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真約 メフィストフェレス  作者: 三文士
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Only Holy Story

本年もお世話になりました。前回クリスマスイブに引き続き、大晦日の更新も大容量になっております。少々長い話ですが、お時間のある方はお付き合いください。今年もお世話になりました。来年もまたよろしくお願いします。

源田の言う通り裏口の扉は鍵が掛かっていなかった。そこを開けて中に入ると、エレベーターが一階で待っていた。


というか、今でこそエレベーターとか気軽に呼んでるけれど実際あたしはこの時これが何なのかまるで解っていなかった。


ただのドアにしか見えなかったし、無理にこじ開けたところで小さな部屋があるだけ。お陰で半刻くらい足止めを喰らってしまった。


ようやく、昔見た参考資料を思い出し何とかかんとか源田のいる部屋の階まで辿り着いた。


源田に侵入を許可されているのはここまで。部屋の中までは許されていない。


あたしはよく聞こえるよう、大きな音を立て扉をノックして源田の名前を呼んでやった。


「センセ、センセぇ!あたしですよぉ。遅くなってあいすみませんですぅ。中に入れて下さまし。」


あたしが実に甘ったるい声をだすと、中からドタバタと音がした。そうして直ぐに、フニャフニャとした源田の返事があった。


「あーキミかい?先ほどの。いやぁ随分かかったじゃないか。心配したよ。さあ、中に入りなさい。」


「ゴメンなさいセンセ。怒ってらっしゃる?」


「いやいやとんでもない。少し心配しただけさ。さあさ、良いからお入りなさい。鍵はかかっていないよ。」


「お優しい方。あたしってば本当にそういう言葉に弱いのよ。」


自分でも反吐がでる物言いだけど、仕方ない。これも悪魔のキマリだ。だがやっこさんは勘が良いのを忘れてた。


「どうしたんだキミ。さっきからまるで中に入って来ないじゃないか。何か中に入れない理由でもあるのかい?」


チッ。流石は神が選んだ男なのか。運が良い奴だねどうも。


悪魔は部屋に人がいる場合、その部屋の主から三回許しを得ないと中に入れないキマリになってる。理由は知らない。そういうキマリなんだ。クソ食らえ。


「ねえセンセ。後生ですから。あと一度だけ、中にお入りと、そう仰って下さいまし。」


源田は神に選ばれし魂かつ強運の持ち主かもしれなお。だがそれ以上に、バカでお人好しだ。


「なんだいなんだい。幾らでも言うさ。お入り。さあ、中へお入りなさい。」


では失礼して。


あたしは生暖かい突風を吹かせ、小さな竜巻みたいにドアをブチ破った。


演出って大事。


あまりの勢いで源田の無駄にデカい図体が尻餅をついちまうくらいだった。やっこさんは床に座り込んだまま動けずに、あたしの方をパチクリしながら見ていた。


あたしはたっぷりの余裕と取り引き相手への敬愛の念を込めて、大量の紫煙と一緒に挨拶をくれてやった。


「ヘロウ、ベイビィ」


我ながらキマってる。この一言


そう思ったけど、源田のダサい感性では理解できないみたいで


「はぁ?」


みたいな顔していた。コレだからダサい奴は嫌なんだよ。


あたしは面倒臭いのとダサいのが大嫌い。


ともかく、第一印象でブチかましてやったからね。後はやっこさんの出かた次第。


まあ驚いた顔はしてたけど、薄々あたしが人間じゃないと気が付きだす頃かな。


「どうされたんですセンセ。先ほど会ったばかりじゃないですか。まるで三百年もあってない様な顔しちゃって。」


デビリアンジョークってやつだ。


「いや、なんか雰囲気変わったなと思ってね。キミってそんな感じの娘さんだったかな?」


「いやだわセンセったら。お忘れなのかしら。昨晩あつぅい夜を過ごしたばかりじゃありませんか。」


「熱い?ああ、‥うんそうだね。確かに熱い話をしたよ。いや、私の熱意が伝わって良かった。それにしても何か変わったような。」


「ええまあ。あのダサいサンダルをピンヒールに変えて、フェイクの毛皮を本物の狼の毛と交換したくらですよ。」


「ああなるほどね。」


納得すんのか。マジで間抜けだなセンセ。


「それよりも、早く、ね?」


「ん?」


じれったい奴だな。


「んもう、意地悪なんですよぉ。続きを。昨日のつ・づ・き。」


あたしは産まれこの方した事がないくらにシナをつくって誘惑した。


「ああ、そうだね。じゃあ昨日の続きを始めよう。」


一発でも既成事実を作っちまえばこっちのもんだ。悪魔と一晩過ごして、天国に行けた奴はいない。


あたしがこの勝負の勝ちを確信した時、源田は突然にぶ厚い本を開いたかと思えば、馬鹿みたいに高いトーンの声で朗読を始めた。


以下、源田始ことヨハネス・ファスタ天師によるありがたい朗読。


『主とは、生である。主とは、また死である。主とは、常に側にいらっしゃる。主とは、遠くから見ていなっしゃる。主とは、全てである。主とは、個である。主とは、創造である。主とは、破壊である。表裏一体であり、上下左右である。心であり、身体である。全てを導くものであり、全ての終着点である。始まりであり、終わりである。以下略』



「ちょ、ちょっと待ってくれ!!なんなんだ急に。センセ、何をおっ始めようってんだ!」


あたしはやっこさんに脅かされて、化けてるのも忘れてつい、いつもの調子でやっちまった。


「何って、我が主の教えだよ。昨晩キミに読んであげただろ?忘れたのか?」


おいおいマジかよ。


「え、ちょっと待ちなよセンセ。それじゃあ何かい?昨日はハッスルしたんじゃないのかい?男と女のめくるめく素敵でイヤラシイ夜は無かったってのかい?」


源田はいよいよ顔をしかめて言う。


「イヤラシイ?とんでもない!!私はキミにこの経典を朗読してあげようとしたんだ。そしたらキミが冒頭の五分くらいで『お金返すんで帰りまーす』って出て行ってしまったんじゃないか。」


予想が大いに外れてる。やらかしたね。


「じゃ、じゃあなんで和久井に店に行った事をバラすぞって脅された時、何もしてないって言わなかったんだ!やましい事がないならアイツの要求をのむ必要はないだろ!」


「え?なんで和久井が出てくるんだ?‥ん、まあ、だってアイツが信者は私がそういう所に出入りしてるって聞いたら幻滅するって言うから‥」


「なにもしてねえんなら幻滅なんぞしねええええええ馬鹿かお前えええええ!!!」


あたしは頭を抱えた。コイツ、マジで言ってんのか?


じゃあ何かい?この脂ギッシュで中年太りのスケベそうなおっさんは、あんないかにもって感じの若い女にホテルの部屋で神の自己満ポエムを読み聞かせしてたのか?指の一本も触れずに?


あの野郎(ジーザス)!まんまとやられた。純粋無垢な魂ってこんなヤバいのか。こりゃ大変だぞおい。


こんなことなら和久井の邪魔なんてせず、とっとと転落してもらってた方が良かった。


「あークソあークソあークソ。マジかマジでかー。」


あたしが頭を抱えて唸っているのを見て、源田はいよいよ訝しげな目つきになっていた。


「キミ、本当に昨日の娘さんかい?なんかおかしいな。」


「おかしーのはテメーの頭だよ。あーチックショーやってられるか。」


「和久井の事を知ってるのも気になるけど、もっと気になるのはキミ自身だ。雰囲気というか、上手く言えないけど根本的に何かが違う気がする。今まで接してきた人たちとも何か違う。私も立場上、色々な人間と会って来たけどキミみたいな人は初めてだ。」


そらそうだ。ここいらで潮時かもね。


誘惑大作戦(テンプテーション)も空振りみたいだし。


あたしは足で床を二回、ドンドンと鳴らした後、指を一回パチンと鳴らす。


悪魔は正体を晒す時は特に演出に気を配る。畏怖や威厳を獲得する為に。


言っちまえば見栄っ張りなのさあたしらは。


あたしはいつもの合図で地獄からマイ炎の『ニッキー』を呼び出す。


ニッキーはなんてことない地獄産の炎だが、あたしの昔馴染みだ。阿吽の呼吸ってヤツがある。ニッキーは悪魔の演出を助ける以外に特に出来る事はないんだけど、そこ関しちゃスペシャリスト。色や形、臭いなんかまで状況に応じて多種多様な炎になってくる。


ニッキーはいつもの様に凄まじい音を立て、真っ赤に燃え盛って背景を飾ってくれた。


サンキューニッキー。


あたしはパーティドレスみたいく炎で着飾り、落ち着きを払った声で物を言う。


「センセ。お気付きかもしれませんが、あたくしは先にセンセがホテルで説教をくれたオンナとは別の存在でございます。」


「うぁあああああ、なんだキミ!燃えてるじゃないか!!あぶっ!あぶっ!」


源田はパニクって水を探すけど、部屋中の水という水をニッキーが片っ端からカラカラにしちまう。


「ご静粛に。センセ。大丈夫でございますよ。コイツは昔馴染みの炎でございます。埃や塵は燃やしても、あたくしの身体には火傷ひとつございませんから。」


「キミは一体‥何者なんだ?」


満を持して、あたしは名乗りをあげる。


「地獄一番の口達者。暁の娘。メフィストフェレスと申します。ま、ざっくり言うと悪魔でございますよ。ア・ク・マ。」


「アクマ‥だと‥」


あたしはしばらく源田を見据えていた。


さてやっこさんはこの後どういう反応に出るかなってさ。悪魔と言われてはいそうですかとなる場合もあるし、馬鹿も休み休み言えと言ってくる場合もある。


ま、どっちにしたって人間とっちゃあたしらは非日常以外の何物でもない。そいつを受け入れるかどうかで、その人間の器ってのが決まってくる。大きければ良し。小さければなお良しだ。


源田はあたしの眼をずっと見続けていた。あたしもその視線から逃げずに見返してやった。


「普通に言われたら到底信じれない話だが。その眼だ‥その眼を見たら信じずにはいられまい。その燃え盛る炎の様な眼を見て、昨日の黒犬がキミだったのかと合点がいった。キミは‥本当に姿や形を自由に変えれるのか。」


「そんな事、なんですそれくらい。」


あたしは鼻で笑って瞬時に姿を犬に変えてみせた。


「どうかねセンセ。納得いっていただけましたかね。」


「信じれない。どういう構造の生き物なんだ。」


「おいおいおい。勘違いしてもらっちゃ困るなあ。そんな人間ごときの尺度で測れる存在じゃありませんぜ。人間よりずっと上位的存在なんだ。第一生き物じゃない。あまり深く考えないこった。センセ。」


「そ、そうか。それはすまなかった。」


源田は理解をしていたようではあったが納得は出来ていないようだった。


まーそうだろうね。でもまあ、この状況にしちゃ上出来かな。


「謝ることじゃござんせんよ。初めては皆動揺するもんでさ。そんな事よりセンセ。今日は折り入ってセンセにお話があってはるばる馳せ参じた次第なんです。」


「はぁ。まあなんでも良いんだが、ひとまず人間の姿に戻ってくれないか。犬が喋ってると、自分の頭がオカシクなってしまったみたいでなんとも‥。」


「ありゃま。これは失礼。では。」


あたしはもう一度オンナの姿に戻って話を切り出す事にした。


「では仕切り直して。突然ですが、センセは今ご自分の人生に満足されていますか?」


源田は鳩が豆鉄砲を食ったよう顔をする。


「わ、私の人生に何故悪魔のキミが関心を持つんだ。放っておいてくれ。」


「イヤですよ。そんなつっけんどんにしたらオンナにモテませんぜ。」


「どうだって良いだろうそんなこと!モテるとかモテないとか。実にくだらない価値観だ。そんな事で人間の価値が決まるのか。若さだけで自惚れた連中が歳を経て散々苦汁を舐めてきたのを私は見ている。」


「へえ。おエライセンセにもなると随分と達観されていなっしゃる。」


「私は神の代弁者だからな。」


「ふふん。まあいい。それでは名声はどうです。もっと多くの人から恐れ敬われたいとは思いませんか?」


「必要ない。例え大勢から敬われたからとてそれが何になる。一時的な集団の感情なんぞ、ただその場限りの共感に過ぎん。状況に流されているだけだ。心から人の尊敬を勝ち得るには、まず一人一人と向き合わないといけない。その結果大勢になることはあっても一度に多数を動かすのはそれこそ幻術だよ。」


なかなか手強いね。だがいつまで続くかな。


「では富は?贅沢の限りを尽くしたいとは思いませんか?人間は金というヤツで時間を具現化して取り引きしているんでしょう?時間だけでなく物の価値も金で表わしているとか。ならばその金というのがこの地上の理なんでしょう。そいつを思う存分手にし、自由に操ってみたいと思いませんか?」


「はんっ!悪魔だから期待してみたがなんて事はない。和久井や銀行屋の連中と大して変わらんじゃないか。」


「なんですと?」


聞き捨てならないね。


「金が時間の具現化?価値の表れ?あんなもの、ただの代用品に過ぎん!物の価値は人それぞれによって変化するし、本当の時間はもっとずっと自由な物だ。金でどうこうできる物ではない。あんな物が理などと、悪魔くんは世間知らずだな。」


そう言って笑うんだ、やっこさんは。腹が立たないワケがない。


「ならセンセ。アンタは自分の人生には満足している。そうおっしゃるんですね?」


「うむ‥満足しているさ。」


そうは言ったものの、言葉とは裏腹に表情は曇ってはっきりしない。


「そうは見えませんがね。」


「オマエのような悪魔に何が解る。人間は誰しも苦悩を抱えて生きているんだ。」


「知ってますよ。それなりにはね。例えば、人生に苦悩してLSDをキメてみたり。大日如来だの鬼だの絵を見て喚いたり。実に有意義な人生を送っていらっしゃる。」


途端にヤツはゲジゲジの眉毛をしかめる。


「いつから私を見張っていたんだ。」


「さあて。商売の種はそうそう明かさない。」


「ふん。だからなんだと言うんだ。」


さあて、最後の仕上げだ。


「解りませんかね。教えて差し上げるというんですよ。知りたいこと全部。叶えて差し上げるというんですよ。望むこと全部。デカい声で叫んでたでしょう。この世を突き動かす真理が知りたいと。そういう大いなる存在に会いたいと。」


源田の顔色が変わる。


「神が、存在するのか!?」


思わずニヤけちまうくらいチョロい。


「さあて。どうでしょう。」


「どうなんだ!教えろ!!」


「困りますよセンセ。あたしはビジネスの話をしにきたんだ。ギブとテイクの関係がなきゃ、早々に退散しなくちゃいけない。」


やっこさんはもうヨダレが止まらないご様子だ。


「解った。どうすれば良い。聞こうじゃないか。」


そうこなくっちゃ。


「ではあたくしと、契約をしていただきたい。なに、ごく簡単な契約だ。センセがボスであたくしは奴隷。何でもお申し付けくだすって構わない。」


「見返りは?」


「センセだって全くのトーシロじゃないでしょう?ご存知のアレですよ。」


そう言うと源田は右手を胸に当ててみせる。


「私の‥魂か。」


「ご明察!正確には魂に所有権です。センセが亡くなった後のね。」


「どういうルールだ。」


「そうですなぁ。まあ大まかな願いを三つくらい考えていただいて、その途中途中でお申し付けいただければ何でも叶えて差し上げます。そうして最後にお腹一杯に満足いただいたら一言、『時よ止まれ。お前は美しい』そう仰ってください。それを合図に料金の精算をいたします。」


「もしも私がズルをして、そう思ってても言わなかったら?」


「センセを信頼しております。それに‥満足したら必ずそう言ってしまう。そういう風に出来てますから心配無用です。」


契約とはそう言う物だ。悪魔の契約は生易しくない。


「解った。お前と契約しよう。悪魔よ。だが期間を設ける。二百日以内に私を満足させられなかったら、料金は払わないぞ。」


「よろしい!そうでなくちゃ!だが今後はメフィストと、そうお呼び下さい。」


「解ったメフィスト。どうすれば良い?」


あたしはニッキーに用意させといた用紙を取り出す。


「こちらにサインと血判をいただいて、大声で一言ください。」


「なんと?」


「『メフィスト!今日からお前は、私の下僕だ!』と。」


源田はサインと血判をして大袈裟に叫ぶ。


「メフィスト!今日からお前は、私の下僕だ!」


「よろしい!ならば三つ、願いを叶えて差し上げましょう。『桁外れ名声』『有り余る富』そして‥」


「誰もが振り返る美人との恋愛!」


笑っちゃうね全く。やっぱりなんだかんだやっこさんも男だよ。


「承知。では『誰もが振り返る美人との恋愛』これを二百日以内に叶えて差し上げる!その暁には魂を貰いうける!」


そうしてこの瞬間からあたしと源田一(げんだはじめ)は主従契約を結んだ。


ちょうどその時、時刻は12時となり街は新しい日の誕生日を知らせた。


折しもその日はクリスマス。遥か遠い昔の昔、神の代弁者と言われた男が誕生した日だった。


ま、あたしらの物語にはあんまり関係ない。あしからず。


続く

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