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真約 メフィストフェレス  作者: 三文士
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花束を君に

とにかくそこにいる奴全員が苛立っていた。あんまり良い状態とは言い難い。いくら悪魔が混沌や戦乱を好むからって、身内同士でやり過ぎるのはねえ。


「クソ。あのオールバック野郎。ポマードなんかつけやがって!」


「マシロ。ムカつくポイントがズレてんだよ」


「うるせえな。アオ姉はムカつかないのかよ。気取りやがって。あんなのに逃げられるなんて」


「うるせえのはテメエらですよ。お父様に殺されても良いんですか?」


マシロ、アオイ、アカネもそれぞれ苛立っている。オールバックとアンゲルスを仕留めるつもりでここまで来たのにまんまと逃げられたから無理もない。しかし、一番短期な筈のアマル叔父さんがさっきから黙って考えこんでいる。


「叔父さん。なんかあるのかい?」


あたしが声をかけてもまるで無視だ。いったいどうなってる。


「今はダメだよ。下手にしつこくするとオヤジさんキレるぜ」


アオイが肩をすくめて忠告してくれる。


「とにかくあたしらは帰るわ。また何かあったら連絡してくれ。コイツを渡しとく」


アオイがあたしに渡したのは燻んだ色のオイルライターだった。


「そいつで火をつければ即座に火魔性がやってくる。そんじゃまあ、そういうことで」


ひとまずアマル叔父さんと三色姉妹は帰っていった。後に残されたのはあたしとタケルとオッさんの死体。そしてのびたままの仕立屋テーラーだった。


「おいメフィスト。コイツをどうする?」


「尋問したとこで無意味でしょうね。どうやら捨て駒っぽい」


オールバックは「手駒」とはっきりそう言った。恐らくあたし達が持ち合わせている情報とコイツが持っているものはそう変わりないだろう。


「違う。死体のことだ。人間はお前らと違って死体には敏感なんだぞ」


どうにも人間の感覚が理解できない。散々戦争で死体の山を作っておきながらこんなたかがオッさん一人くらいで騒ぐなんて。


「ここは病院です。死体くらい珍しくないでしょう。それにオッさんは自殺ですから。問題ありません。ここの連中がなんとかするでしょう」


だがとにかくここを出なくてはいけない。誰かがここに来る前に。あたし達は早々にこの隠し病棟を後にする。


「そう言えばお前、オッさんから何を受け取っていたんだ?」


そこでオッさんに手渡された物を思い出す。


「よく解らないんですが書いた記事と写真とか言ってましたね。でも、紙も写真もないですよ。こんな小さい容れ物ありますか?」


タケルにそれを見せるとあたしを見てため息をついた。


「なんだUSBじゃないか。お前の知ってるものと知らないものの差がまるでわからん」


ひとまずそのなんちゃらをタケルに託すことにして、あたし達はさっきまでいた病棟に戻ってきた。流石に怪しいので変装を解く。


「あるぇ!?燕しゃん!?」


タケルが妙な声を出したので目線の先を見ると、かの偉大飛燕いひろびつばめその人が正面から走ってこっちに向かってくる。しかし、様子がおかしい。


「燕しゃん!どうし…あれ?」


燕はあたし達の前をすり抜けそのままどこかへ走って行った。


「どうしたんですかねスワローちゃん。便所ですかね」


「馬鹿。下品なやつめ。きっと仕事だろ。どれ、見に行こうぜ」


いつもの調子でポジティブなストーキングを始めたタケルにあたしは渋々ついて行く。


すると、中庭に人だかりが出来ているのを発見した。


「なんですかねアレ。炊き出しかな?」


「ふん。なんでもすぐに集る習性のある奴らは理解できない。大方くだらないことだろう」


見ると、なにやら皆が剣呑な表情で立ち尽くしている群衆の中に見慣れた顔を発見した。


「あ。ゴリさんだ。おーいゴリ婦長」


いつもだったら即座に鋭いツッコミがくるはずのゴリラ婦長が、何故か悲痛な顔でこちらを見ている。なんだろう。嫌な感じがする。


「アンタ達。こんな大変な時にどこほっつき歩いてたのよ」


婦長は今にも泣きそうな表情だ。


「なんかあったのかい?」


あたしの問いかけに婦長は身体を逸らし、人々が何に集っているかを見せた。


そこには呆然とした表情で座り込む燕と、懸命に心臓マッサージを施す医者の姿。そして、仰向けに倒れたままピクリとも動かない男の姿があった。


医者はしばらく色々していたが、そのウチ静かに男の脈を測り、そして燕に向かって小さく首を横に振って見せた。


「いやだああああ兄さぁぁぁぁぁぁぁぁん」


燕はその場に泣き崩れ、肩を震わせた。


「なんてこと。たった今、偉大飛柚乃いひろびゆの職員がお亡くなりになったわ」



予想以上の展開にあたしもタケルもまるで言葉が出なかった。すぐに柚乃の遺体は院内に運ばれていった。当然燕もその後について行く。


「おい婦長さん。一体何があったんだ。なんで柚乃があんなことに?突然すぎるだろ」


あたし達はあくまで部外者なので柚乃と燕のいる部屋には入れず外で燕を待っている。ゴリラ婦長も一緒だ。


「柚乃は昨日までピンピンしてたんだぜ?こんなことあるか?」


タケルもあたしと同意見だったらしく、うんうんと頷いている。しかしゴリラ婦長からは満足な回答は得られない。


「それが解らないのよ。午前中は一緒に仕事してたんだけど、午後から用事があると言って席を外されてね。そしたらさっき中庭で倒れてるのが見つかったの」


「なんですぐ病室に運ばなかったんだよ」


あんなとこで処置するなんて適当すぎないか?ここは病院だろ。


「見つかった時はもう意識がなくてね。誰も直前の状態を見てないの。一応脳溢血の可能性もあるから動かすなって先生が。でも…せめてそうしてあげれば良かった。あんな地面の上で死ぬなんて。燕ちゃんもかわいそうね」


そう言って涙ぐむゴリラ婦長を見ていて、柚乃は意外と職員からの信頼はあったのかと思った。他にも泣いている連中がそこそこいる。あんなトロールみたいな奴なのに?


「なあおい。メフィスト」


タケルがあたしの袖を掴んで小声で話しかけてくる。


「なんです?」


「さっきアンゲルスが、あのオールバック野郎に何かされてたな」


「ええ」


「『魂で償え』って言ってたよな」


「ええ」


「誰も柚乃が死ぬところを見てないんだよな」


「何が言いたいんです?」


あたしはタケルの遠まわしな言い方にイラついていた。見ると、どうしてかコイツの顔色が悪い。


「ひょっとして…柚乃が死んだのって…俺のせいじゃ…」


「バカな事は言わんで下さいご主人様。いいですか?ああでもしなきゃアナタが殺されていたんですよ。それに、まだ柚乃がアンゲルスだと決まったわけじゃない。もし仮にそうだとしても、あんなクソサイコ野郎と手を組んでいた柚乃が悪いんです」


「どんな理由があってもか?」


「どんな理由でもです」


人間というのはどうしてこうも愚かなんだ。自ら手を下したわけでもあるまいし。誰かが死んだのを自分の責任にしたがる。それで自分を責めたところで何が残る。愚かだ。無駄だ。


あたしは愚かなことと無駄なこと、そして面倒臭いのが大嫌い。


「まあとにかく、まだ柚乃がアンゲルスだと決め付けるのは早計です。もう少し様子を見ましょう。この事は他言無用です」


「燕しゃんにもか?」


「もちろんです」


そんな会話を小声でぼそぼそ交わしている傍らを、一人の看護師が大声を上げながら走り抜けて行った。


「燕さん!偉大飛燕さんいますか!燕さん!」


どうやら燕を探しているようだ。


「む。なんだ?」


「ただ事じゃないですよこれは」


柚乃に寄り添っていた燕が力無く部屋から出てくる。


「あの、なんでしょう?」


看護師は息を切らせながら燕の肩を掴む。


「燕さん、お母さんが…お母さんの容態が急変して…」


「母さんが!?」


燕は看護師の話を最後まで聞かず、物凄い勢いで走って行った。途中なんどか人や物にぶつかりながら、必死で母のもとへ行こうとしていた。


「あちゃあ。どうします?我々も行きます?」


「ああ…そうだな」


傍らには情けない男の顔。意中の相手の身に次々と降りかかる不幸をどうにもできない自分の不甲斐なさを悔いる男の横顔があった。いや、もしかすると単純に元カノへの想いに悩む男の顔かもしれない。


とにかく、あたし達もマルガレーテの病室にいってみることにした。


続く

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