All of the lights
あたしはぼうっと考えていた。
人の生き死にについて?違う違う。そんなこと考えるだけ無駄だ。悪魔にとっては生き死によりもその魂が何処へ行くかが大事だ。生き死にの意味を考えるなんて、ドーナツが何故太るかを考えるくらい無駄だ。そうであるとしか言えない。
じゃあ何を考えてたか。
どうにも引っかかる。たまたまタケルの古巣にたまたま元カノとその子供たちが入信。たまたまタケルが失踪しているこのタイミングで、元カノは入院。義理の息子と本人を含めた三人のうち二人が短い間に死んでいる。病身だったマルガレーテはまだしも、トロールみたいに頑丈だけが取り柄そうな柚乃が、あんな不自然な死に方をしてる。
どうしたって何か後ろで糸を引いてる存在を意識しちゃうね。
こういうことが出来るには神だけだけど、だが神ではない。何故って?神はもう少しマシなセンスをしてると思うね。
インチキ教団の敷地内にある講堂で、マルガレーテと柚乃の葬儀はしめやかに行われた。そこには、現教祖の和久井の坊やの姿はなかった。
タケルは一人、喪服も着ないで隅に座ってぼおっとしていた。
「ねえ。タケル様。どうしたんです?まさか昔の恋人の死にセンチメンタルになってるんですか?」
あたしは痛い腹を突くのが趣味だ。
「そんなんじゃねえよ。たださ。俺はもうかつてのアイツの恋人、源田一じゃないわけだろ?全く別の人間だ。一体、どんな立場でこの葬儀に参列すれば良いんだ?」
「さてね。存じません」
「元恋人でもない。友達でもない。家族でも仲間でもない。俺は一体、どんな立場で、アイツの死を悲しめばいい。それを考えてたら、解らなくなっちまった」
「悲しみに立場を求めなさんな。涙がでりゃ悲しい。出なきゃそうでない。それだけでさ」
タケルはその答えに反応しなかった。
参列者たちが一通り帰ったあと、あたしはもう一人ポツンと残った偉大飛燕に声をかけた。
「大丈夫ですかい?スワローちゃん」
振り向いた燕の目には光がなく。空洞が顔の真ん中に空いている様だった。
「ああ。メイ子さん。どうも。その節は」
「いやはやホントですよ。あたくし達のおかげで親の死に目に会えたんだ。もちっと感謝して欲しいですなあ」
「ええ。ありがとうございます」
流石に冗談の通じる状況じゃないとみえる。これだから人間は。
「いやしかし立派な葬式でしたな。全て『溢れ出る天上の光り』が取り仕切ってやってくれたんざんしょ?至れり尽くせりですねえ」
あたしは葉の浮きそうな台詞を吐く。しかし現実はとんでもない。ケチもいいとこだ。花はショボい。祭壇も小さい。和久井の坊やからは飲み代にもならない僅かな金が包まれただけだ。
「ええ。本当に。教団が色々とやってくださったおかげで私は何もせずとも母と柚乃を見送れました。感謝してもしきれません」
「そこなんですよ。どうしてスワローちゃん達家族はこの教団に入信したんですか?何がきっかけ?」
あたしは確信に迫りたかった。何故、この胡散臭い三文芝居の幕が上がったのか。誰が脚本を書いていやがるのか。
「偉大飛の父が亡くなってすぐ、順調だった父の会社が倒産して柚乃も職を失いました。母は心労からか病気を患い、私も学校を退学せざる得ない状況までになってしまったんです」
「へいへい」
「その時、母の昔の知り合いだという方が偶然訪ねてきたんです。そして柚乃の仕事や母の入院。ひいては私の学校もまとめて面倒をみると仰ってくれたんです。しかも条件はたったひとつだけ。この教団に入信すること」
「その時訪ねてきた友人というのが、和久井教祖だった、と」
「すごいなメイ子さん。ご名答です」
顔は笑っているが目に生気がまるでない。今の燕はまるで生きる屍だ。死んでいる。
「教団には、本当にお世話になりっぱなしなんです。和久井教祖にも、一生かけて恩に報いたい。なのに私は‥せっかく神から与えられたチャンスを無駄にしてしまった‥柚乃やお母さんを‥私が死なせてしまった‥」
「スワローちゃん?いまなんて?」
その言葉に我に返った燕は、涙の乾かないまま立ち上がり頭を下げた。
「ごめんなさい。変なことを言ってしまいました。気が動転してしまって。私、皆さんにお礼を言って回らないといけないので失礼します」
どいつもこいつも大根役者だったわけだ。いやはや。あたしも含めて。
それからはしばらく何もしなかった。頭の中のモヤモヤを煙草の煙にして口から吐いて遊んでいた。何せご主人様が、何処からかかっぱらってきた「ぱそこん」とやらにご執心で、朝から晩までずっと動かない。ブツブツ独り言を言いながらかれこれ2日もこんな調子だった。
そして3日目。ようやく口を開いた。
「メフィスト。話がある」
「なんです。口の利き方を忘れたかと思ってましたよ」
「憎まれ口は止めろ。真剣な話だ。例の隠し病棟でオッさんから渡されたUSBがあっただろ」
「ああ。あの首切って噴水みたいに死んだオッさんですか?USBってなんです?」
「おっさんを語るにその表現は要らんだろ。USBってのはまあアレだ。記録をする機械だ。小型のな」
「はあ。で?ソレが何か?」
さっぱり要領が掴めない。バカと話すのは辛い。
「そこにオッさんがこの教団に潜入して掴んだあの違法なクスリに関する数々の証拠が入っていた。だけどオッさんは深く潜入し過ぎて捕まり、逆にクスリ漬けにされたそうだ」
「それで?ソレが何か?もう面倒だから要件を言ってくださいまし」
「だから。この。証拠を世間に公表しれば‥教団は終わりだろう‥」
タケルは怒られた少年の様に下を向いて呟く。
「そうすれば良いじゃないですか。何を躊躇うことがあります。今更教団に未練なんぞないでしょうに。もう貴方は教祖じゃないんだ」
「ああ。そうなんだが。だけど。和久井が‥」
「なんです?和久井坊やがなんです?」
「アイツをこの世界に引き込んだのは俺だし。俺が失踪したせいで、アイツに教祖をやらせてしまった」
「で?」
「アイツのしたことは許されないことだ。例のクスリを投薬されていた入院患者のリストもあったんだが老若男女無差別だったし、まだ年端もいかない子供の名前もあった。それに、マルガレーテの名前も‥」
「ふーん」
「俺が作った『溢れでる天上の光り』は、こんなおぞましいところではなかった。もっと、人々の役に立って世界を明るくするようにと作ったのに‥」
「だーかーらー。結局どうしたいんです?ウジウジしないで結論を言ってください」
クソが。胸やけがしてきた。
「こうなったのは俺にも責任がある。人々をこのままクスリ漬けにしてはおけないし。だけど和久井だって心底悪人じゃない。俺は‥一体どうしたらいい」
「フーッ」
あたしは地上に来て初めてなくらい憂鬱なため息を吐いた。
「ねえねえねえ。ご主人様タケル様大マヌケ様。どうしてそんな風に自分を責めてるんです?あたくしに『違うそうじゃない』と言って欲しいんですか?まあいいや。和久井の坊やの人生を狂わせたのはご自分だと思ってらっしゃる?随分自身過剰で人間らしいというかなんというか。ソレもまあいいや。マルちゃんオバさんの仇はとりたいけど?坊やをハメるのは気がひける?まあまあいいや」
「お前はそうやっていつも端的な物言いする」
「最後までお聞きなさいよ。ご主人様。どんな願いだろうが欲望だろうが叶えて差し上げます。そういう契約ですから。理不尽だろうが地雷だろうがなんでもお気の済むままにね。だがね。他人に答えを委ねちゃダメだ。選択を委ねちゃダメ。それじゃ契約の意味がない。散々好き勝手やってきたんだ。今更甘えなんなよ」
「ぐっ‥」
「あたくしは奴隷であって、アンタのママじゃないでね」
あたしは埃と暗闇にまみれた倉庫みたいな部屋を出る。タケルを一人残して。
「腹が決まったらいつでも呼んでください。すぐにお側に駆けつけますんで」
タケルは一言も言わずあたしを見送った。訣別。というほど大袈裟なもんでもない。ただ意見の食い違いはままあることだ。
「さて」
些細な言い合いを終えて、あたしはさっきから身体にビシバシ感じていたとある感覚を頼りに施設の中を歩き始めた。
『コッチダ』
いつだったかあたしがタケルに使った手だ。
深淵の奥底から響く声。血生臭い声。多くの人を騙し、裏切ってきた声。死と苦しみのまとわりつく声。そんな声があたしを呼んでいる。
『コッチニコイ』
誘われるままにあたしは歩いていく。そして、何処まで来たものか。小さな白い扉の前に辿り着いた。
あたしは躊躇なく取っ手をひねる。
中は扉の大きさからは想像できないくらい広い部屋だった。とにかく天井が高い。というか、天井がない。一瞬、屋外に出たのかとも思ったけど、何処までいっても真っ白なだけの部屋。一目で、ここが何らかの異空間だと解る。
『コッチニコイ』
「るせーな。もう来てるよ。がっつくな」
あたしは声に答えてやる。
「来てやったんだ。顔見せろよ」
あたしがそう言うと真っ白な空間に突如として漆黒の球体が現れ、それが徐々に人の形を成した。例のオールバックのサイコ悪魔がベタついたニヤケ面で立っていた。
「やっぱりテメーかよ。会いたいんならテメーが来いよ。偉そうに呼びつけやがって」
あたしが中指を立てて毒を吐いても、ヤロウは相変わらずニヤニヤするだけだった。
「変装無しで会うのは初めてだね。可愛い悪魔さん」
「おう金払えや。魂でも良いぜ」
「冗談には後でゆっくり付き合うよ。さて、しばらくここで足止めさせてもらう。アンゲルス」
オールバックとは正反対に真っ白なフードつきのコートを着たアンゲルスは部屋に完全に同化していたようだ。
「さあ最後のチャンスだアンゲルス。コイツをここでノして、一ノ瀬タケルを殺せ。そうしたらお前の願いをかなえてやる」
オールバックがアンゲルスの肩に手をおく。
「アンゲルス。馬鹿だなアンタ。そんな奴に騙されやがって。母親が死んで兄貴が死んで、それでもまだ悪魔の誘いに乗り続けけんのか?」
あたしの言葉にアンゲルスはゆっくり被っていたフードをとる。
「もういい加減にしろよ。偉大飛燕」
殺戮マシーンのように生気の無い目をした燕が銀のダガーを両手に握り、こちらを睨みつけていた。
続く




