時折あの館のことがフラッシュバックする。腐った料理。狂気の家族。地下の囚人たち。そして、メイド少女の最後の微笑み。

彼女は、どうなっただろうか。

蓮を逃がした罪で、罰せられたのだろうか。

罪悪感が、蓮の胸を締め付ける。

「桐生、大丈夫? 顔色悪いぞ」

友人の一人、田村が心配そうに声をかけてきた。

「ああ、ちょっと寝不足で」

「そういえば、顔に傷あるけど、どうしたの?」

「転んで。大したことないよ」

嘘をつく自分が嫌だった。だが、本当のことを話しても、誰も信じないだろう。異世界転移なんて。

講義が終わり、帰宅する。

部屋に入ると、テーブルの上に何かが置かれていた。

白い封筒。

蓮は眉をひそめる。誰かが入ってきた形跡はない。ドアの鍵も閉まっていた。では、これは?

恐る恐る封筒を手に取る。表には何も書かれていない。中を開けると、一枚の便箋が入っていた。

古風な、羊皮紙のような質感。そして、そこには流麗な筆記体で文字が綴られていた。

『親愛なる客人殿へ

よくぞご無事で。あなたの脱出劇、見事でした。心よりお祝い申し上げます。

ですが、一つお伝えしなければならないことがあります。

あなたは、まだ自由ではありません。

館の核の破片をお持ちですね? それは、我々との繋がりの証です。破片を持つ限り、あなたと館は繋がり続けます。

そして、いずれまた、お迎えに上がります。

次は逃げられませんよ。

ヴェルナー家一同より』

蓮の手が震えた。

水晶の欠片を見る。ポケットの中に、まだ入っていた。

捨てるべきか? だが、この欠片がなければ門を開けられなかった。もしまた転移させられたら、これが必要になるかもしれない。

いや、待て。

「また転移させられる」?

蓮は便箋をもう一度読んだ。

『いずれまた、お迎えに上がります』

つまり、また異世界に連れ戻されるということか?

恐怖が蓮を襲う。

その時、部屋の電気が消えた。


───


暗闇の中、何かの気配がした。

蓮は咄嗟に壁際に背中をつけた。心臓が激しく鳴っている。

「誰だ!」

返事はない。だが、確かに部屋の中に誰かがいる。

微かに、呼吸音が聞こえた。

蓮はスマホを取り出し、ライトを点ける。

部屋の中央に、人影が立っていた。

メイド服を着た、あの少女だった。

「君……!」

少女は、無表情のまま立っている。だが、その体は半透明だった。まるで幽霊のように。

「幻覚……なのか?」

「いいえ」

少女が口を開いた。声は、現実のものだった。

「私は、館の力を使って、ここに投影されています。時間は僅かですが」

「なぜ」

「警告しに来ました」

少女は、蓮に一歩近づく。

「あなたが持っている水晶の欠片。それは、ただの鍵ではありません」

「どういう意味だ?」

「館の核の一部です。つまり、あなたはその欠片を通じて、館と繋がっている。そして、館はその繋がりを利用して、いつでもあなたを引き戻すことができる」

蓮は息を呑んだ。

「じゃあ、捨てれば——」

「捨てても無駄です。欠片は、あなたに同調しています。どこに捨てても、必ずあなたの元に戻ってきます」

絶望的な事実だった。

「どうすれば……」

「一つだけ、方法があります」

少女は、蓮の目をまっすぐ見た。

「館を破壊することです」

「破壊?」

「核を破壊すれば、館の力は失われます。そうすれば、欠片の呪縛も解ける」

「でも、どうやって? また異世界に行って、館に戻れってことか?」

「その通りです」

少女の姿が、揺らぎ始めた。

「時間がありません。聞いてください。満月の夜、門は双方向に開きます。あなたがこちらに来られるように、あちらからもこちらに来られる」

「まさか……」

「ええ。次の満月は、一ヶ月後。その時、ヴェルナー家はあなたを取り戻しに来ます。この世界に」

蓮の血の気が引いた。

「そんな……この世界にまで?」

「彼らは、あなたを諦めません。98%の適合率は、百年に一度の価値がある。必ず、取り戻しに来ます」

少女の体が、さらに薄くなる。

「私にできるのは、ここまでです。どうか、生き延びてください。そして、可能なら——館を、終わらせてください」

「待ってくれ! 君の名前は!?」

「エリカ」

少女——エリカは、最後にそう言って消えた。

部屋に、再び蓮一人が残された。


───


一ヶ月。

次の満月まで、一ヶ月しかない。

蓮は、その日から情報収集を始めた。

図書館で異世界や転移に関する文献を調べる。オカルト系のサイトを漁る。だが、有用な情報はほとんど見つからなかった。

そんな中、一つだけ気になる記述を見つけた。

『異界との接続は、特定の条件下で可能になる。満月、新月、日食、月食など、天体の特殊な配置が鍵となる。また、強い精神力を持つ者は、自らの意思で門を開くことができるという伝承もある』

自分の意思で門を開く?

もしそれが本当なら、ヴェルナー家が来る前に、こちらから異世界に行けるかもしれない。

だが、どうやって?

蓮は水晶の欠片を手に取った。あの時、この欠片が門を開いた。ということは、この欠片が鍵なのか?

試しに、欠片に意識を集中してみる。

「開け……門を開いてくれ」

だが、何も起こらない。欠片は、ただ手の中で光るだけだった。

やはり、満月の夜でなければ無理なのか。

その時、スマホが鳴った。

田村からの着信だった。

「もしもし」

『桐生、今どこ? ちょっと、相談したいことがあるんだけど』

「家だけど」

『そっか。実は、最近おかしなことが続いててさ……』

田村の声が、わずかに震えていた。

『誰かに見られてる気がするんだ。夜、家の周りに人影が見えたり、変な手紙が届いたり』

蓮の背筋が凍った。

「手紙? どんな?」

『よくわからない。古い紙に、読めない文字が書いてあって。でも、なんか不気味でさ』

ヴェルナー家だ。

彼らは、蓮の周辺を調べている。そして、蓮に繋がる人間を探している。

「田村、今から俺の家に来れるか?」

『え? まあ、いいけど』

「いいから、来てくれ。説明する」

電話を切り、蓮は頭を抱えた。

自分だけの問題ではなくなってきている。周囲の人間も、危険に晒されている。

このままでは——。

玄関のドアが、ノックされた。

「早いな、田村……」

蓮はドアを開けた。

そこに立っていたのは、田村ではなかった。

黒いスーツを着た、見知らぬ男だった。痩せ細った体に、青白い肌。そして、見覚えのある顔——。

ヴェルナー家の青年だった。

「やあ、客人殿」

青年は、にこやかに笑った。

「随分とお元気そうで。会いたかったですよ」

蓮は咄嗟にドアを閉めようとしたが、青年の手がドアを押さえた。信じられない力だった。

「まあまあ、そう邪険にしないでください。話し合いに来ただけですよ」

「話し合い? 冗談じゃない!」

「本当です。実は、提案があるんです」

青年は、ドアの隙間から蓮を見つめた。

「あなたを、儀式の対象から外します」

「……は?」

「条件付きですが。あなたが我々に協力してくれるなら、命は保証します」

「協力?」

「ええ。この世界で、新しい客人を集めるのを手伝ってほしいんです」

蓮は言葉を失った。

「つまり、他の人間を異世界に送れってことか?」

「そうです。あなたには適性がある。この世界で客人候補を見つけ、我々に引き渡す。それだけでいい。そうすれば、あなたは自由です」

青年の目には、狂気が宿っていた。

「断ったら?」

「一ヶ月後の満月の夜、我々はこの世界に来ます。そして、あなただけでなく、あなたの周りの人間全てを連れて行きます」

田村の顔が浮かぶ。家族の顔が浮かぶ。

「脅しか」

「いいえ、約束です。我々は、必要な数の客人を確保します。あなたが協力すれば、犠牲者は減ります。協力しなければ——」

青年は肩をすくめた。

「あなたの知り合い全員が、対象になるでしょうね」


───


蓮は、ドアを閉めた。

いや、閉めようとした。だが青年が隙間に足を入れ、阻止した。

「考える時間を差し上げます。一週間。それまでに、答えを」

そう言って、青年は去っていった。

蓮は床に座り込んだ。

最悪の選択を迫られている。

他人を犠牲にして自分が助かるか。拒否して、周りの人間全てを危険に晒すか。

どちらも、受け入れられない。

その時、再び部屋が暗くなった。

今度は、エリカではなかった。

現れたのは、ぼろぼろの服を着た中年男性——地下で会った、あの囚人だった。

「あんた……」

「少しだけ、時間をもらった」

男の姿も、半透明だった。

「あの青年の提案、受けるな」

「でも、断ったら——」

「どちらを選んでも、結果は同じだ。ヴェルナー家は約束を守らない。お前が協力しても、いずれは殺される」

「じゃあ、どうすれば」

「戦うんだ」

男は、蓮の目を見た。

「あいつらを、この世界に来させるな。もし来たら、この世界も終わりだ」

「終わり?」

「ヴェルナー家の力は、異世界では制限されている。だが、この世界に来れば、制限がない。好きなだけ人を集められる。そうなったら、止められない」

蓮は拳を握りしめた。

「だから、お前が行くんだ。満月の夜より前に」

「でも、どうやって? 欠片だけじゃ門は開かない」

「方法はある」

男は、懐から古びた本を取り出した。いや、本の幻影だった。

「これは、館の書庫にある禁書だ。門を開く儀式が書かれている。この儀式を使えば、満月でなくても門を開ける」

「それを、どうやって——」

「お前の夢に、投影する。今夜、眠れ。そうすれば、内容を記憶できる」

男の姿が薄れ始める。

「俺たちの分まで、あいつらを倒してくれ」

そう言って、男は消えた。

蓮は、震える手で水晶の欠片を握った。

行くしかない。

もう一度、あの館へ。

そして今度こそ、核を破壊する。

この悪夢を、終わらせるために。

その夜、蓮は眠りについた。

夢の中で、無数の文字が浮かび上がった。儀式の手順、必要な材料、詠唱する言葉。

それらを、蓮は必死に記憶した。

目覚めた時、全てを覚えていた。

準備を始めよう。

一週間後——青年に答えを出す期限の前に、蓮は自ら異世界へと向かう。

ヴェルナー館を破壊するために。

だが、蓮はまだ知らなかった。

館の核を破壊することが、どれほど困難か。

そして、そこに待ち受ける、真実を。

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