クリスマス・イブ
メリークリスマスです。予定ではこの投稿で年内は終わりだったんですがもう一回くらいありそうです。今回はクリスマスイブに投稿という事で少し長めのお話です。
疲れ果てたあたしはその辺にあったデカい建物にのそのそと入っていった。犬の身体なら何処だって構わない。
どうやらそこは何かの倉庫みたいで、そこら中に箱がうず高く積まれていた。
あたしは適当な場所に座り込み、休息をとることにした。
今日は本当に疲れた。やっぱり慣れないことをするもんじゃない。地獄とあの部屋が恋しい。
だがあたしには神との賭けに勝つという使命がある。あの高慢ちきな神と三馬鹿天使を、足下に這いつくばらせたい。
あたしは身体に留まっていた疲れを燃え滾る野望で追い出した。
まどろむ意識の中で人間の話し声が聞こえていた。どうやら何人か人がいたらしい。随分デカい声で『話が違う』とか『在庫はどうする』とか『解ってんのか』てな事を叫んでいた。
まあここは倉庫だから、大方なにかビジネスに食い違いが生じたんだろう。ビジネスにはトラブルが付き物だからな。
あたしは可愛らしいリンゴのマークが入った箱に囲まれながら朝の陽をやり過ごした。
夢は見なかった。
それなりの時間が経過して辺りを見回したり臭いを嗅いだりしてみたが、生き物の気配は消えていた。
あたしは犬のままで倉庫から飛び出した。
外には、再び夜が訪れようとしていた。
今日は昨晩とはなにか違っていた。
街全体が煩わしいくらいにキラキラしていたし、人間の気配も昨日より随分と多く感じる。何よりも驚いたのは、空から雪が降ってきていた。
雪は何度か参考資料で目にしていたが実物を見るのは初めてだった。
キレイ、ではないなと思った。まず色が気に食わない。
白は嫌いだ。天使の羽根と同じ色だからね。
あたしは妙な感覚を足の裏に感じながら、再び源田の住むあのバカデカい建物を目指して歩いた。
普段の行いが悪いからか、突然思ってもない幸運が起こる事もある。
インチキトリッパーの源田くんとサイコ坊やの和久井が何やらぶつぶつと問答し合いながら歩いている所に出くわした。
というか、信じられるかい?歩きながらずっと二人で議論してるんだぜ?
あんまり退屈な内容だから割愛させてもらうけど、とにかくこのおバカさんたちは「ああでもないこうでもない」や「ああでもあるしこうでもある」などという全くもって生産性のない問答をしていたわけ。
あたしは犬のままバレない様に、後ろから二人を追いかけた。
ある所まで来た時、突然坊やが立ち止まった。
「天師、そう言えば昨晩お部屋でお話ししたことなのですが。」
「何だね、それは。」
源田は突然表情を曇らせた。
和久井の方は相変わらず神経質に顔をピクピクとさせている。
「例の幻覚剤の話です。あれから僕は何度も何度も考えてみたんですが、やはり我が教団にはああいった物が必要だと思うんです。」
坊やもしつこい。まあたヤクの話だ。
あたしはしつこい男が大嫌い。
「和久井くん。何度も言わせてくれ。私たちの理想に、それは必要ないと私は考えてる。」
源田は昨日よりも幾分クールな言い方だ。
やっぱ男ってのはスッキリするとクールになるもんなんかね。
「ですが天師、実際問題として資金繰りが上手くいっておりません。そこは如何します。この間のマスコミ騒動で、太い奉納をしていた信者が退会しました。今、教団の米びつの中は減る事はあっても増える事はありません。」
「それぐらいなんだ。金の事など如何様にだってなるさ。和久井くん。それとこれとを結び付けるにはいささか強引ではないのかね。」
源田がそう突っぱねると和久井はまた落胆した顔をしたが、すぐに嫌な笑みを浮かべて反論した。
「そうですか。では天師、こういう事は言いたくなかったですが仕方ありません。天師は昨晩僕と別れてからどちらにおられましたか。」
そう言えば、坊やはしかっりあたしが追い払ったけど源田がお楽しみしてたのはバレてんだっけか。
「な、なんだね急に。自室で修行を‥」
「なぜお隠しになるんです?駅前の『ムッチィマウス』に行っておられましたよね。」
「はえ!?やあ、違うんだよキミ、アレはそのぉ布教活動というか迷える若い娘さんをだね‥」
あぁなんて言うか、大変分かり易くてダメな反応。迷っているのはアンタの答えだよ。
「そうですか。まあ僕なんかは天師を深く信頼しておりますから?そう言われれば一片の疑いもありませんが。ふーんそうですか、深夜になっても尊い活動されているんですね。ですが、大半の信者たちにはそれでは説明にならないでしょうねぇ。あのような店に天師ヨハネスが出入りしているなどと、知られるのはあまり良い事ではないのでは?」
「ぐぅ」
参ったねこりゃ。早々にぐぅの音を上げちまうなんて情けない。
「‥和久井くん。キミは、私を脅しているのかね。」
源田は顔を真っ赤にしている。
「脅してるなんて!ああ、そんなこと仰らない下さい!天師!僕はただ、教団の為を思って未来への提案をしているだけ。『ムッチィマウス』のお話は、ほんの世間話ですよ。」
和久井が源田を脅してるのは明らかだ。
アンタも気をつけた方が良いぜ。周りにこういうクズがいる時は特にな。クズは毒ヘビみたい執念深く付き纏ってなんかの拍子にアンタがミスをすれば早々にアンタを丸呑みしちまうからさ。
「天師、どうでしょうか。あの話。今一度ご検討をしていただけますか。」
坊やは目の前の獲物に対してもう手が届きそうだもんだから、ヨダレをダラダラと垂らしてやがる。
ムカッ腹が立つね。
再三言うようだけど、本来の悪魔ならこういう毒ヘビの様なヤツは大歓迎なんだ。
だけどなんかコイツは虫が好かない。
突然ムラムラと、虐めてやりたいという気持ちがでてきた。
またひとつ、遊んでやるか。
「さあ、どうしますか?天師。」
「ぐぬぬ‥」
黒犬になったあたしは押し問答する二人に近づき、また前みたいにごくごく低い声で唸ってみせた。
「‥ゥウウウウウッ」
「ぴぃやあっ!!」
坊やは再三にも関わらず良い声で鳴いてくれた。
「どうした和久井くん。お、おいおい何だって言うんだ急に。」
坊やは青くなって源田の無駄にデカい身体の後ろに隠れた。
「そいつ!昨日そいつが僕を噛んだ犬です!普通じゃない!その眼は!犬の眼じゃない!」
「ええ?」
あんまり面白くなっちまって、あたしはもう一声
「ワフッ!」
と吠えてやった。
「やああああああああ」
と叫び声をあげて、坊やはまた逃げていった。
可笑しかったね実にさ。
源田はしばらく呆然としてたがそのうちにケラケラと笑い出した。
「いやいやどうして。愉快じゃないか。あの和久井には最近辟易させられてたんだ。なあオマエ。あいつを追っ払ってくれてありがとうよ。」
源田はあたしの頭を撫でながら優しくそう言った。
正直くすぐったい。
「それにしても犬が恐いなんて和久井も情けないヤツだ。こんなに可愛いのにな‥うん?」
源田はあたしの眼に魅入る。この顔にマジマジと見られると案外恥ずかしい。
「確かに‥和久井の言う通りだ‥オマエ‥なんて眼をしてるんだ。まるで‥炎ような‥」
源田が言い切らないウチにあたしはヤツの手を振り払って飛び退いた。そうして少し歩いてすぐ立ち止まり、思わせぶりに振り向いた。
「なんだ。オマエ、急にどうした。ホラ、おいで。こっちへおいで。」
逆だよ大将。オマエさんがこっちに来い。
人間には『眼は口ほどに物を言う』という言葉があるらしいけど、悪魔の眼はそれ以上だ。相手を誘い込む。
あたしは源田の心に呼びかける。
『コイ、ゲンダハジメ、コッチヘコイ』
源田は辺りをキョロキョロ見回したりしたがそのうちにまたあたしの眼に魅入る。
『コイ、コッチヘコイ』
「オマエが、私を呼ぶのか?」
神秘家ってヤツらは吞み込みが早くて良いね。普通ならなかなか犬に呼び掛けられてると思わないよ。
あたしは歩いては止まり歩いては誘いを繰り返し、源田を人気のない所まで誘い出した。
源田はフラフラとゾンビの様に着いて来ていた。
あたしは適当な暗がりに入ってことの第一段階に入ることにした。
しかし犬がしゃべくり出すのも間抜けだし、かと言っていきなり悪魔の姿じゃ、やっこさんもちびるだろうに。
そこであたしは、昨晩の妙な格好の派手な女に化ける事にした。
あたしは三たび、地獄に願う。
『変化の歌〜ゲットショーティ〜』
『マルバスおいで歌っておくれ。金銀財宝お宝も良いが、人を躍らす魅力をおくれ。呼ばれていったパーティでだって、いつでも主役にさせてくれ。誰もが振り向く花にして。機嫌よく踊った後でなら、命も決して惜しくない。』
あたしは走りにくそうな妙なブーツと趣味の悪い偽物の毛皮以外を採用して、頭からつま先まで昨晩の女にすっかり化けてやった。
ちょうどその時、フラフラと誘われた源田があたしの姿を見つけた。夢心地でぶっ飛んでるやっこさんがあたしを見た時の目。今でも忘れないね。
「キミは!なんで‥いや昨晩は‥どうしてこんなところに‥」
取り乱しちゃって取り乱しちゃって。カワイイもんだね。
あたしは暗がりでタバコを燻らせながら静かな口調でこう言った。
「昨日は楽しかったよ。センセ。」
あたしは源田の顔に煙を吹きかける。
「ゲェッホッゲェ‥ええ!?本当かい!?いや嬉しいなあ。キミは大層退屈そうにして帰って行ったからなあ‥いや、まさかだよ!嬉しいなあ。」
源田は喜びと煙にむせ返って、涙まで流し始めた。
「退屈だなんて。イヤだわ。オンナはいつだって、本当の事は顔に出さないものなのよ。」
あたしは源田に寄りかかる。
「特に素敵なオトコの前ではね。」
そう耳打ちしてやった。
こういうのは大概お袋からならった技術が多い。なんたってお袋は地獄イチの淫売だからね。
源田は平常を装っていたが頬を赤らめていたし鼓動も早くなっていたから動揺は隠せない。
「なんだかよく分からないけど、キミの様な若い娘さんにそんな風に思ってもらえて嬉しいよ。」
人間の男ってのはチョロいね。お袋が入れ込む理由が理解できない。
「ねえセンセ。あたし、またゆっくりセンセと二人でお話したいの。今夜直ぐにでも。」
あたしは畳み掛ける。
「え?今夜かい?今夜はクリスマスイブだからねえ‥遅くならないと身体は空かないんだが。」
そのクリスマスてのが何なのか知らなかったが対して重要でもないと思っていたのでスルーする事にした。
「そんな予定とあたしのお願い、どっちが大事なんですセンセぇ。」
「ええ?クリスマスイブだよキミ?予定ないの?変わった娘さんだな‥まあ良いや、じゃあ11時くらいに待ち合わせしよう。またお店に行けば良いかな?」
店はこのモデルになったオンナがいる可能性がある。
偽物と本物がかち合うのはマズい。だってあたしの方が魅力的だからね。向こうがあんまり可哀想だ。
「お店はイヤよ。ムードが無いもの。もっと静かなところが良いわ。例えばそうね‥センセのお部屋とか?」
「私の部屋かい?んー散らかってるからなあ‥まあでも、今夜は説教が終わった後なら信者たちもあまり居ないし良いだろう。じゃあ11時に私の教会に来なさい、場所は‥」
「アソコのバカデカい建物の一番てっぺんでしょ。」
あたしはうっかり即答する。
「ばかに詳しいんだなあ。そうだよ。その建物さ。裏口は開けておくからエレベーターで上まで登ってくると良いよ。ウチは普段人が沢山いるからセキュリティもそんなに厳重じゃないんだ。」
「センセの事なら何でも存じてます。では今夜。また後ほどね。」
そう言ってあたしは源田の無精髭だらけでザラザラしたアゴを撫で、タバコの煙を吹きかけてやっこさんがむせてる間に姿を消した。
ヨシヨシ。やっと本番だ。何事も演出が大事。
あたしは一層の気合いと共に、雪の降る街で約束の時間になるのを待った。
そして、人間の灯りが落とされ雪明りだけが街を照らす時間帯やってきた。全ての喧騒を雪が吸い込み静寂が訪れる。
そして静かに、大きな時計の鐘が11回鳴った。
続く




