サニーサイドメロディー
目が覚めると、また薄暗い部屋の中に居た。小さな虫たち以外に生き物の気配がない。タケルは、また何処かに行ってしまったんだろう。人間の男って奴はみんなこんな感じなのか。もう慣れっこなはずなのに、目覚めた時傍らに誰も居ないのは少し寂しい。
いかんいかん。地上に長く居過ぎたせいで思考がおかしくなってやがる。早くあのバカを探しに行かないと。
立て付けの悪い扉を開けて外に出ると、いつもの如くすっかり夕闇の迫る時間になっていた。施設の人間どもは相変わらず忙しなく動いている。
微かに感じる魂の気配を頼りに歩いていくと、いつも通りマヌケな顔でタケルが何かしている。
挙動不振。辺りを伺いながらこそこそと歩いている。顔は何故かイケメン台無しのスケベ面だ。解っていても声をかけるの躊躇うレベルのキモさだ。
しかししょうがない。これも契約の呪縛だ。
あたしの嫌いなものに契約が追加されそう。
「キミ。そこのキミ。ちょっと良いかな」
あたしは中年の男の様な声を出してからかってやった。
「ひ!ち、違います!純愛です!ストーカーという名の純愛です!」
タケルは瞬間的に土下座をしている。なんでこんな奴の僕になったのだろう。
「純愛の解釈間違ってませんかぁ?ご主人様」
「ん?チッ!なんだお前か。邪魔だ!向こうへ行ってろ!」
「はいはい。どーせあたくしは呼ばれた時だけホイホイ出てくる都合の良いオンナですよどーせ」
「なんだお前。やけに面倒臭いな」
「すんませんね。ところで何してるんですかこんなとこで」
「愛する人を眺めている。ラヴ・ウォッチングだ」
別に聞きたくもなかったけど、聞いて本当に後悔した。ウザい。
見ると、タケルの視線の先には甲斐甲斐しく働く制服姿の偉大飛燕の姿が。
「嗚呼、我が愛しき方。この愛は貴方のものだ」
「よくまーそんなポンポンいけますね。最初はお袋。その次が天使でしょ?で今はスワローちゃんだ。ご主人様って凄い尻軽じゃないすか」
「お前、いつまでそんな昔の事を…それにな、お前は一人見落としてる」
タケルがイヤラシイか顔をしている。おいおい。あたしはゴメンだぞ。
「一応聞きますが誰ですか?」
「お前のチンピラ叔父さんんとこのマシロちゃんだ」
「ええ!?」
信じられねえ。あんな猪ビッチ。
「どうしてあんなのが良いんですか?顔は3人一緒ですよ?」
オアイとかせめてアカネなら解る。
「お前は解ってねえなあ。筋肉だよ。今はムキムキ系の女子が人気あんだよ」
マニアック過ぎるだろ。
「だが今は燕しゃん一筋だ。なあメフィスト。何かないのか。媚薬的な惚れ薬。チンピラ叔父さんに頼んで燕しゃんに一服盛ってくれ」
「サラっとクソな発言してますね。もちろんそんな事は造作もありません。叔父さんに頼んまなくてもあたしの魔法で未来永劫イチコロですよ。しかしねご主人様。一つご忠告があります」
「なんだ」
「そんな風に人の心を手に入れても何の意味もありませんぜ」
「悪魔が説教か?笑わせる」
「ちゃんとお聞きになってください。良いですか。魔法で肉便器になった相手は良い。だがなんの苦労もせず望みを叶えたご主人様はすぐに飽きてしまう。百年の恋一夜で終了です。そんな屋台じみた恋がお望みならいつでもどうぞ。魔法は惜しみませんぜ」
コイツはあたしを未来から来た猫型ロボッツかなんかだと勘違いしてるフシがある。あくまでも魂のビジネスだ。言う事は言っとかねえと。
「珍しく正論を言いやがる。お前は悪魔だろう。黙って悪事の片棒を担がせてれば良いんだ」
「悪事かどうかは人間が決めるこってす。あたしはただの道具ですから。ただ同じ使うにしても合理的に使って欲しいですなあ」
押し問答が続けてもしょうがない。あたしはタケルの気を逸らす事にした。
「ところでご主人様。愛しのスワローちゃんが何処か行っちまいますよ」
「ふぁに!?」
本当だった。偉大飛燕はナースステーションを離れて何処か行こうとしてる。心なしか、浮かれているように見える。
「嬉しそうな燕さん。美しい…」
「キモいな。しかしアレですなあ。あんなに浮かれて何処へ行くんですかね」
「確かに」
「もしかして恋人が入院してたりして」
「クワッ!!」
タケルは血まなこになって燕の追跡を始めた。恋ってのは人間の正気を奪う。
燕は細長い廊下をテクテクと迷いない足取りで歩いて行き、一つの部屋の前で止まった。
「あれえ?身だしなみを整えてますね。これはどうでしょう旦那?」
「なんだそれくらい。当たり前だ!」
その発言と裏腹に脂汗が滝のように流れていた。
燕はノックも無しにその病室らしき部屋に入っていく。
あたし達はすかさずドアに駆け寄り中の様子に耳をそばだてる。病室内からご多聞にもれずキャッキャウフフな笑い声が聞こえてくる。
「あれあれぇ?これはこれは。ランデヴーの可能性が高まってきましたなあ」
「なんだメフィスト。嬉しそうだなお前。ムカつくぞ」
「とんでもござんせん。ところでどうします?踏み込みますかい?」
タケルの表情といい、この状況といい俄然楽しくなってきやがった。言葉とは裏腹にだいぶ焦ってやがる。
「ど、どうせあれだろ。勢いよく踏み込んだら母親だったとかいうオチだろ?そうに決まってらははは」
「どーでしょーねえ。あたくしの考えですが、スワローちゃんは老若男女関係なくモテるタイプですからねえ。敵は少なくないと見てます」
「やっぱりか!?お前もそう思うか!クソ!ダメだ!もう踏み込むしかねえ!!」
悪魔の囁きってのがあるとすればまさにコレ。タケルは鼻息を荒くして無遠慮にドアを開けた。
「燕しゃん!!」
そこにはキョトンとした顔でこちらを見つめる燕と、ベッドに横たわる一人の女の姿があった。
「一ノ瀬さん?メイ子さんも?」
誰がどう見ても恋人とのランデヴーには見えない。歳が離れすぎてるってのもあるけど、何よりその女と燕の顔がそっくりだった。どう見ても母親だ。
「燕。こちらは?お友達?」
女は絹の様にか細く、とても美しい声でそう言った。この声で歌ったらさぞ良いだろなと思っていた。悪魔が言うんだ、間違いない。
「前に話したボランティアの方たちだよ。ホラ、兄妹で来てる一ノ瀬タケルさんとメイ子さん」
「あらあらあら。ごめんなさいこんな格好で」
女はベッドから起き上がりあたしとロクデナシに向かって頭を深く下げた。
「燕がいつもお世話になっております。母の偉大飛マルガレーテと申します」
痩身で弱々しい印象だったが、背筋はピンと伸びていてとても綺麗だった。何より目をひいたのは燕そっくりの美しい銀髪だった。一つ一つが絹糸の様にキラキラと光っていて、まるで生娘の様だ。皮肉な事に死者の様に青白い肌が彼女の美しさをより一層際立たせていた。
「これはこれはご丁寧に。こちらこそ兄共々お世話になっております」
あたしはマルガレーテの礼に応える。
(オカンだったようですね。いやぁ名推理ですなあご主人様)
あたしは精々ムカつく様に囁いてやったんだが、肩透かしな事にタケルはまるで反応しなかった。視線はマルガレーテだけを見つめ一向に動かない。
(どうしたんです?あ!まさか…ちょいと、止して下さいよ!?幾ら何でも熟女過ぎですよ!)
「え?いや、えっと。違うよ。そうじゃない。本当にそれは違うよ」
何だか心ここにない反応だった。しかし確かに本人が言うように、惚れたって顔つきじゃない。じゃあ一体なんだ?
「どうしたんですか一ノ瀬さん?メイ子さんも?」
燕が怪訝な顔をする。
「いえいえ。そのアレですよ。スワローちゃんがあんまりウキウキしながらここへ入って行くもんだから、てっきり恋人にでも会いに行くのかと思ってしまったんですよ」
「こ、恋人!?そんな恋人だなんて!?」
可愛い顔しちゃって、驚いてやがる。敵わないよなこういうとこ。
「あらあらあら。アナタって子はもう。母親のとこに来るのにそんな風にして来たの?全くもう。幾つになっても子供のままなんだから」
「もー!違うよお母さん!お母さんはここの患者なんだよ?患者さんの容体が良好で嬉しいのは担当の看護師として当然じゃない?」
「あらあらあら。言う事ばかり一人前になって。困ったわねえ。婦長さんに」
「もー!お母さん!」
和やかな雰囲気を感じた。まあ並みの悪魔ならとっくに反吐を吐いてのたうちまわってるとこだが、あたしは酸っぱい物をグッと堪えるだけで乗り越えた。
「それでは仕事に戻ります。お母さん、油断しないで安静にしてね」
「はいはい」
「それと、今日は柚乃兄さんは来れないって。なんだか腕を怪我したらしくて」
「あらあらあら。心配ねえ。私は平気だから、気にしないでと言っておいて」
「うん。それじゃあね」
燕が部屋を出て行く。
「我々も失礼しましょう兄さん。いつまでもここにいたらお母さんの身体に障ります」
そう言ってタケルを引っ張って行こうとしたがマルガレーテに止められる。
「あらあらあら。そんなに急がなくてもゆっくりしていらして。オバさん暇なの。お話し相手になって」
「また今度。今日は急ぎますので失礼します。ね?兄さん?」
「あ、うん」
タケルに全く覇気が無い。普段から雀の涙程度しかないのに。
「あらあらあら。残念ね。絶対また遊びにいらしてね。可愛いお嬢さん、と」
マルガレーテは曇りのない瞳であたし達を見つめる。
「優しいお兄さん」
その微笑みは、未だ嘗て他者から投げかけられたことのないくらい優しく暖かだった。どうしてこの壮年の女は見ず知らずの胡散臭いあたし達にこんな笑顔を向けられるのだろう。
「はい」
タケルは相変わらずの調子でボーッとしたまま病室を後にした。
「聞きましたかタケル様。柚乃は腕を怪我したそうですよ。昨日のアンゲルスも腕をやってました。もしかするとアンゲルスの正体は…ん?どうしたんですか?」
タケルが思い詰めた表情をしている。
「なあメフィスト」
「はい」
「あのマルガレーテってオバさんにだけ源田一の姿で会う事は可能か?」
「へ?」
続く




