Son Of A Preacher Man
「どちらのサーカスからかは存じ上げないが、人様の話を盗み聞きするなんてマナー違反じゃありませんか。しかもあんな場所で。ねえ、可愛らしいピエロさん」
オールバック野郎はムカつくニヤけ面でそう言った。初対面から随分と馴れ馴れしい奴だ。
「盗み聞き?さて、何の事を言ってるんだか分かりませんなあ。あたくし達はあすこで月光浴をしてただけ。それなのにそちらの方は手癖が悪い。いきなり襲ってくるんだから閉口してるんだよ」
あんまりムカつくからこっちは空惚けてみせてやった。
「ほおう。じゃ悪いのはウチの者だとそう仰るんですね。アクマで勘違いだと?」
「ええ。勘違いもはなはだしい」
向こうも調子を合わせてきやがる。どうして、口の減らない奴みたいだ。あたし程じゃないにせよ。
「アンゲルス。こっちに来なさい」
オールバック野郎は変態フードを手招きする。視線はあたし達に向いたままだ。フードは迷いなくオールバックの傍らに立つ。
「腕を出しなさい」
そう言うとフードは右手をオールバックに差し出した。
「しゅあっ!!」
次の瞬間、オールバックはフードの腕をやおら掴んだかと思うと曲げてはいけない方向に力任せに折り曲げた。
グッ
シャッ
気味の悪い音が辺りにこだまする。変態フードは右腕を押さえたまま小刻みに震えている。
「何やってんですかいアンタ?」
「侘びですよ。貴方への。ウチの者が大変失礼しました。この者の腕一本で許していただけますか」
ヤバい。コイツ。見た目以上にイカれてやがる。何がヤバいって、さっき会った時からフードの腕をへし折るまで。終始ニヤけ面が貼り付いたままなんだ。こういう手合いはあまり深入りしないに限る。
「許していただけますか?ピエロさん?それとも、もう一本イキマスカ?」
「もう良いよ旦那。十分だ」
自分でへし折るならまだしも、他人のプレイを傍観する趣味はない。
「じゃ、誤解が解けたとこで失礼するよ。もうそろそろ日光が出勤してくる時間だ。あたしとご主人様は帰らなきゃいけない」
「おや、太陽はお嫌いですか?」
「反りが合わなくてね。旦那も見たところ、太陽と仲良しには見えませんぜ」
あたしの言葉にオールバックはデカい声で笑い出した。
「ご明察。今夜はここまでにしときましょう。アンゲルス、立ちなさい。帰りましょう」
変態フード被りは音もなく立ち上がり、オールバックの後ろにノロノロと着いて歩いた。
「またいずれ会いましょう。可愛らしいピエロさん。今度は私ともデュエットしてください」
事もあろうにオールバックは投げキスを寄越してみせた。別段気持ち悪いとも思わなかったが、なんだかおちょくられている気がして普通に腹が立った。
「機会があれば是非お願いしたいですなあ。だがその時は、腕の一本じゃ料金が足りないかもね」
「それ。そちらもそうでしょうね。タダではお帰りいただかない事をお約束します。では、いずれまた。行こう、アンゲルス」
そう言い残して二人組は去って行った。
「おい。なんだアイツらは。妙な奴らに絡まれていたんだなあ」
タケルが物陰から恐る恐る出て来た。流石にあたし達の剣呑な雰囲気を察したみたいだ。
「あのオールバックの男は何だ?とんでもなくキナ臭い奴だったな。キナ臭いというか硫黄みたいな臭いだった。温泉帰りかなんかなのか?」
「そんな平和な理由じゃありませんよ。アイツらは恐らく、アマル叔父さんのシマでマシロにヤクを売りつけた連中で間違いないでしょう。悪魔と天使の二人組だそうです。あのオールバックは悪魔です。悪魔は力の強さに比例して、硫黄の臭いを漂わすんです」
「そうなのか?だったらメフィスト、お前ゲキ弱じゃん!全然硫黄の臭いしないし」
「香水で隠してるんですよ。そうでもしなきゃ、辺り一帯で異臭騒ぎですよ?」
ま、実際あたしからは何故か硫黄の臭いがしない。当然弱い訳じゃないけど。理由はあたしにも分からない。
「ふーん。まあ良いけど。オールバックが悪魔だとして。じゃああのフードは天使なのか?そんな風に見えないけど‥。大体、悪魔と天使が連むなんて、そんなに仲良しだったか?」
それに関してはタケルの言う通りだった。悪魔と天使が一緒に行動を共にしてるだなんて。猫と魚がベッドインしてるみてえなもんだ。
「だけどあのフードは間違いなく天使です。あのオールバックが天使と、そう呼んでましたからね。しかし迷惑な連中だ。きっと封印されてたどこぞの老いぼれ悪魔が復活したんでしょ」
それなら色々説明がつく。
長年封印されてた悪魔がなにかのはずみで復活。時代錯誤のヤクをばら撒いて、世界を引っ掻き回そうとしてる。
しかし解らないのはあの変態フードな天使だ。アイツは何故、悪魔と一緒にいる?
「『お前の幸せの為に必要不可欠だ』か」
「なんだそれは?」
「オールバックがアンゲルスに言ってたんですよ。妙な言い回しで気になったんです」
「ふーん。弱みでも握ってんのかね」
天使が?悪魔に?もしそうならあたしも握ってみたい。
インチキ教団の敷地内に広がる静寂はいつもと変わらない夜のそれだったが、あたし達の頭の中にはそれとは別物の不気味で不可解な闇が侵食しつつあった。
大嫌いな日光の頭が見え始めたのであたし達はひとまず寝に帰る事にした。
だけどうっかりして柚乃に用意してもらった部屋の場所を聞くのを忘れてた。
仕方ないのでその辺の適当な部屋に潜り込んだが、どうやら物置だったらしくエラく埃臭い場所だった。
「なんだあここは!!これじゃあ前の廃虚ビルと変わらないじゃないか!!」
タケルは心底落ち込んだ顔で文句を言う。
「さいですなあ。しかしご主人様がここが良いと越して来たんだ。文句は言いっこなしですぜ」
あたしはまどろみの中で身体中にヒリヒリとした痛みを感じていた。きっとあのアンゲルスに思ったより攻撃をもらっていたんだろう。クソ。気に食わねえ。次は絶対に這いつくばらせてやる。余裕ぶるのはもう無しだ。
埃まみれでカビ臭い部屋が、今のあたし達にはお似合いだった。
続く




