Take on me
「それがどういう意味か解ってるかフィガロ?」
「『あらゆる傷を癒し、我が身に炎を纏いて仇敵をうつ』」
身体中の傷がみるみる塞がっていく。あたし言葉は炎となって身体にまとわりつく。まるで蛇のように身体を這いずり回り、地獄の炎は鎧へと姿を変えていく。
「もちろん解ってる。今から何をしようとしてるかも。あたしはいたって冷静だ」
ベルちゃんはニヤけた面のまま余裕をかましている。
「そうか?本当か?それじゃあ言ってみな。そいつは何のマネだ?」
あたしは手足の軽い準備運動をしながら質問に答える。
「何って、身内をハメてヘラヘラしてるクソ野郎は。一度ブン殴ってやらねえといけないってことさ」
言葉を言い終えるとほぼ同時。あたしはベルちゃんの懐に潜り込みラッシュを叩き込む。
「シャラああっ!」
こういうので大事なのは相手に攻撃が当たるかどうかだ。先手を取ったとか取られたとか、ダメージの大小というかそんなことよりもっと単純に。当たっているか。当たらなかったら意味がない。
「おいフィガロ。ダメだなあそんなんじゃ。虫にたかられたみてえだぜ」
あたしは懐に飛び込んでラッシュをかましたと思っていた。が、一発も攻撃が当たっていなかった。
「まずは隙を作ってから攻撃すんのが常套手段だって。いきなり感情的に飛び込んだって意味ねえんだよ。何度も教えたろうが」
恐らくあたしの攻撃を見切っていたんだろう。当たらないスレスレの距離に瞬時に移動したんだ。
あたしもベルちゃんから即座に離れ距離をとったが、その時に激しく違和感を感じた。ベルちゃんは何故、今あたしに攻撃してこなかったのか。しようと思えばいくらでも出来たはずだ。油断していた?そんなまさかな。だとしたら理由はひとつだ。
「ベルちゃん。姪っ子だからってあんまりナメてくれんなよ。喧嘩してるんだぜ?こっちはマジなんだ。普通にムカつくなおい」
「おいおいそりゃないぜ。親心ってもんだ。痛いフリでもしてやった方がよかったか?」
煽られてんのは解ってる。だけどどうしたって、腹が立ってしょうがない。このクソ野郎に一撃も当てれない自分に。
「あーあ。あたしさ。ベルちゃんはツラは醜いけど中身は漢気のあるカッコいい悪魔だと思ってたんだ。だけど勘違い。中身のがもっと醜い奴だったんだ」
あたしの分かりやすい挑発にのってきたのか。一瞬、ヘラヘラしてた顔が固まった。
「おいフィガロ。お前。本当は俺のことを、醜いって思ってたのか?」
どうやら見た目を気にしていたらしい。
「ああ。まあ。さっきはたくましいとか言っちゃったけどさ。いつも血なまぐさいし、ヒゲ面だし。お世辞にも女ウケの良い顔じゃないよね」
「おいおいおい。そんな解りやすい挑発には乗らんぜ?おい」
だが言葉とは裏腹に、顔の筋肉が引きつるくらいムカついてるのをあたしは見逃さなかった。
「お袋ともよく話してたんだわ。『あのブタのオッさん。身内のあたしらを性的な目で見過ぎでキモい』ってさ」
その瞬間、凄まじいまでの怒りがあたしの目の前で爆発した。
「あのアバズレがあああああああああ」
ベルちゃんの血管の中で血がマグマみたいに煮えくりかえってるのが見てわかる。やっぱりお袋が絡むと沸点が異常に低い。
「今すぐ地獄に帰ってあのクソアマをブチ殺して喰ってやりてえ。そんでそのクソで沼を作ってアダムの末裔を溺れさせるんだ」
よくわからない妄言をブツブツ言い続けている。チャンスがきた。
あたしは今出せる最速のスピードでもう一度ベルちゃんに近づく。今度はラッシュなんて小細工はしない。自慢の脚に全力を込め、最大の一撃を相手の顔面に繰り出す。
バズン!
と空気の震える音。確かな手ごたえを感じた。
「ほう。作戦は成功だ。見事に一撃を喰らわせた。だが」
ベルちゃんはあたしの脚をやおら掴み思い切り地面に叩きつけた。
「げふぅッ!!」
視界が一瞬白くなる。凄まじい痛みが背中に走る。
「俺を怒らせたのは間違いだったな。もう本気になっちまう」
ベルちゃんは手を離すとあたしの脇腹に蹴りを入れ始めた。何度も。何度も。
「なんで!お前は!そうやって!あのアバズレの名前をだす?俺が、絶対に腹を立てると!解っていたな!お前は!頭が!良すぎる!」
「げえええ」
あたしは文字通り血反吐を吐いて悶えた。ベルちゃんの攻撃は絶妙に痛いところばかりついてくる。
「さあて。ダメ押しだな」
ベルちゃんはハァハァ息を弾ませながら両手を天に掲げる。
「お前の身に、今起きている本当の痛みを取り戻させてやろう」
うっすらとする意識の中、ベルちゃんの声が響く。
「satund『R&B』発動」
「ぎゃああああああ!!」
あたしの身体を壮絶な痛みが突き刺す。これは、間違いなく銀で刺された痛みだ。さっき消し去ったはずの痛みと傷が戻ってきた。
「俺の能力は初めてみせるなあ。『R&B』は無力化の能力。俺の前では全てが意味を成さない。例えお前の能力が強力だとしても。何ら意味はない」
あたしは気絶することも許されない痛みの中、逃れたい一心で頭を地面に打ち付けた。
「痛いかあ?痛いなあフィガロ。だがもう少しだ。もう少しで終わるぞ。ホラ。見てみろ」
痺れる痛みに耐えながらベルちゃんの指差す方向を見やった。
白い空間に突如歪みが生まれ、人が一人入れるくらいの穴が空いた。そこにノコノコと懐かしいアホ面を下げた奴が現れたのだ。
「メフィスト!おい!しっかりしろ!」
「ご‥しゅ‥じ‥ま」
バカ野郎。ノコノコ釣られやがって。本当にバカ野郎。
「お前の大好きなご主人様を呼んでおいた。さあ。コイツを殺して終わりにしよう。そうすれば神との戦争劇の幕開けだ!」
ベルちゃんの嬉々とするウザい声が、空間の中で響いた。
続く




