この素晴らしき世界
「スワローちゃん。どうしてこんなことしてんだい?」
あたしは無駄だと分かっていながらも、偉大飛燕に問いかける。本当に。無駄だと分かっているんだけどね。
「メイ子さん。やっぱり本当だったんですね。アナタが悪魔だと言う話は。神様の言う通りだったんだ」
燕の目は虚で、こちらの言葉はまるで届いていない。
「神?おいおい、誰のこと言ってんだい?まさかそのオールバックのファッキンサイコ野郎じゃあるまいね?
「言葉を慎んでください。母のことで世話になりましたが、私の前で神への侮辱を口にするなら贖罪の時間すら与えず殺します」
燕は二本のダガーポケットにしまうと、まるで手品のように懐から長剣を取り出した。
「前から思ってたんだけど、その物騒な能力はなんだい?」
可能な限り無駄口を叩いていくのがあたしの戦闘スタイル。
「我が師パラケルススより賜った銀の錬成術。神に仇なす悪魔は、我が前に必ずひれ伏す」
厨二病だよ完全に。
そう言い終わるやいなや、燕は二回連続で斬撃を繰り出す。何しろ速い。あたしが言うんだ、かなりのもんだぜ?
「ケ、裏切り者の誇大妄想狂に師事を仰いだだと?上等だ人間風情が。泣かしてやるよ」
紙一重のところで斬撃をかわすと、あたしは割と本気に近いスピードでお返しをくれてやった。蹴りを二発。燕の頭と脇腹を狙う。
ギリンッ
ギリンッ
当たり前というか残念ながらというか、二発ともガードされた上にいなされる。だけど、もう少し深く踏み込んでいたら体制を崩されて斬られてたかもしれない。
「燕という鳥は人にとって益鳥と言われています。それは田畑を荒らす醜い害虫をついばんでくれるからです」
燕はあたしの身体を跳ね除け、体制を整える。奴の身体全身からとんでもないエネルギーを感じる。
「師より賜った技。そして神に授かった天使という御名。それをもって人に仇なす害虫をこの銀の嘴で突き刺し滅する。それが私の、使命なんです」
「くだらない使命だね。オマケにあたしを害虫扱いかよ。そんな欺瞞にまみれた仕事より、公園の便所掃除の方が百倍人さまのお役に立ってると思うけどねえ!」
あたしが矢のように突っ込むと、すかさず燕
も飛び出してきた。
あたしの蹴りと燕の剣がぶつかる。力と速さ、現状はほぼ互角。だけど体力の削り合いをしてたら間違いなく負ける。なにせここは相手の手の中なんだ。何があるか分からない。
「終わりにしましょう悪魔の娘さん。いきます。『千ノ嘴』」
奴が不審者よろしくコートの前を開くと、そこからまるで本当に生きた鳥の嘴みたいに銀の刃物が幾つも出現した。そしてあたしの身体を凄まじい速さで突き刺す。奴の言う通りあたしは燕についばまれる害虫になっていた。
「がああっ」
動くことを許さない速さで銀の嘴はあたしの全身にくまなく穴をこさえた。
「かあ‥クソ‥はあ‥」
連撃が止んだ時には、あたしはもう虫の息だった。虫だけにね。
「神よ。彼女はもう立てないでしょう。彼女をお許しください」
燕はすっかり余裕をこいてオールバック野郎とお話ししてやがる。
「アンゲルス。お前は愚かだ。悪魔があの程度で根を上げるはずがないだろう。もう少し痛めつけろ」
「流石によくご存知で」
あたしは地面に血反吐を吐き捨て立ち上がる。真っ白な空間に、一点だけ真紅の花が咲く。
「もう降参なさいメイ子さん。神も貴方を殺さないで良いと仰っている。足掻いても貴方にどんな得がありますか」
「損得で動いてんじゃねーですよ。悪魔はね、快楽の為だけに必死になるんでさ」
あたしの言葉に燕は苦々しそうに吐き捨てた。
「おぞましい」
向こうさんは早くトドメを刺したかったんだろうね。考えもなく突っ込んできた。これが功を奏した。
哀れな燕があたしの間合いに入ってきた瞬間、その能力は発動する。
空気が変わったのを咄嗟に感じたのか、オールバックが叫ぶ。
「アンゲルス!耳を塞げ!奴の言葉を聞くなあ!」
だが遅い。何もかも。
「『そこから動くんじゃねえよ、寝てな、ノロマ』」
「へ?」
まるで突然巨大な岩を落とされたようだった。低空飛行をする鳥の如くしなやかな燕の身体が地面にのめり込んだのだ。
「バカ‥な‥」
燕はその見えない圧力に抗おうとするが身体は動かない。
「動くなって言ったんだ。ノロマな小鳥ちゃん」
燕は意識を失った。銀の嘴もしなやかなスピードも、言葉の前には無力だった。
「愚か者め。アンゲルス」
オールバック野郎は機嫌の悪そうな顔でのびちまった燕を睨んでいる。
「おーいアンタ。次はアンタだかんな。余裕かましてんなよ?」
「おー怖い怖いねえ。怖くて震えちゃうよ。悪魔さんに脅かされちゃうなんて、漏らしちゃいそうだ」
結構ムカつくテンションで返してきやがった。もう許せないね。
「それにしてもアンタさあ。最後の最後にやっちまったねえ。確証がなかったから何とも言えなかったけど、さっきの一言で分かっちまったよ」
「なんだい?もったいぶらないで教えてくれ」
「アンタの正体」
フザケた空気感を出していたオールバック野郎の顔が一瞬で引き締まる。
「ほう。教えてくれよ」
「さっきの『耳を塞げ』って言葉。まるであたしの能力を知ってるみたいな発言だったよな。あたしの能力を知ってるのはこの世界に三人だけ。絶対に三人しかいない。一人はあたしのオヤジ。当然だがアンタはオヤジじゃない。もう一人はアマル叔父さん。そして当然叔父さんでもない。じゃあ残ったもう一人しかいない」
「それでそれで」
オールバックはニヤニヤしながらあたしの答えを待っている。まるでその言葉を初めから期待していたかの様に。
「うすうすバレてんの解ってたんだろ?元力天使サタナス。いや」
あたしは身体をゆっくり起こしてオールバックに近づく。
「ベリアル叔父さん」
その言葉に、奴は心底満足そうに頷いていた。
続く




