其々の自害
『前回のあらすじ』
南区を吹き飛ばす爆発に巻き込まれた筈のエックスは、港町トワイライトに似た夕暮れの町に居た。
異変を感知し、見付けたのは侵略者に襲われている少女。助け抱き上げたまでは良いが……
次は巨大な修女に追われ、振り撒く涙が地面に落ちた際の飛沫に当たり、右腕と右脚を負傷。
転けた拍子に少女を手放してしまい、自身は捕まり追撃を覚悟するも、その行動は予想外のモノ。
巨大な修女は天高く掲げた両手を自身の顔と同じ高さへと下げ、掌の上で座る小さなエックスを見る。
右腕前腕部、右脚の太股やふくらはぎ、踵の四ヶ所が大小の水膨れを作り、天然の絆創膏として。
細菌が入り込み、化膿する原因を防ぐ。降り注ぐ大粒の雨は溶ける痛みに追加で傷口に触れる痛み──
だけではなく、傷口を洗い流す流水の役割の働きを見せる。そのお陰か、エックスの表情はやや苦し気。
それもその筈。現在巨大化した修女の涙は硝酸も同然。運良く雨が降らねば、彼の死は確実だった。
「我が赦されぬ深キ罪とは……想い人の命を救エズ、感情に任セて同志以外を皆殺シニシた事ですゥゥゥ!!」
修女が告白し、懺悔する言葉。それは余りにも身近で、親しみ易く、感情的で身勝手な行動と結果。
悲痛な想いに眼が反応──想い人と楽しく雑談中、彼を良く思わない存在が自身を狙い撃った銃弾。
その凶弾から彼が身を挺して護るも瀕死の重傷を負い、助けを求めて町中を走り回ったものの……
彼に助けられた者達は──露骨に面倒事へ関わりたくない。それはそれ、これはこれと理由を口実に。
立て続けに助けを拒み、想い人は出血多量で死亡。この世には神も仏も居ないと悟り痛感した結果。
人類の身勝手さ、欲深さに深い絶望と恐怖心を覚え、テラー化。その後は彼女が語った通り。
命乞い・敵対・逃げ隠れ惑う人類を同志以外皆殺しにし、世界を終焉へと導いた……と読み取った。
「……そうか。それは想像を絶する苦痛と後悔で苦しんだろう。もう、自分自身を赦してあげても良いんだ」
「あぁ、あぁァァ……貴方様ッ、貴方様ァァ!!我が神ヨ、我ガ主よ。貴方様に心カラ感謝致しマス!」
故に──否定せず、突き放さず、誰でもない自身で己が罪を赦そうと諭し、立ち上がり歩み寄る中。
その右脚には水風船程の水膨れが複数、右腕は幾つもあった水膨れが割れ、焼け爛れた皮膚が見える。
滝の涙流れる右頬へ近付くと、体全体で抱き締める様に身を寄せる。だが……エックスの体は溶けない。
ただ水浴びをした風に濡れる。その身を挺しつつも寄り添う行動に、修女は感銘を受け、目を閉じ。
自身が神や主と信ずる者に対し、心からの深い信仰を捧げ感謝する。すると──修女が白い光に包まれ。
徐々に小さく縮み、遂には標準的な女性程の身長へ。抱き締められた状態で雨降る空を見上げる顔は……
先程とは違い健康的な肌色で、碧色の瞳とやや幼さを残した高校生程と思われる少女に。
「気を失ったのか……ふぅむ。一難去ってまた一難とはね」
テラー化の解除に成功し、緊張の糸が解けた──矢先、左手の五指に伝わる複数の駆け寄る振動。
逃亡中も指輪から蜘蛛の糸を張り巡らせていたものの、酸の涙で幾らか途切れてはいるが。
残った糸が空気の変化を伝え、まだ危機は去っていないとエックスは悟り、修女と少女を両手で抱え。
立つだけ、抱えるだけでも激痛の走る右腕と脚に鞭を打ち、教えられた中央一番倉庫へ向かうべく走る。
が……脚に込めた力が抜け、俯けに倒れるところを無理矢理体を捻り、仰向けに倒れると何故か動けない。
魔力や霊力の満足な補給も無く無理をし続けた結果。深い眠気に襲われ、目蓋が下がり眠ってしまう。
「……突然現れた反応を発見。これより最終拠点へ連れ帰る」
「テラー化が解除されてる。こんな事、今まで一度も無かったのに」
「話を聞く必要があるな。ファントム1よりメディック1、救護者三名確保。迎えを頼む」
意識を失った三人の元に歩み寄る二人。片や黒いキャップ帽、口元だけを保護する真っ黒な防護マスク。
背に届く藍色の髪を靡かせ、魔改造されたアサルトライフルを担ぎ、焦げ茶色のクロークを纏う。
もう一人は顔全体を覆う真っ黒な仮面を被り、黒のロングコートに付いたフードを深々と被った人物。
声から女性と分かる中。テラー化の解除が珍しく、話を聞く為三人を拠点へ連れて帰ると無線で指示し。
アサルトライフルとサブマシンガンを構えて周囲を警戒。数分後、迷彩柄の非戦闘用装甲車が到着。
後部座席に三人を詰め込み、二人は前席へ乗り込むと装甲車は出発。荒い運転で拠点へ走り出す。
「本当に……ですか?」
「仕方……まい。我々には……」
意識が僅かに覚醒し始めた頃。誰かの会話が途切れながら耳に入り、目を覚ますと右手足が痛みつつも。
硬い床に敷かれた布団からゆっくりと上半身を起こし、話し声が聞こえていた方へ顔を向ける。
其処には先程の修女と、誰かに似ているが見覚えの無い女性が話し合う姿が。二人も視線に気付く。
建物にしては壁がなく、開放的だが窓が一切無い他、シャッターがある為、此処は倉庫の中だと理解。
エックスが幾ら辺りを見渡せど、最初に助けた少女の姿は何処にもなく、勢い良く立ち上がるが……
「いッ!!……っ!」
「無理に動かないで下さい。応急措置は施しましたが、安静が必要なんです!」
酸の涙で溶け、爛れた右腕右脚の皮膚が筋肉の動きを受ける度に激痛が走り、痛みに耐え歩く中。
修女が悲痛な顔で駆け寄り、両肩を掴むや否や近くにある木造椅子へと座らせ、説明を行いつつ。
エックスの右腕に巻いていた包帯を解く。露になった前腕部は肘関節まで縦に皮膚が爛れ、一部黄色い。
椅子の傍にあるカフェテーブルに白い濡れタオルと救急箱を置き、腕を軽く拭き箱から容器を取ると。
慣れた手付きで軟膏を塗り、ガーゼを乗せ包帯で素早く、されど緩まぬ様にしっかり巻いて行き。
同じ手順で脚の処置も施せば、漸く安心したのかホッと一息吐き、もう大丈夫と言わんばかりに微笑む。
「上手いモンだな。ニーア以来だ、魔法や奇跡を使わない処置は」
「ッ……」
「話が聞きたい。構わないか?」
見事な手際の処置を目の当たりにして、思わず前大戦で最後まで同行してくれた旅の女医。
ニーア・プレスティディジタシオンの名を出す。すると修女は何故か苦虫を噛み潰した様な表情を見せ。
そっぽを向いてしまう。そんな彼女の心情を知ってか、話に割って入り訊ねるキャップ帽の女性。
特に拒む理由も無く、深くゆっくりと頷くエックス。立ち上がろうとするも手で静止され、座ったまま。
「本題から入るぞ。何故テラー化を解除出来た?」
「何故って言われても……初めてテラー化した時も、自分の意思で解除出来たし」
「無意識か。いや、そう言う事か。それならば納得が行く」
早速本題から入り、テラー化を解ける理由を聞かれても、エックス自身は前大戦で偶然発現した時も。
自らの意思で解けた為、方法等答えられる筈がない。馬鹿正直に答えると無意識だと女性が納得した後。
目の前の人物を見詰め、自身が問うた疑問の解答を何かしら理解したらしく、頷き自己完結。
一人全く理解が及ばず、頭上に?マークを浮かべて首を傾げるエックスに「もう大丈夫だ」と告げた後。
倉庫内に響く撃鉄音が一つ。敵襲にしては銃声が無く、足音も無い。座った状態で辺りを再び見回す。
長方形の机にパソコンや冷却装置の他、医療用機器に複数の薬品を置いた場所に居る二人が目に止まる。
ロングコートを着、付属のフードを深々と被った人物がナース服の金髪セミロング女性に向け──発砲。
「……!?」
「行ったか」
突然の行動に再び理解が及ばず、キャップ帽の女性と修女の二人に説明を求めて振り返るも。
修女は目を閉じて胸元で両手を組み祈り、キャップ帽の女性は仲間の行動を見届け、淡々と一言。
更に何を思ったのか。右腰のホルスターからリボルバーを抜き、横へずらしたシリンダーに弾丸を装填。
ロングコートの人物と同時に撃鉄を引き、ナースを撃った人物は自身の右側頭へ銃口を押し当て。
帽子を脱ぎ捨てた藍色髪の女性は修女の眉間に向け──何の躊躇いも無しに引き金を引き撃ち抜く。
撃ち抜かれた人物の体は一瞬で赤い液体に変わり、コンクリートの床へぶちまけられた。
「vanitas_vanitatum_et_omnia_vanitas」
「……え?」
説明も無い、口を開いたと思えば旧約聖書・伝道者の書に記された文字を無表情で言葉にするだけ。
関係者しか知らず、他者に説明や意味を伝えもしない現状。エックスはただ、聞き返す事しか出来ず。
藍色髪の女性は唖然とする彼を見ると、目を閉じてフッと鼻で笑う。だが、馬鹿にした風ではない。
寧ろ、彼がこの場所・世界に来てくれた事へ対する感謝すら満足げな表情から読み取れる程。
すると再び撃鉄を引けば、最後の一発が銃身の方へと運ばれ。もしや此方に先程の銃弾を撃つ気では?
そう身構えるも、利き腕と脚を負傷している上、椅子に座っていて目の前には銃を持つ相手が一人。
「例え全てが虚しくとも、それが努力をしない理由にはならない。我々に覚悟の引き金を引かせたのは貴方だ……先生」
エックスを見下ろし、先程から行っている同士撃ちの理由を説明している様で、責任を擦り付けられた。
そんな印象と意味不明さに困惑していたら……藍色髪の女性も自らの意思で、己の右側頭へ銃口を当て──
発砲し自害。目の前で赤い液体に変わり、数秒遅れて何かが足元に軽い音と共に落ちる布で包んだ何か。
一種の恐怖体験をした故か。体は震え、大切な何かを眼前で失った鋭い痛みが心を突き刺し泣き叫ぶ。
震える左手で手にした物は……破損が目立つアークバックル。白い表面は黒い煤や血で汚れている。
『アーク……クル、起動──本体ダメー……ジ、七十パーセント』
「……テメェらか?この世界を本当の意味で終焉に導いた馬鹿野郎共はよぉ」
「ナルヲモサ_、リヤタナ──」
腰にアークバックルを当てれば、自動的にベルトが巻き付き離れない様に固定し起動音声の後。
バックル自身の損傷度が大きいと説明中、倉庫の上部を体当たりで粉砕し、覗いてくる真珠貝のX物。
此方を視る真珠を睨み返し、お前達が世界終焉へ導いた原因か?と問うも、相手は真珠貝のX物。
発する言葉は翻訳されるも、望む回答は返って来ないと察し──跳び上がり、左手で殴り掛かる。
しかし間一髪で貝が閉じ、硬い殻へ籠られ逆に左手の甲の皮膚が裂けて出血する程の硬度。
だが……隙間に指を入れ、静かな怒りが稲妻を発生させると炸裂し、雷炎となり内部の真珠へ直撃。
驚きの余り力が緩み多少開けた所で左足で貝の下側を踏み、強引に抉じ開けるや否や内部へと歩み寄る。
『マキシ……マム──ワールド・デストロイ』
「オイ。わざわざその『呼び方』を使うって事ぁよぉ……テメェ、俺の敵で間違いねぇよなぁ?」
「──!!」
今のバックルで使える最大限の出力を引き出す中、真珠貝X物が発した言葉の意味を問い質しつつ。
大きく振り上げる右足、そしてバックルから右足を包み覆い隠す程に流れる虹色の膨大なマナ。
次の一撃が示す結果を理解し、慌てて殻を閉じようと判断するも時既に遅し。振り上げた右足は……
殻が閉じるよりも遥かに速く、雷が落ちたも同然の速度で振り下ろされており、真珠部分にめり込み。
内部へ送り込まれ、炸裂したエネルギーは今居る世界全体へと虹色の波動が瞬く間に広がって行く。




