二時間だけのバカンス
『いつもありがとうございます。リンゴ農園さん』
『和久井天帥、お礼を言いたいのはこちらの方ですよ』
どうやら和久井の坊やとこのリンゴ農園の前々から懇意にしてる間柄の様だった。
『とんでもない。リンゴ農園さんのお陰で我々の教団はこんなに教えを広める事ができました。やはり私の考えは間違っていなかった。それを実証できただけで、私は幸せなのです』
『天帥は崇高なお考えの持ち主だ。我々としては、そのお手伝いが出来て何よりです』
どうやら何かしらの相互関係にある様だ。
『それにしても驚きですよ。例のアレが入っているリンゴ農園さんの食材。あの食材を使って料理をすると、どんな人間でもたちどころですよ。みな、まるで家畜の様に従順になる。連中は私の意のままだ』
声は聞こえないが和久井が大笑いしてるのが見える。胸糞悪い。
『面倒でしたら料理なぞせずそのまま与えても良いのですよ。アレの威力はどんな状態であれ必ず作用する様になっていますから』
『本当に素晴らしい。fmさまさまですよ』
エフ‥エム‥?fmの事か!
やはり間違っていなかったようだ。この教団にもfmが蔓延してる。さっきのゾンビ共は全員ヤク中だったってワケだ。
となると、この和久井と話してる連中。恐らくマシロにヤクを売りけたのもコイツラか、もしくは関係のある奴らと見てほぼ間違いないだろう。
そうなってくると、この建物に張り巡らされたチャチな結界もこのリンゴ農園とかいう連中の入れ知恵か。
『中毒が重症になって来た連中を病気と偽って入院させるというにも名案でした。お陰で病院経営は軌道にのり、連中の家族からがっぽり入院費をとれる』
『定期的に少しずつfmを与え続けていれば表向きは病状が良くなっているように見えますからね。入院する金のない連中はゾンビ兵隊としてこき使えばいい』
よくもまあカラクリをこんなペラペラ喋ってくれる。間抜けな奴らだ。
『この教団には優秀な人材も揃っているし。信者の数も多い。何かあった時に手を貸していただければ我々はそれで十分ですので』
『もちろんですよ!何でも遠慮なく言ってください。我々はリンゴ農園さんへの助力は決して惜しまない!』
蜜月の関係ってわけか。片方は知らねえが、和久井の坊やがこれで人間だっていうんだから驚きだ。おぞましいね。
とにかくコイツらをなんとかしねえと。あたしが喧嘩してやる義理はないけど、アマル叔父さん達に引き渡してやるくらいはしてやっても良い。
さて、どうしてやろうか。
そう考えていた。
『では天帥。さっそくお力を借りたい。ここの天井裏に、2匹ほどネズミが張り付いてます。駆除していただけますか』
「ヤバい!バレてる!タケル様!飛び降りますよ!」
「はえ?」
かなり早い段階で動いたつもりだったが、次の瞬間には既に目の前ガラスが割れて砕け散っていた。
あたしとタケルは衝撃で身体が仰け反って、重力の誘うがままに地面の方へ引っ張られていた。
落下していく時の中で、どうするかゆっくり考えようと思っていたのだが目の前に飛来した真っ白な布の塊がそれを遮った。
信じられるかい?地上30メートル以上のとこから落ちてる奴に追撃をかましてくるんだぜ?正気の沙汰じゃない。
それは、例のマシロが見たというフードを被った奴だった。恐らくガラスをぶち破ったのもコイツだ。ガラスの修理は和久井持ちかな。
悠長に冗談でもかまそうと思ったが目の前のフードくんが刃物の様な物で攻撃してきた。しかし見えない。早すぎる。
それに信じられない事にあたし達はまだ落下してる。あたしが悪魔じゃなかったら、冷静に実況なんてできないぜまったく。
「ぱあおおおおおおおおおおおおおお」
タケルが妙な声をあげているのはいつもの事だったが、この状況下でいつも通りのリアクションをしてるのもそれはそれで尊敬に値する。オマケにとんでもないデブピエロの格好でだ。
フードを被った切り裂き魔は絶え間なく攻撃を繰り返す。いなすのに精一杯で反撃してる暇がない。
「おーい。このままだと全員焼く前のクッキーみたくなっちまうぜ。一旦体制を立て直さない?お互いにさ?」
あたしの提案は追撃の連続によって却下された。
「なるほどね」
もう時間がない。どうする?
相変わらず猛スピードでの攻撃は続いてるし、すぐ近くではデブがさけび声をあげ続けている。どうしたもんかね。
地面が見え始めた頃、あたしの頭に閃きが過った。
オーケイ。多少残酷だけど仕方ない。恐らく、コイツなら平気だろう。
あたしは一瞬のスキをついてフードの攻撃をかわし、蹴りを入れて距離をとる。相手は思った通りガードして離れたがすぐに体制を立て直して向かってくる。
あたしは瞬時に浮遊してたデブピエロの首根っこを掴んで、奴の鼻先に突き付けてやった。
相手は突然の事で一瞬怯んだが、気を取り直してデブの身体を切り裂いた。
「ぐええええええええええ」
デブの悲鳴が耳をつんざく。ウザい。
「切られてないんだから叫ばないでくださいよバカヤロー」
「!?」
相手の顔は見えないが、恐らくキョトンとしてるに違いない。
「だってお前、さっきまでお前、俺の身体だったのにお前」
奴が切り裂いたのはタケル本体ではなく、デブなピエロの衣装。パンパンに膨らんでいた空気と布で出来た贅肉。
相手が動揺してる隙に、あたしはタケルをお姫様抱っこで担ぎ上げてフードくんの頭にかかと落としをキメて踏み台にしてやった。
「よっと」
そのお陰で落下の衝撃は緩み、あたし達は無事に地面に帰ってきた。
フードの彼は結構な勢いで叩きつけられ物凄い音と共に地面にめり込んでいた。
仮に。仮に生きていたとして。当分起き上がってはこれまい。そう思って立ち去ろうとした時だった。
後ろからさっき感じた刃物の鋭い気配を感じ取った。
続く




