Roses
「別にぃ。ただちょいと散歩してただけですよ。ねえ兄さん」
「うん?ああ。そうそう」
眉をしかめて奥歯を噛み締めている柚乃
はあたしとタケルの三文芝居に騙された様には到底見えなかった。
「ここは重病患者の病棟だ。お前らみたいな奴らがウロついていい場所じゃない。さっさと何処かに失せろ」
思えばこのトロールみたいな柚乃兄さんの微笑んだ顔なんて、今まで一度も見た事がなかった。表情から感情が読みにくい。
「へーへー。退散いたしますよ。行きましょ兄さん」
「おっそうだな」
あたし達が立ち去ろうとすると再び柚乃が声をかけた。
「待て。そう言えばお前ら、昨日サーカスの荷物運びを頼んだな。ちゃんとやっておいたらしいが、仕事が終わった後何処へ行ってた」
まーずい。柚乃はあたし達を訝しげな目で見てる。昨夜、アンゲルスとケンカしたピエロ二人組だと疑っているのか。
そう言えば、柚乃は右腕を包帯で巻いて首から吊るしている。昨日の昼はしていなかった怪我だ。アンゲルスは昨晩、あのオールバックのサイコ悪魔に腕をへし折られてた。
「答えろ。何処へ行っていた」
もしかすると。アンゲルスの正体って。
「えーとえーと。あの後はぁ‥」
「どこだっけねえメイ子ちゃん?」
タケルが脂汗をかいてこっちを向く。いや、たまにはテメーも言い訳を考えろって。
「道に迷って、何処かの倉庫で力尽きて寝てました。何せ荷物が多かったから疲れちゃって。ねえ。でしたよねえ?兄さん?」
「そーそーそー!まさにそれだよ!メイ子ちゃんジーニアス!」
クソが。もうちょい頭を使って生きたらどうなんだコイツは。
「ふーん。そうか。まあいい。夜は、あまりうろちょろするな。最近不審者が無断で侵入して問題を起こしている。もしお前らが夜に出歩いていたら、不審者と間違えて後頭部をフルスイングしかねんからな」
初めて見せた柚乃兄さんの笑顔は、想像していたより不安定で気味の悪い冗談ともつかないセリフとセットだった。
「は、はーい」
後ろからビシバシ突き刺さる柚乃の視線を尻目にあたし達は病棟を後にした。
「メフィスト。アンゲルスの正体は柚乃だと思うか?」
「解りませんね。ただ仮にそうだとしたら辻褄の合うことが多いです。そう考えるのが普通でしょう」
ただ、物事ってのはいつも何故だか普通じゃない。誰もが考えうるから普通、というのに。当たり前は当たり前には起こらない。
「はーしかし困ったなあ。燕しゃんとゴールイン出来たとして、義理の兄がアレじゃあなあ。良好な人間関係を築くのは簡単じゃないぜ」
「その上母親は元カノですからね。夢魔だってもう少し節操があると思いますよ」
「黙れ。愛は全ての常識を覆す」
なんか前もこんな事言ってケツ捲ってたなあコイツ。病気だな。
「さて、本日も燕しゃんとの距離が少しだけ縮まった事だし。何処かで飯でも食って寝るかな」
「飯も良いですけどねえご主人様。日が暮れるのを待って、もう少しこの施設を探索しませんか。この辺りは重病患者の棟らしいですから。色々と突っ込んでみませんか?」
タケルが露骨に嫌な顔をした。
「ちょっと待て。お前、なんか勘違いしてやしないか。俺がお前のご主人様だろ?なんで召使いの都合に振り回されなきゃいかん?調べたいなら勝手にしろ。俺は好きにする」
変なところが意固地で困る。馬鹿の癖に扱い辛い奴だ。
「ほほう。でも良いんですか?ご主人様。愛しのスワローちゃんもそのご家族も。みんなここのカルト教団にどっぷりですぜ?いずれゴールインを目指してるなら、心配するべき事はあるんじゃないですか?未来の義母義兄が、ヤク中になってても幸せな家庭を築けますか?」
「クソッ。お前って奴はホント嫌な奴だぜ。反吐が出る。この、アクマめ!」
「いかにも。悪魔でござい」
そういう事で、性懲りも無くあたし達はまた探索に出かけた。しかし昨日の事もある。また変装しなくてはいけない。
「おい!言っとくがもうデブピエロは嫌だぞ!?貴様の盾にされるのは御免だ!」
そうなのだ。あたしは貴重な盾を失った。
「そーですねえ。どうしましょうか?何か良い案ありますか?」
「まず持ってお前に言いたい事がある。幾らサーカスが慰問に来ると言ってもピエロが病棟をウロついてるのはおかしいだろ」
「言われて見れば気づかなんだ。さすが我がご主人様です」
「馬鹿にしてんだろテメエ」
そういう事で病棟をウロついててもおかしくない格好をする事になった。
「どうですかぁ?お散歩気持ちイイでしょマツバヤシさん(仮名)」
あたしはピンクのブリブリした看護服で車椅子を押す。
「だから。お前はなんでいつも俺の変装をワザワザ一人で歩けない様な格好にするんだ?恨みでもあんのか!?」
タケルの両手両足をギブスで固定して、頭と顔に包帯をぐるぐる巻きつけた。あたしもバカでかいマスクで顔を覆っている。どう見ても完璧な変装だ。
「だって、ピエロがウロつくのおかしいって言うから。だから一番自然なカップルに変装したんでさ」
「論点がズレすぎて貴様とは話にならん」
そういう事で、探索を開始した。
続く




