イェソド
『前回のあらすじ』
sin歴171年の並行世界側で元の時間軸へ戻る手掛かりを探す中、突然現れたゼノ・クライム。
組織の総帥直々の登場に、トリックとジャッジは身柄を確保しエックスが対話を開始。
曰く、テラーを打ち破れるのは破壊の力だけ。敵に塩を送る行為に苛立つ二人だが、敵とは何か?
問いにエックスが答えると、助けた少女・アイエフを献上。彼女は専用ベルトを使用し、擬装する。
sin歴161年。四月二十二日、午前十時二十五分。港町トワイライトの天候は少量の雲こそあれ、晴天。
しかし。水平線の彼方より暗雲が迫り来る様は嵐の前の静けさ……改め『邪悪の誕生』を祝う沈黙の闇。
瞬く間に港町の空を始め、東大陸全土を暗雲が覆い尽くした後──ユイ、ルー、猫娘が居る教会から。
複数の白い線が上空に向け、宙に巨大な何かを描く。下側には十枚の葉、そして反転し、天へ向く根。
正常な樹を生命の樹と呼ぶなら、これは邪悪な樹。その根に一番近い殻が紫色に輝き──地に落ちる。
「何あれ!?反転した樹?!如月、何か分かる?」
「確か、館の大書物庫でアレの図面を見た気がするのだけれど……」
(予想よりも早過ぎる……今の私に王冠は無く、被る資格も無い。だが、やる他あるまい)
教会の真上に落ちるも三角屋根だった他、高度と落下速度が足りず、天井を突き破る事無く滑り落ち。
コンクリの上へ落下した殻は生命が誕生を迎える時の様に震え、揺れ、亀裂が入り……左右に割れた。
なれど中身は無く虚無。故にホッと安堵の溜め息を吐く……等の自殺行為を行える程、無能ではない。
ベーゼレブルは然ることながら、桔梗や如月も各々武器を手に、お互い背を向けて死角を補い合う。
足音は無く、太陽光が届かず薄暗くなった周囲に吹くは冷たくも、ジメッとした湿度を含む嫌な風。
海面から紫色の光が天に昇り、浮遊し現れる存在が一つ。その姿は正しく邪悪な樹より産まれし者──
「アアアァァァアアァァ!!」
ではなく、聖職者を思わせる修道女。但しその身長は二メートルと、男女の平均的身長よりも高く。
天使を連想させる白い翼を広げ、邪悪よりも神や天使側。顔はフードで隠れ、鼻から上が見えない。
両手の指を組み合わせて胸や顔の前に置くその姿勢は、修道女や信者が行う祈りや神の御言葉を賜る姿。
大きく開けた口は、今にも聖歌を歌い始めそうな声高い声を聞く三人は突然──異常な重圧に襲われる。
次の瞬間。肩・脚・腕・腹・背の衣服が一部裂け、蛇やミミズが這った様な痕や切り傷、刺し傷が発現。
物理的な攻撃は何もされていないにも関わらず流血し、コンクリの地面に次々と赤い雫が滴り落ちる。
「おい……如月。今……アイツは何をした?」
「わ、分からない。時間を細かく、何度も止めて確かめたのに……見えないのよ」
動けない程の、押し潰さんとする重圧を頭上から浴びて尚、抵抗する三人へ仕掛けられた攻撃。
妖怪たる自身でも理解が及ばない現象に、時間を止めれるメイドの如月へ何が起きたのかと。
冷や汗が止まらず、錆びた機械さながら顔を動かし、左側に居る彼女へ眼を動かし聞くのだが……
聞かれた当人も桔梗と同じく、油切れた機械同様に首を動かし、苦しげな視線と言葉で返答を返す。
一時停止ボタンを連打する様に時を止めても、何も見えない不可視の攻撃。相手は全く動いてもいない。
「恐らく、奴ことイェソドの権能・基盤による攻撃だろう」
「……思い出しました。イェソド。生命の樹に宿る十、もしくは十一つある球体の九番目」
「この重圧は神の左に座す者、守護天使・ガブリエルの威圧。全く……厄介な話だ──フンッ!!」
不可視の攻撃を目の前に居る敵、イェソドの権能によるモノだと話すベーゼレブルの言葉に。
如月は館の書物庫である日偶然目にした、生命の樹に関する本の内容を思い出した図面に。
十、もしくは十一の球体があり、イェソドは九番目に位置する球体だと動けぬ体で話せば。
補足と言わんばかりに、今自身らの自由を奪う重圧が天使の序列で上から実質的にNo.Ⅱと言う実力者。
イェソドの球体を守護する天使だと言い、神は我が力の称号を受けた旧約聖書の四大天使。
ソイツが敵側に行く等、全く以て厄介な話だ。と愚痴り、気合いを入れ放たれた衝撃波が重圧を消す。
「……」
「動ける。如月!」
「えぇ。此処からが、ハイライトよ!!」
重圧を打ち消されても身動き一つ取らず、祈り続けるイェソド。ガブリエルも全く反応せず機能しない。
体が軽くなり黒い大剣を構え直す桔梗、呼び掛けに応えナイフ片手に息を合わせ左側から飛び込む如月。
僅かな時間差で桔梗も右側より勢い良く飛び込み、挟み込む形で片や投擲、片や斬り掛かれば……
防御反応も無く直撃。六本のナイフは標的の胸を、黒い大剣は首を捉え食い込み……血が噴き出す。
そう──『桔梗の胸』と『如月の右首』から。何故なら……二人が狙った相手はイェソドではないから。
「くっ……クハハハハハッ!!殺して、喰ってやるよ。如月ぃぃ!!」
「あら……それは此方の台詞ですわ。貴女を殺して、子宮を引きずり出してあげますわ!」
二人の眼は狂気に囚われ、邪悪な笑みを浮かべながら地に足を着ければ、次々と赤い血が地面を染める。
片や胸にナイフが刺さったまま。片や右手で切り傷を無理矢理塞ぎ、互いに戦闘続行の意志。
更には殺意・敵意を向け合い、時には刃を振り回し、手足や格闘術を使った近接戦を行う始末。
右手で顔を覆い、首を左右に振り駄目だな……と言いたげなベーゼレブルはイェソドに狙いを定め。
地を蹴り単身海側へ飛び込み、首に右手を伸ばし掴まえた時──港町にラッパの音が鳴り響く。
「ムゥッ!?」
「アアアァァァ」
突然彼の背中に爆竹の様な連鎖爆発と高熱が怒涛の勢いで襲い、思わず右手から力が緩んだ瞬間。
イェソドが再び声高に叫び、現状を理解すべく眼前に居る相手の胸を両足で蹴り、堤防沿いへ戻る。
そんな彼の眼には、魔海から尺を握る人族の左腕が伸び、這い上がるテラー・狐者異。
数日前、魔王・パイモンと海へ叩き落とした恐獣。左手から湧き水同然に溢れ出しては地面に零れ落ち。
爆竹同様に爆発する豆板銀が、自身の背中で発生した爆発の原因だと知るのだが……
如何せん、戦力が圧倒的に足りない。本気を出せば倒せるが、根本的な討伐には届かない。
狂気に呑まれ、殺し合いを続ける桔梗と如月は戦力外。下の上と上の中の恐獣。
背中が焼けたカソックの襟首を自ら破り、上半身部分を脱ぐと腰回りで袖を巻き落ちない様に括れば……
「CAST IN THE NAMEYE NOTGUILTY……来い」
静かに。されど力強くその場で踏み込み、腰を下ろして身構えて唱える言葉の後……覚悟を決めたのか。
狐者異とイェソドを前に、黒紫のオーラを全身に纏い作った握り拳を相手に向けて来いと挑発。
言葉にもならぬ低い唸り声を漏らし、四歩まで千鳥足なれど、五歩目から鬼気迫る顔で飛び込む狐者異。
左手に持つ──否。左手と融合した尺を振り上げ、ベーゼレブルの頭目掛け加速と落下の勢いを乗せ。
一気に振り下ろす。二秒もあれば直撃し、頭をかち割る一撃に対しても焦る様子は無く、表情は穏やか。
だが……体は違う。狐者異が左腕を振り下ろすよりも速く右手が動き、相手の手首を掴まえ攻撃阻止。
同時に相手の右足が着く直前。曲げた左脚を上げ、上半身を前に倒し、敵の右足内隣を力強く踏む。
すると幅一メートル、深さ二十センチのクレーターが出来、後ろへ引き力を込めた掌底を腹へ打ち込む。
「──!?!?」
「主よ、憐れみたまえ……アーメン」
相手から見ればただ、腹を強く押されただけ。されどその威力は一目瞭然・絶対的な雲泥の差がある。
使用者が常人なら、数本後退させる程度。なら、強者たるベーゼレブルが使用すれば?
瞬間──狐者異の足が宙に浮き、体は後方へ一直線に、時計回りに螺旋を描き倉庫側へ吹っ飛んで行く。
その姿を見て、首に掛けた逆さ十字架のペンダントを右手で摘み、慣れた様子で口付けを行い。
キリエ・レイソンを唱えるも、救いと慈悲を求める先は人類が崇拝する『神』ではなく、外宇宙の邪神。
「これで時間は稼げた。後は貴様だけ──ヌォォォッ!?」
「アアアァァァ……ラアァァァッ!!」
狐者異を吹っ飛ばした事で、二対一の数的不利は一騎打ちに出来た。そう思い、海側へ振り返ると……
暗雲の空から紫色の魔法矢が降り注ぐ。良く見ればイェソドの背後、翼の先端に魔方陣が浮かんでおり。
魔法の発動が見て分かる。魔法矢も威力が低いのか、ベーゼレブルの皮膚を突破出来ず、弾かれる。
ならば今の内に魔法の継続発動を殴って妨害し、立て続けに攻め込もう画策とするのだが──
突然魔法矢の降り注ぐ範囲がピンポイントに絞られ、次第に皮膚を傷付け始めた為、頭上に対して。
半透明で薄黒紫色の魔法障壁を張り駆け出すも、今度は不可視の何かに吹き飛ばされ教会の扉へ激突。
「ラアァァァ……ウワアァァァッ!!」
「うわぁぁぁっ!!」
「何ッ?!」
出入り口の扉を押し倒す形で破壊し、仰向けに倒れるベーゼレブルに対し叫べば、魔法矢の雨は止むも。
建物一つを簡単に押し潰す巨大一本の矢が現れ、教会をゆっくりと、確実に押し潰しながら降下中。
イェソドの開いた口前に、マナの粒子が次々集まって行き──歌う様な声から事件性のある叫び声へ。
潰れる教会の出入りから右側。客間から響く絶叫に気付き、顔を向ければ恐怖の余り逃げ遅れた子供。
タカトがその場で屈み、両手で頭を抱え小さくなって震えていると知れば、ベーゼレブルは立ち上がり。
急いでタカトの居る客間へ駆け寄り、抱き抱え、出入り口から出る瞬間──中太のビームが放たれる。
両手で抱えている為、手は使えない。脚……確かに行けるだろうが、機動力の低下は厳しく、苦しい。
(やむを得ん。命中・回避性能は下がるが、脚で受け止める他あるまい……!)
機動力を犠牲に、護る他無い。そう覚悟した時……上空から急降下して来た人物が両手両足で着地後。
地に着けた左手を大きく右斜め上へ振り上げれば、イェソドが放った集束ビームの軌道を背後。
後ろ斜め上へと変更させ、教会を押し潰す巨大な魔法矢にぶつけて爆発を引き起こし、猛々しく。
紅蓮に燃える爆炎に照らされ、立ち上がる存在の名は──パイモン・ラース。此処、東大陸の南区。
港町トワイライトを守る魔王。これだけ騒げば、否が応でも現場に駆け付けると言うもの。
「楽しそうな喧嘩じゃねぇか。なぁ……オレも混ぜてくれよ」




