ティンダロス
『前回のあらすじ』
ディクテクターの襲撃を退け、一時の休息を取る一行。見張り番のベーゼレブルは幽霊の紅心と話す中。
カーミラの配下とは別の用心棒がエックスに襲撃を仕掛けるも、友を守る為に戦う元魔神王。
そんな最中、現れる謎の貴婦人。しかしその実力は極めて高く、用心棒は手も足も出せぬまま敗北。
貴婦人は同胞を退けたエックスに興味があると言い、現状戦える二人はティンダロスの混血種に挑む。
静かに向かい合う双方。遊ぶ側と遊ばれる側。実力差云々と言う簡単な問題ではなく、文字通り──
住む次元が違う存在。下手に攻めればカウンターを食らい、敗北……で済めばまだ幸運と言えるレベル。
人類が住む歪曲した、曲がった時間とは違う尖った、角張った時間が支配する空間に住む別次元の存在。
ティンダロスの混血種。それは、四足歩行をするティンダロスの猟犬の体全体を覆う青みがかった。
膿らしき粘液は生きており、人間の皮膚に付着すると対象の身体を蝕み、汚染されるが生存した場合。
目の前のティンダロスの混血種と呼ばれる怪物や、上位種と同じ化け物に変異し人間を喰う必要も出る。
「待て!ティンダロスに通常攻撃は逆に危ない。それは猟犬との遭遇戦で知っているな?」
「あぁ。膿もそうだが、魔力を消費して肉体を転移させるから……だろ」
「殺せる分猟犬より弱く対策も可能だが……終わるまで油断はするな」
動き出す前に制止を呼び掛け、ティンダロス系統と戦う際の注意点を共有し、拳を軽くぶつけ合い握手。
改めて混血種へ走り出す途中、ベーゼレブルから二挺一対の愛銃恋月・朔月を投げ渡され。
両手で抱える様に受け取る。それに対し、ただ微笑むだけで構えも何もしないティンダロスの混血種は。
二人から魔力を纏った拳や蹴り、眼前に手の平や銃口、黒紫の魔力弾と銃弾の激しい猛攻が迫るも。
焦る様子等は一切なく、寧ろ涼しい顔でその場から動かず右へ左へと避け、顔面狙いで扇状の範囲に。
同時連続蹴りを繰り出せば屈んで避けて見せ、逆に右足で足払いを仕掛けては二人同時に前のめりにし。
バランスが崩れ両足が宙に浮いている瞬間を狙い、片方ずつ掌底を打ち込み後方へと大きく押し飛ばす。
「ゴホッゴホッ──はぁっ!?」
「コイツ、戦闘慣れしている(それに此方の攻撃が全く通らん……何故だ?)」
大橋の上に仰向けに倒れる二人。先の掌底一発で呼吸が止まり、エックスは咳き込むと血を吐き。
目は大きく見開き、両手を大の字に置くと呼吸を整え、立ち上がりながら左手の甲で口を拭う。
その甲には──太陽を連想させる勇気の紋章が緋色に輝く。ただ、時折こうして光れど、効果は不明。
混血種は二人を押し飛ばした自身の両手を不思議そうに眺め、握っては開くを何度も繰り返す。
圧倒的な実力、戦闘経験の差に疑問が浮かぶベーゼレブルだが……謎の解明には情報が全く足りない。
謎を解き、混血種を倒すべく立ち上がれば自身は戦斧・ジャッジを手に、エックスと視線を交わす。
お互いに小さく頷き、片や一定の距離を空けて動き回り両手に持った銃を構え、片や戦斧で切り掛かる。
「「──!?」」
(何だ!?見える世界が……遠く引き伸ばされている?)
(これは……腕が歪んでいる?いや、私の身体が歪なまでに歪んでいるのか?!)
だがその時、二人の視界は互いに全く異なる情報に襲われ、視覚情報が歪められてしまう。
距離の離れているエックスは周囲が奥へ奥へ、遠く引き伸ばされて見える為、正確な距離が測れず。
狙いが定まらない。至近距離のベーゼレブルには自身の身体が渦巻いたり、歪なまでに歪んで見え。
右手で頭目掛けて振り下ろした戦斧が混血種に当たらず、大橋の一部を割る程度の結果しかない。
お返しにと左手のデコピンを神父の額へ当てた途端、後方の大橋入り口まで吹っ飛ぶと仰向けに転げ。
相棒の方を振り向いた刹那──人差し指で小突かれ、頭が破裂する予知が過り、本能に従い即座に屈む。
首だけを右側面へ向ければ、今のを避けた事に満足げな笑みを浮かべる混血種……の顔に銃口を向け。
左手に持つ朔月の引き金を引く。しかし銃弾の速度は非常に遅く、女の左人差し指で簡単に弾かれる。
「──」
「言葉は不要ですわ。貴方の温もりに浸る今この瞬間を、心行くまで堪能したいので」
一瞬の出来事だった。折り畳んだ日傘がエックスの腹を容易く、中央まで貫き、軽々と持ち上げられ。
日傘から右腕へと伝う血が女の綺麗な顔と、腕を赤く染めて行く。彼は声を発する事無く、白目をむき。
金魚や鯉の様に口を動かすだけ。左手で顔に付着した血を拭い、口を開けて長い舌で綺麗に舐め取る。
勝者の余韻・余裕の中、握手をした時に巻き付けた蜘蛛の糸を経由し、大橋の入り口から闇が走り。
気絶するエックスに届いた瞬間。一瞬眩い光と濃い闇を放つと、初めて混血種の左頬に右足が直撃。
橋の上に降り立つその姿は──南区・港町でラルヴァ・リンクスを倒した、ワールドダブルロード形態。
「…………あぁ。その姿ならばもう少し、戯れれそうですわね。けれど──えぇ」
「リボルビング・インパクトォ!!」
エックスらが現状扱える本気を間近にし、少し黙り込んだ後。足下を見ると、先程の一撃を受けた後。
自身が先程居た位置から数センチ動かされた結果に対し、何処か納得や不満にも取れる言葉を漏らし。
今使える最強の姿であれば、もう少し遊べる。そう呟き再び納得した後……微笑んでいた口は。
鮫や恐竜も顔負けの歯を見せ、紅い瞳に青白い焔が宿る。エックスは全身全霊の力を右拳に込め。
混血種の顔面目掛けて真っ直ぐ、全速力で叩き込みに行くも、相手は大橋にある防護柵の角に吸われ。
空振りし振り返る直前。突然大量の血を吐瀉し、自身の身体が激痛を訴える左胸に目線を落とせば……
左胸から血に染まった細い左手が突き出しており、引き抜かれるや否や両膝を橋に着け、前へ倒れ伏す。
「所詮は『曲がった時空』の羽虫も同然な神々を越えた程度。ワタクシの敵にはなり得ません……あら?」
瞬殺。そう言うしか無い程、実力差が開き過ぎていた。ティンダロス達と人類では、住む次元が違う。
故に姿形も類似こそあれど、生態や恐ろしさも異なる。人類が住むヨグ=ソトースが支配するこの宇宙。
曲がった時空に存在する、この星の神々を羽虫と貶す程度の絶対的な実力差が……この存在にはあり。
羽虫が蝿になろうと人間を倒せない様に、自身の敵になり得る筈が無い。そう言い切る時──気付く。
角を利用したティンダロス特有の移動に反応し、振り返る直前。痛くも痒くも無い肘打ちが左頬に命中。
今の今まで何も無かったのに突然内側、奥へと深く浸透し十数センチ右側へ動かす六回の衝撃。
続けて顔に亀裂が入り、仮面が割れて剥がれ落ちる様に、破片が次々橋の上に零れ落ちて行く時。
「久しいわね。アナタが私への挑戦以外で此方の時空に来訪するだなんて」
「えぇ。彼方から此方を視て、器を作りましたの。確か……ジャック・オー・ランタンとか言う方法で──?」
完全に意識を失ったワールドダブルロードの懐が光り、黒いロングコートを着た制服姿の副王が現れ。
目の前の敵に対し、自身への挑戦以外で曲がった時空へ来るのは珍しいと、胸元で腕を組みながら言う。
その問いに肯定後、尖った時空から此方側を視た際に器を拵えたと発言するも、混血種を器とした場合。
最低でも一人の人間がティンダロスの被害に合い、存在維持に今日までの日付分の餌が必要不可欠。
最低でも百八十二万人の命が喰われ続けたと言う事実。更に中身をくり抜くカボチャのランタン同様。
器から人格・魂と言った不純物は綺麗サッパリ取り除き、入り込んで此方へ来たと説明する最中。
視界は潰え、聴覚が音を拾わず、口も音を出せない。そんな状態異常に気付けど、焦る様子はない。
「けれど、ありがとう。ティンダロスの大君主・ミゼーア。彼に成長の機会を作ってくれて」
(……ずっとワタクシ達を利用し、あの虫を鍛え──成る程。確かにコレは、最高の玩具ですわ)
目は見えず、音が聞こえずとも、空間把握能力は未だ健在。故に奇襲や挟み撃ちも効かない。
空間の動きを見て、副王が話す内容を理解し、倒した虫の強化イベント扱いに利用されたと認識するも。
腹と左胸を貫き、出血多量で死が近いのにも関わらず、右腕を支えに起き上がろうとするダブルロード。
彼の身体は敵わない強さに恐怖を覚え、怯え震えるも、その眼と闘志だけは依然として戦う意思を見せ。
必ず勝つ!と睨み、立ち上がらんとする姿に思わず微笑み、あの副王が気に入る玩具だと理解する。
(また逢いましょう。今度此方へ来る時は、貴方を食べてあげますわ)
「ま……て……っ」
「漸く去ったか。にしても大君主を相手に生き延び、発狂もしない。全く……運が良いのか悪いのか」
声は出せずとも、ダブルロードの方へ向かって口を動かし、再会と捕食の一方的な約束を押し付け。
尖った時空に居るティンダロスの王達の頂点に君臨せしティンダロスの大君主・ミゼーアを宿せし器は。
大橋の角に吸い込まれる形でこの時空から消える中。まだ勝負は終わってない、帰るなの意味を込め。
呼吸や発声すら満足に出来ぬ状態のまま、か細い声で待てと言い……融合状態で気絶するものの。
腹と左胸の再生が常識外れの速度で行われ続ける。ミゼーアの退去を確認後、ダブルロードの運に呟き。
右中指と親指を擦り合わせ、音を鳴らせば副王の前に横一列で並び現れるは、人の姿に黒のゴスロリ服。
髪型もストレートやツインテールの他に、中華風の御団子。計三名の女性らしき異形が跪いている。
「嘆きの聖母たち。全てなるもの、這い寄る混沌のお気に入りを例の場所へ運びなさい」
「……」
嘆きの聖母たちと呼ばれた三名は指示を受け取ると立ち上がる。その顔は見ざる・聞かざる・言わざる。
ことわざの通り。目を塞がれた者がダブルロードの腕、耳を塞いだ者は脚、口を塞ぐ者が仲間を担ぎ。
各々役割を分担し、足下に何かの魔方陣らしき物を描けば、噴き出す闇に飲まれ何処かへと姿を消す。
消えたのを見届けた頃、隣で姿を現す龍神・紅一族の紅心。互いに顔を見合わず、ただ前を見つめる。
「良き後継人を得たわね。紅心」
「えぇ。ジャンク故の成長を、人間が持つ無限の可能性を、義息子はその心身に宿していますので」
「未完成故の成長。怠慢極る神々が畏れ嫌う要因。もっと強く、高く飛びなさい。我等が計画の為に」
青空を見上げ、話し掛ける副王。その言葉に肯定し、価値がないと非難される廃品・ガラクタ。
しかし──だからこその成長、人間が持つ無限の可能性。それらを心身に重ね持ち、宿すからこそ。
血の繋がりは無くとも。互いに認め合い、家族となった義息子の成長を楽しみにする紅心。
完成していないが故、壊れたからこそ出来る成長。それは完成済み故に怠慢する神々が、自身らに届く。
又は迫る人間に畏れ、嫌う要因だと語る副王は……エックスに向け、絶え間なき成長とシンカを求める。
我等と言う、邪神だけなのか。はたまた別の誰かを含めた総称なのか分からぬ、言い方をしながら。




