Cake by the Ocean
「あのマルガレーテってオバさんにだけ、俺が昔のまま。つまり源田一の姿に見える様な幻惑をかけれるかって聞いてるんだ」
「まあ、そりゃあ可能ですよ。いとも簡単でさ。でも、そんな事してどうするんです?」
「良いから、やってくれ」
「へえ」
恒例の地獄にお願いタイム。
『幻惑の唄〜プラスチックリボルバー〜』
『オリアス、無欲なお友だち。蜃気楼をば、見しとくれ。掴んで喰おうってわけじゃない。ただただ夢が見たいだけ。腹の足しより夢幻。今は心が満たされたい。寂しい気持ちを紛らわせ、あそれ、束の間の夢は甘露、甘露』
この魔法は凄いけど案外地味なんだ。見に見える変化は殆ど無い。しかし相手は絶対に見破る事ができない。ソロモンのクソッタレでも、これが幻惑なのか解らないと思うね。
「出来ましたぜタケル様」
ついでにあたしの姿はマルガレーテには見えなくしておいた。二人の会話が気になるからね。
「おう。もう一度病室に入る」
いつになく真剣な眼差しだ。まあ、コイツの真剣は信じられないけどね。
タケルはノックもせずに病室のドアを開けた。
「あら?どうしたの燕?わすれも‥」
後ろを向いて窓を眺めていたマルガレーテは振り向きながら声を発したけど、タケルの姿を見るなり言葉を止めた。
「久しぶりだね。マルガレーテ」
「ハジメ‥」
タケルは今まで見たこともない様な穏やか表情だったし、マルガレーテの方も驚いてはいるものの何処か落ち着いた感じだった。
「もう20年以上になるかな。本当に久しぶりだ」
「22年よ。早いものね。」
悪魔の幻惑で偽りの姿を見せる男と、それに病室のベッドに横たわりながら応える女。かなりブッとんだ再会ではあるものの、表面上は感動のシーンだ。二人とも微笑んでいた。ムカつくね。
「驚かないんだね。いきなり来たのに」
タケルにしてはマトモな意見だ。あたしもそう思う。もっとオーバーなリアクションを期待してた。
「不思議ね。さっきね、貴方にそっくりな雰囲気の男の子に会ったの。そしたら何故か、近いウチに貴方がここを訪ねてくる気がしたのよ」
「そ、そうなんだ。その男ってのは、そんなに私に似てたかい?」
「いいえ全然。とってもハンサムな若い子よ。貴方の若い頃とは似ても似つかないわ。うふふ。だからアタシも不思議だったのよ」
なるほどね。このオバさん、ちょっと勘のいいタイプみたいだ。
「その若い男の子。連れてる女の子も面白かったわ。妹だって言ってたけど、多分違うわね。何ていうか、人間離れしてる雰囲気だったわ」
あたしは面倒と勘の良い人間が嫌いだ。
「キミは昔から、初めて会った人でもその人がどんな人間かよく解ると言っていたね」
「そうよ。なんて言うか、魂みたいな物を感じるの。匂いとか色とかそういう物を感じるみたいにね。人それぞれの魂の形を感じるの。同じ魂は二つとないわ。だからさっきの彼が不思議だった。貴方にそっくりな魂だったから」
そらそうだ。だって同じ人間だからね。見てくれや声が変わっても、魂は決して変わらない。本質は変わらないのさ。ま、もっとも源田とタケルが同一人物だと言って信じる人間なんていやしないと思うけど。
「キミは変わらないなマルガレーテ」
「え?」
「いつだって生きる事が楽しそうだ。キミは全力で人生を謳歌してる」
「だって命の時間は限られてるもの。有意義に過ごさなかったら神様に叱られるわ」
神はそんな事気にしてやいない。そこまで人間に興味はない。?
「そうそう。キミのそういうところだ。そういう前向きな生き方が羨ましかったんだ。そうして私は、キミを好きになった」
タケルはごく当たり前の様にこのクソ恥ずかしい台詞を口にした。
「ハジメ。どうしたの?いつになくロマンチストね。でもダメよ。今のアタシは母親なの。もう恋にうつつを抜かす季節は終わったわ」
「解ってる。燕さん、だっけ。会ったよ。キミがは母親だと知って驚いた」
オマケにソイツに惚れてるときてる。まあ、それは母親の前で言う必要はないな。
「あの人に初めて会った時、あまりにもキミにそっくりで驚いた。本当に、過去からキミがタイムスリップして来たかと思ったよ」
「まあ。おじさん臭い例えね。イヤだわもう」
マルガレーテの笑いにつられてタケルも頬を緩めている。キモい。胸糞悪い光景だ。
「なあ。少し聞きたい事があるんだが」
「なあにハジメ?」
タケルはごく言いづらそうに言葉を選んでいる。
「僕らが最後に会ったのが22年前で‥つまりその‥燕さんは‥今年何歳になるんだっけ?」
クソがつくくらい質問の仕方が下手だ。これじゃあオブラートに包むどころか剥き出しで顔面にブン投げてるのとおんなじだ。
これには流石のマルガレーテもため息をついた。
「心配しなくてもあの子はアナタの子じゃないわ。あの子の父親はアナタと別れたあとに付き合ったジャスティンって名前のアメリカ人よ。結婚したけど、すぐに別れたの」
「な、なーんだそうか。そうだったのかあ。いやあいやあそうかそうかはははh」
明らかに安心した様な、不自然でムカつく笑い方だった。
「安心した?燕がアナタの子じゃなくて」
マルガレーテは意地の悪い笑みを浮かべている。タケルの心中を全て解っているのだろう。スゲえオバはんだ。
「べえーつにぃー?そんな事ないけどぉー?」
一方こっちはクソガキのそれ。解り易い事この上ない。
「‥‥‥」
「‥‥‥」
二人は少しだけ黙って、俯いた。
「変わってないわね。アナタも」
「キミもね。マルガレーテ」
この二人が昔どういう関係だったか明確に聞いたわけじゃないが、のっぴきならない事情で離れたって事は推測できる。その証拠に二人共未練タラタラだ。
「また来るよ。今度は手土産でも持って来るよ」
「待ってるわ。アタシったらとっても暇なんだもの、厭になっちゃうくらい。だから約束よ」
「ああ。それじゃあね」
タケルが部屋を出ようとする。あたしもそれに続く。
「あ、ハジメ。言い忘れたけど、姿の見えないお連れさんにも宜しく言っておいて」
これには流石のあたしも肝を冷やした。どうなってる?ソロモンだって見破れない魔法だ。
「な、なんだいそりゃ。何言ってんだい?」
「あら?アナタには見えてるのかと思ったけど。じゃあ幽霊か何かかしら今もこの部屋にいるわ」
つくづく怖いオバはんだ。これはある種のセンスと才能の為せる技だ。世が世なら大魔術師だったかもしれない。
正体を明かす気はなかったけど、あたしは恭しく一礼した。
「またね」
マルガレーテは微笑みながら手を振っていた。
外に出て、少し離れた場所に移動してからあたし達は口を開いた。
「まさか燕しゃんがマルガレーテと親子だったなんて‥」
「昔付き合ってたんすか?マルちゃんオバさんと」
「お前。何でもかんでも人に変なアダ名をつけるの辞めろ。お前しか解らんだろそれ」
「えー良いじゃないすかあたくしの趣味なんですから」
やいのやいの盛り上がっていたあたし達だったけど、背後から突然ドスの効いた声が投げかけられた。
「お前ら。ここで何してる」
振り向くと、鬼の様な形相で立ち尽くす偉大飛柚乃の姿があった。
続く




