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真約 メフィストフェレス  作者: 三文士
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陽はまたのぼりくりかえす

「くそったれええええ!」


あたしは何か起きやしないかと馬鹿みたいに叫んでみたが案の定ダメだった。アンゲルスは刃をタケルに向けてゆっくりと振り下ろした。情けない事にあたしは仕立屋テーラーの攻撃をいなすのに精一杯だったし、タケルはもうダメだと言わんばかりに目を閉じて泣き出した。


「早くコロセエ!!」


オールバックが口うるさくアンゲルスに怒鳴る。


しかし、アンゲルスの刃がタケルの顔先まであと1ミリもないところまできた時だった。やはりというか何というか。おかしな事が起きた。


これが先ほどあたしが馬鹿みたいにデカい声を出した事で起きてるのかどうか一瞬考えてみたが、まずそれは無いと判断した。だが他の誰でもない。誰も能力を使った形跡がないからだ。だが不思議な事は起きていた。


アンゲルスの刃は、タケルの顔先でピタリと止まって全く動かなくなってしまった。最初は何か殺す時の手法の一つかと思ったけど、どうやら違うらしいと気が付いた。アンゲルスが一生懸命ダガーを突き立てようとしていたからだ。しかし刃先は動かない。まるでそこに、薄さ1ミリの透明な壁があるかの様に。刃先は微動だにしなかった。


馬鹿なパントマイムを見せられている気分だった。


「アンゲルス!何をしてる!殺せ!早くしろ!」


オールバックが苛立ちながら怒鳴っていたけど、アンゲルスの刃は相変わらずだった。アンゲルスが何度試みても、刃はタケルの前でピタと止まってしまうのだった。


「なんだぁ?あにやってんだ?」


流石の仕立屋も怪訝な顔つきをしていたが、攻撃の手は休まらない。油断できない奴だ。流石職人。


「クソ!古いしきたりに縛られやがって!アンゲルス! しっかりしろ!ソイツが殺せないなら、貴様に代償を払ってもらうぞ」


オールバックのその言葉にアンゲルスの表情が変わった。と言ってもフードで顔がよく見えないのであくまで雰囲気の話だ。


アンゲルスは少し下がって距離をとり小型のナイフを幾つか懐から取り出した。


「っひえ!」


タケルは一瞬だけ安堵し、そしてまた恐怖に慄いた顔をした。もちろん奴も包帯で顔が見えないので、あくまで雰囲気の話。


「今度こそ仕留めろ!」


ちょうどこの台詞の「!」くらいのタイミングでナイフが投げられた。が、失敗。全て軌道が逸れてしまい全く当たらなかった。まるでワザとそうなった様に。不思議な事もあるもんだ。


「何をしてるアンゲルス!この馬鹿マヌケ!アンポンタン!」


オールバックがヒステリックに叫ぶ。だが誰が一番焦っていたかは一目瞭然。アンゲルスだった。理由がまるで分からない。そんな状態だった。


タケルの方はと言えば相変わらずビビって1ミリも動けないままなのだが、身体には傷一つついていなかった。


「アンゲルス!アンゲルスゥゥゥ!」


オールバックのイライラがピークに達した時、遂に転機が訪れた。というより、突進してきたのかな?


「あうぃぃいぃぃぃっぃぃ!」


さっきからあたしに遠慮なく攻撃を繰り出してきていたクソガキ仕立屋の横っ腹を、突然何かが物凄い勢いでドついて吹っ飛ばした。ホントに一瞬の出来事で傍目には何が起きたか分からない状況だったが、あたしの目はその白い影をしっかり捉えていた。


「よお従姉妹ちゃん。助けにきてやったぞ」


「マシロ!」


ドヤ顔のマシロが、仕立屋を踏みつけにして立っていた。この場合は味方だってのに癪に触る登場の仕方だ。病人とベッドがいくつか吹っ飛んでいた。


「おい!アンゲルス!どうした!何してる?!」


オールバックの奇声に振り返ると、アンゲルスが見えない何かと交戦してる。奴は無闇にダガーを振り回しちゃいるが、一体何と戦っているのか分からない。


「おーい。ソイツには近寄らない方が良いよ。今は幻覚(トリップ)の真っ最中だから危ないんだ」


「アオイ!」


浴衣の袖をはためかせながらアオイがこちらに歩いてくる。


「よお無事かい?」


「てことはまさか‥」


視界不明瞭な薄明かりの中にカランコロンと下駄の音が響く。それは目の前にいるマシロやアオイのものではない。


「はじめまして。『paradise lost』のアカネと申します。以前御社から業務提携の提案をいただきまして、仮契約という形でしばらく検討をしておりました。結果、御社との方針の違いによりこの話は白紙に戻させていただきたいというのが弊社の総意となりました。つきましては、弊社の代表が直に会ってお話ししたいそうです」


一文字も噛まずよくもまあスラスラとしち面倒臭い物言いが出来るもんだ。そして、アカネの背後から異様な殺気と怒りに満ちた気配を感じた。


「それではどうぞ」


アカネはうやうやしくお辞儀をして懐から一本の煙草を差し出した。突如、闇の中から入れ墨だらけの腕が現れソレを受け取る。


「よお、初めましてクソッタレども。残念だけど今日で廃業だ」


そこには革のライダースジャケットを素肌に着込んだ、全身入れ墨だらけの長髪男が仁王立ちしていた。受け取った煙草に指先で出した炎で火をつける。


「アマル叔父さん!」


あたしは歓喜の声を上げた。


「よお。助太刀、と言いたいとこだが。個人的な報復できた。奴らをぶっ飛ばす。邪魔すんな」


叔父さんは努めてにこやか言っていたが内心は怒りが収まらないといった表情だった。顔の表面に鱗が浮かんできてる。


「チッ。雑魚が群れて来ようが関係ないと思っていたが甘かった。まさか楽園の蛇本人が来るなんて」


オールバックは叔父さんの事を知っている様で随分とイライラしてる様子だった。


「マシロ。アイツらで間違いないんだな」


「間違いないよパパ」


「よし」


叔父さんは両腕に炎を纏う。地獄の火炎。全てを焼き尽くす。


「よせチンピラ兄さん!ここを丸焦げにする気か!動けない病人がたくさん寝てるんだぞ!」


タケルが空気を読まずに怒鳴ったが叔父さんは微動だにせずに一言だけこう言った。


「俺の知ったことか」


その時叔父さんに向けて、さっき吹っ飛ばされた筈の仕立屋がハサミを手に突っ込んできた。


あたしは奴のハサミに対して出遅れていたが叔父さんは違った。仕立屋にとっては何せ相性が悪い。炎は、全てを焼き尽くす。


仕立屋の全身を叔父さんの放った炎が蛇の様に締め付ける。自由を奪われて仕立屋はぐうの音も出なかった。


「ノータリンの死神。すっこんでろ」


叔父さんはそう言って仕立屋のハサミをドロドロに溶かしてしまった。


爽快な気分だった。


「さて邪魔が入ったな。今度こそ塵にしてやる。テメエら二人まとめてな」


叔父さんが子供の頭くらいある火の玉を作り大きく振りかぶった。


「おいい!」


物凄い勢いでソレをオールバックに向けて投げつけた。しかし、それが奴に届くことはなかった。火の玉はオールバックに当たる直前で、音もなく消滅した。


「なに!?」


一番驚いていたのは叔父さんだっただろう。あたしも、火の玉が消滅するのは初めて見た。


「いかに私と言えどこの場で君たち全員を相手にするほど愚かではない。ここはお暇させてもらうよ。手駒も軒並みやられたようだしね」


オールバックはこちらに背を向けて何処かへ立ち去ろうとしていた。


「おい!逃げんのか!」


あたしは叫ぶ。だってあんまりだろう?もうちょいフェアであっても良いんだぜ?


「目的は果たしたよ。さようなら可愛いナースさん」


オールバックは後ろを向いたままこちらに手を振る。


「それにつけても。ここであの男を殺せなかったのがお前の失態だ。お前の魂をもって償え、アンゲルス」


オールバックが幻覚に夢中になっているアンゲルスの胸に手を当てる。一瞬、アンゲルスが正気に戻った様なそぶりを見せた。しかし次の瞬間、奴は雷に打たれた様に硬直しその場に倒れ込んだ。


「さらばだ諸君。また近いうちに」


そう言って奴らは闇に包まれ消えた。一体何がしたかったのか。


「クソッタレがああああああ」


後は怒りの炎に包まれた叔父さん達が残った。


続く




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