With out me
あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。
お時間あればお付き合い下さい。
「それで?契約をしたからにはお前は私に何をしてくれる。」
今まで少なからず聖人ぶってはいたが、ハンコをついた途端これだ。もう亭主気取りでさ。
「さいですなあ。出来ることは何でもやりますが出来ないことはやっぱり出来ません。」
「コイツめ。漫才やろうってんじゃないんだぞ、しっかり私を満足させろ。じゃなきゃ契約違反で魂の件は無しだ。」
「解ってますよ。そう焦らんで下さい。ちゃんと人参をぶら下げといてくれれば、何万馬力だって惜しみません。」
「ふん。どうだかな。」
あたしは次の手を考えていた。
やっこさんは本気であたしがやっこさんを満足させてやると思い込んでる。冗談じゃない。あたしの目当てはやっこさんの堕落。それだけ。精々堕ちていただきますよ。
「どうです。差し当たってはどんな冒険に出かける前にも必ず準備を整えてなくっちゃいけない。センセの場合、そのお身体に染み付いた余分な物を取り除かなきゃこれからのお楽しみが満喫出来ませんぜ。」
「余分?何かついてるか?ああ。この腹だな。脂肪というのは、この歳で落とすとなると結構激しい運動がいるなあ。私は運動はどうも‥」
「ははは。違いますよセンセ。ま、当たらずも遠からずですな。運動なんて必要ありません。もっとこう、長年身体に染み付いついた物です。」
源田は怪訝な顔で首をかしげる。
「長年?なんだその余分な物とは?」
あたしはドヤ顔で言う。
「老い、でございますよ。」
源田はイマイチあたしが悪魔だって理解出来てない。というか、あれだけの演出を凝らしているにもかかわらず悪魔の力の偉大さが解ってない。悲しいねどうも。
あたしは源田を促して外に出る。
あたし達は冒険の準備をする為、すなわち源田の老いを取り除く為に向かわなきゃならない場所があった。
正確な場所なんて知らないが大体の見当はついてる。悪魔ってのは犬に化けなくたって特定の匂いには敏感だからね。同じ悪魔の匂いにはさ。
あたしは適当な車に目星をつけて近寄ると、自分好みの仕様にカスタマイズする為、地獄にお願いする事にした。
『想いを具現化する歌~ローライダーズ~』
『ウァプラ、ウァプラ。聴こえているか。星が夜空を流れている。心臓を鳴らせ目を光らせ、どデカイ音で街を彩れ。どんな驢馬だって駿馬にしてくれ。こんな夜を泳ぐんだから。中途半端じゃ跳ねれやしないぜ。』
けたたましい馬の鳴き声がしたかと思うと、目の前にあったポンコツ車はピカピカの新車に変わっていた。
いや、別段車にこだわりがあるわけじゃない。正直機械は苦手な部類なんだが。先にも言ったろう?悪魔は見栄っぱりなんだ。メフィスト様ともあろう者が、ヨボヨボの驢馬でご登場したんじゃしまらない。
成り立てホヤホヤご主人様と言えば、ピカピカのインパラを目の前しても老体特有のブツブツと糞の足しにもならない文句を垂らしていた。
「なんだこんな物。あんまり下品じゃないか。こういうのは頭の悪い子供の乗る車だよ。悪魔なんだから移動するなら空でも飛んだりできんのか。」
と。
「ははーん。解っておりませんねセンセ。あたしのスピードで空なんざ飛ぼうもんならセンセは溶けてバターになっちまう。センセは常時頭の中がお空を飛んでいなっしゃるんですから、身体くらいは地面に繋いでおいた方がバランスが良いかと。」
「!にゃにおう!!くぉらメフィスト!待てお前!」
やっこさんは顔を真っ赤にして怒ってたけどあたしはシカトして車に乗り込む。
良い内装だ。素晴らしい。シンプルでいてそれでいて渋い。一面革張りの車内。
遅れてやっこさんが乗り込んでくる。
「待てというに!大体お前は主従関係というものを分かっとらんみたいだな。この際だか‥」
あたしは言葉を遮る。
「センセ。悪魔と鉄の馬に乗る時は、無駄口を叩かない方が良いですよ。」
「なに?お前、まだ私にそんな口を」
「違いまさ。歯ぁ食いしばってた方が良い。」
「何故だ?」
「まだしばらく、その舌はお使いになるでしょ。失くしちゃう前にしまっておかないと。」
そう言い終わらないウチに鉄の馬は走り出す。
あたしはいつだって何かに身を預ける時は心でこう呼びかけるようにしてる。
『さあ、ブッ飛ばせ』
ってね。
身体の残像が見えるんじゃないかってくらいの猛スピードで鉄の馬は走りだした。
源田は
「うぇあいーーーー!」
とかなんか言いながら歯ぐき剥き出しで重力にやられてる。
「どうだいセンセ!!さいっこうっに気持ちイイでしょ!?」
あたしはこの気持ちを共有しようと思って話しかけたがやっこさんは既に肉塊の様な状態で喋れそうもない。
せっかくのナイトクルーズなのにそんな顔じゃ楽しめない。
閃いたあたしは懐ろからとっておきの一本を取り出す。
「まあまあセンセ。そう肩肘張らずに。もっとリラックスしてくださいな。りぃらっくす。」
あたしは源田の口に紙で巻いたブツを咥えさせ火を着ける。
こいつはマルスを精製して以降、スランプが続いてたあたしの久しぶりの傑作。とっておきのブランニューシット。
源田はしばらくゲホゲホやっていたが肺に煙が到達する頃にはすっかりhighになってもう灰みたいな顔色をしてた。
車内には重低音が響くバツグンの曲が流れている。怪しげな雰囲気のビートに乗せて、エッジの効いたラップが滝の様に頭の上から降ってくる。
ちょいトビ過ぎかな。まだまだ試作段階だったからね。
やっこさんは目の視点がグリグリと忙しなく動いた後、完全にあさっての方向に向いたまま微動だにしなくなった。
「どうだいセンセ?ハッピーかい?」
あたしがそう聞くと口の端からヨダレを垂らしながら
「らぶあんどぴーしゅ‥」
とぼやいていた。
ダメだなこりゃ。改善の余地有り。
やっこさんにはしばらくトリプってもらって。あたしは臭いのする方へ鉄の馬を走らせた。
鉄の馬は更に加速する。良い子だ。お前はホントに名馬だよ。
国こそ変わらないが、源田たちの教団本部かがあった場所からかなり離れた場所で鉄の馬は歩みを止めた。
つまりここが、あたしの目的地。
繁華街のど真ん中。周りはギラギラとしたネオンに囲まれた夜の街。
その一画で、ひときわ異彩を放っている建物。まるでヨーロッパにある貴族の屋敷みたいな外見をしている。高さ四メートルはあろうかという巨大な鉄の門が、来訪者を選定している様な圧力を感じさせる。
その門に掲げられた無機質なプレートに、でかでかとある文字が刻まれている。
『paradise lost』
この名前でピンときた。ここで間違いない。
あたしは鉄の馬の頭にあたる部分を優しく撫でて小さな声で礼を呟く。
中でグデングデンに延びている源田を引き摺りながら、あたしは片手で門を開ける。
少し歩いた後、これまたデカい玄関の扉が待っていた。
扉の前に看板が出ていてこんな事が書いてある。
『本日 DJイベント開催中』
『door 2soul+1d』
『adv 1soul+1d』
どうやら中に入るには料金がいるらしい。正直、確実に知り合いいるか解らないから割引きはしてもらえそうもない。
どうしたもんか。
あたしはしばらく延びたままの源田を眺めていた。
そっか、簡単な話だね。
入り口をノックすると中から屈強なガタイの男がのっそり出てきた。
「こんばんは。料金は2soulです。」
地の底から響いてきそうな野太い声。あたしは軽いノリで初見の客だと悟られない様にする。
「おひさ~ってアレェ?お兄さん初めてぇ?前の彼辞めちゃったの?」
「はあ。ゾルバンの事ですかね?アイツなら先々月売り上げチョロまかして灰にされましたけど。」
「あっ‥そう‥」
随分物騒なとこだなおい。
「いやそうなんだ。ゾルバンそんな感じかぁ。つうかぁあたしぃ、結構ここの常連でさ。実はオーナーとも知り合いなんだよね。」
「え?オーナーとですか?」
途端に顔色が変わる。どうやらここのオーナーはマジでヤバいヤツなのかもしれない。
「ホントの事言うとさ、今日もオーナーに頼まれて活きの良い信心深い人間を運んで来てんだよ。」
「え?そうなんですか?うあ!ホントだ!汚ねえジジイですねえ。」
「そうなんだよ。まあこう見えてもかなりピュアな魂だから。イマドキ苦労したよ。生きたまま連れてくるの。」
「ほええ。」
男はすっかり騙されてる。
入り口を守っているヤツってのは、どこの世界でもバカの下っ端ばかりなんだ。
「ゾルバンの話。建前上は売り上げチョロまかしたってなってるみたいだけどさ。実際は先々月、あたしがオーナーの運び物持ってきた時。ゾルバンがあーでもないこーでもないってあたしを中に入れるのを渋ったワケよ。」
「え!?そうなんすか!?」
「そうそう。まあ結局ブツがオーナーに届くまで時間がかかってさ。そんでオーナーがあたしにブチ切れたからゾルバンの話をしたワケよ。その後、ゾルバンがどうなったかはあたしの知るところじゃないけど。」
そういった瞬間、即座に扉が開いた。
「どぞ!アネさんどぞ!」
男は顔中に汗をかきまくってやがる。
「ありがと。オーナーに今回のドアマンは優秀だって言っとくわ。」
「ざっす!」
優秀にも程がある。
しばらく暗闇を歩いた後、頼り無いロウソクの灯りが点々と壁沿いにあるのを見つけた。
どうやら下へ降りる階段があるみたいだった。
あたしは相変わらず気絶したままの源田を引き摺り、階段を下りていった。
しばらくしないうちに暗闇でも分かる程に、真紅に染まった扉が現れた。
そこにはごく古い言葉でこう書かれていた。
『また来たのかよ?だからお前はダメなんだ』
どうやらあたしはこの場所が好きになってきたみたいだ。
つづく




