Letting go (Dutty Love)
「よくお似合いですよご主人様。男ぶりがグッと上がったんじゃないですかあ?」
あたしの放った掛け値無しの賛辞に、タケルは化粧の上からでも解るくらい苦い顔をした。
「ウソつきめ。お前、そんな事思ってないだろ。俺には解るぞ」
「どうしてです?あたくしは大マジですよ?もう!ご主人様に惚れ直しちゃったもん」
「ウソだ!お前は俺を馬鹿にしてる時は『ご主人様』と呼ぶんだ。それに見ろ!こんな格好で褒められたって、嬉しくも何ともないわ!」
「へえ。何ともまあ。ご謙遜を」
確かにタケルの格好は昔の姿そのものだった。明日慰問に来るサーカスとやらの道化の衣装をちょいと拝借したんだが、中でも飛び切りデブで臭そうな衣装を選んじまった。
白地にブルーの水玉模様が入ったお揃いの上下セット。同じ柄の三角帽子に、真っ赤な毛色のヅラと付け鼻まで付いてきてる。
どっからどう見ても、立派なピエロ野郎!最高だぜ!
「俺はこんな格好なのにお前はなんだ。タキシードにシルクハットじゃないか。そっちを俺に寄越せ」
「何言ってるんですか。お似合いですよ?あたくしだってちゃんと道化の仮面は着けます。正体がバレないようにね」
それにしても見れば見るほどによく似合ってる。
「いやあご主人タマ、ホント素敵ですよ?何だか昔に戻ったみたいで‥泣けてくらぁ‥グスン」
「お前はホントに根性のひん曲がった奴だな」
お誉めいただいたとこでそろそろ行動にでないと不味い。仮装するのが目的じゃない。
「ところでお前、何するつもりだ。こんな格好までさせて」
「この施設を探検してみませんか。元々タケル様の寝ぐらだったとこですよ?気になりませんか?」
「別に。どうでもいいね」
タケルはそっけないフリをする。だが解っている。ホントはモヤモヤしてる事を。悪魔はそういうのに目ざとい。
「じゃあ和久井のぼうやがどうやって二代目教祖の座に就いたかも興味ないですか?今どうしてるかも?」
「うう‥」
そういう事で行くことになった。
「なんだかお前に上手いこと乗せられてる気がする」
「そうですかぁ?」
そうですねぇ。
あたし達はタケルの記憶を頼りに建物内を探索する。と言うものの、タケルが源田一だった頃とはエラい違いなので思ったより役に立たない。
「ホントに解らん。全然ダメだ。もうここは別の場所だ」
「役に立ちませんねえ。ざっくりでも良いんですよ?なんかこう、大きな食堂みたいな場所ないですか??さっきのゾンビ信者共が全員入れそうなくらいの場所」
「んー。そうだなあ‥まてよ、確か四階に説教する為によく使っていた中会議室があったな」
「行ってみやしょう」
薄暗い階段を登り、あたし達は四階に辿り着いた。
思った通り、どこまでも暗闇が続く廊下に一箇所だけ薄明かりが漏れている場所を発見した。
あたし達は顔を見合わせ灯りの方に歩いていった。静寂と漆黒。暗闇がそこかしこで蠢いている。
ドアの隙間から漏れた灯りが、まるで「ここから覗けよ」と言っている様だった。
音もなくそっとドアに近づき、あたし達は光に目を凝らした。
目が慣れるまで少しかかった。そこで目にした光景が何なのか。それを即座に理解する事は出来なかった。だがソイツがあたしの求めていたクソイカれた現場だという事は容易に見てとれた。
「タケル様。ビンゴです。ナイス、大当たりです」
「んなんだこりゃあ」
お互いにそこから目を逸らす事が全く出来なかった。
予想していた通りそこは約50人が入るほどの広さで、長い机とパイプ椅子が等間隔に並べられていた。一見すると会議室や教室の様にも見えなくない場所だったが、そこに広がる光景を見てそんな事を思う奴はいないだろうな。100人が100人、この光景を見たら同じ事を考える。
「家畜小屋」さ。
さっきまでゾンビみたいな面をしていた信者共が、机に座って一心不乱に目の前の皿に盛られた物を口に運んでいる。誰一人として、言葉を発するものはいない。
ニチャニチャ
クチュクチュ
クチャクチャ
時々ゴクッゴクッと飲み込む音がする。
連中は皆同じ様に、皿にてんこ盛りになった白いマッシュポテトを喰いまくってる。異様だ。こんな時間に?しかもマッシュポテトだけ?ソーダも?ステーキもなし。マッシュポテトだけ。箸やスプーンで喰う連中もいるが、大半は手で喰っている。下品な音を存分に立てて演奏会だ。
イカれてる。
「お一人につき一回はお代わりできますからね。焦って喉に詰まらない様にしてください」
例のメスゴリラ婦長の声がする。どうやら給仕係をしてるみたいだ。
「回数を誤魔化したり、隣の分を横取りしたりするなよ。見つけ次第厳罰に処すからな」
トロール兄さん柚乃の声もする。どうやらねぎらいの場所はここで間違いなさそうだ。
「ありゃ一体何を喰わされてんだぁ?こんな夜更けに、大の大人がマッシュポテトかっ込むなんて聞いた事ありませんぜ」
「ああ。確かにオカシイな。しかしなメフィストよ」
タケルがいつになく真剣な眼差しだ。
「どうしたんです?」
「ちょっと美味そうじゃないアレ?」
筋金入りの馬鹿に発言権を与えた自分を責めたい。もう、コイツには緊張感が全くないのだろうか。
「あのねえご主人様。あんな必死にマッシュポテト喰うわけないでしょ?少し考えたらわかるでしょ?」
「わかんねえじゃん。メッチャ美味いマッシュポテトかもしんねえじゃん。メチャクチャ癖になるかもしんねえじゃん」
女の尻と食い物の事以外で、コイツから熱意を感じた事はない。まさに人間の見本みたいな奴だ。
「だったら喰ったらどうです。そのかわり、身体おかしくしても知りませんからね。毒抜きしないですよ」
「うーむ。やっぱり普通じゃねえよなあ。喰いてえなあ」
あたし達が押し問答してる間、食べ終わった連中が次々に立ち上がって食器を片して、別の扉から出て行く。
「それじゃあ婦長。後はお願いします。こふぇから天師のとこへ行って、報告しなければならないので」
「ええどうぞ。お疲れ様です」
柚乃と婦長の声が聞こえた後、足音がこっちに向かってくるのが解った。
「マズい。柚乃が来ます。一旦隠れましょう」
「え!?ええ!?」
あたし達は階段の陰の暗闇に身を潜める。
柚乃の乗ったエレベーターが最上階で停まった。
「タケル様。確か最上階が以前のタケル様の部屋でしたよね。だったら和久井の坊やもそこに?」
「ああ。恐らくな。柚乃は天師のとこへ行くと言ってたし、間違いないだろう」
「どうします?行ってみますか?」
「ああ。行こう」
タケルの表情が少しだけ引き締まって見えた。
あたし達は非常口から一旦外へ出て、外壁をよじ登った。人目のない場所なら、タケルを抱えてアクロバットするくらい朝飯前だ。
「め、メフィストちゃん!落とさないでくれよ!絶対だぞ!落とすなよ!」
「フリですかご主人様?」
「違う!」
「あ、そ」
あたしは、いつだったかタケルの部屋を覗いた場所に降り立った。
「なんだここは。中が丸見えじゃないか!プライバシーもなにもあったもんじゃねえ!教祖の部屋ダメだな」
「そーですねえ。オマケにここだと中からは見えないんですよ」
「何だって!?マジかクッソ!!お前、よくこんな場所知ってるな」
「ええ、まあ」
流石にマヌケなご主人様でもそろそろ気付きそうなので、この辺で部屋の様子に集中する事にした。
「しかしお前、流石にここじゃ音が聞こえないぞ」
「心配ないですよ。あたしが口の動きを見て実況してあげますから」
「便利だなお前」
やがて部屋の中に和久井と柚乃が入って来た。坊やはかつての教祖の席に踏ん反り返って座っていて、柚乃はその傍らに立っていた。
「クソ!和久井め!偉そうにしやがって。お?また誰か入って来たぞ」
タケルの言葉通り今度は見慣れない奴が二人、部屋に入ってきた。
ノーネクタイで着崩したスーツ姿の男が一人。黒髪をオールバックでまとめた冷たく整った顔。人間離れした空気を感じる。もう一人は頭からフードをスッポリ被っていて顔が見えない。
「なんだあの見るからに怪しい連中は!和久井はあんな奴らを俺の部屋に入れやがって!」
「静かに。タケル様。集中させてください」
あたしは奴らの口の動きに全神経を注いだ。そのやり取りはおおよそこんな感じだった。
続く




