Firestone
クラブから例のインチキ総本部まで、アマル叔父さんが車で送ってくれた。
放って置かれた事がよほど頭にきてるのか、タケルは終始膨れつらでいた。本来ならからかい言葉の一つでも投げつけて構ってやるとこだが生憎そんな余裕もなかった。
あたしはマシロから受け取ったfmの錠剤を車の中でずっと眺めていた。見れば見るほどに普通のヤクだ。どうって事ない。微かに悪魔の気配を感じたが、それで何かが解るというものでもなかった。
車が、音も無く止まった。
「悪いなメフィスト。随分手間かけさせちまったのに、大した事してやれなくて」
アマル叔父さんは申し訳なさそうに微笑んでいたが、あたしは上機嫌だった。あたしの中で少しずつだったが、材料が揃いつつあった。
「大丈夫さ。叔父さんこそ。送ってもらって悪かったね」
「馬鹿野朗。水臭え事言うな。俺はいつだってお前の味方だ」
「じゃあそっちこそ。大した事なんて言わないでね。水臭い。あたし達の仲なんだから」
叔父さんも何とも言えない笑顔を別れの挨拶に、あたしとタケルはインチキ総本部に帰ってきた。
「おいメフィスト。確認しておくが今回は一体どのくらい日にちがたってるんだ?」
流石に学習したと見え、柄にもなくお利口な事をご主人様が言ってきた。
「さいですなあ。まあせいぜいこの一晩で一日と思って下さい。あそこは人間の世界とそう変わりませんが、それでも悪魔が場所に干渉してますからね。先にも言いましたが多少の時差は覚悟して下さい」
「そうか。まあいい。俺は疲れた。もう寝るぞ」
タケルはなんだか不機嫌なまま、建物の中に入っていった。つくづく面倒臭い奴だ。
夜だったが多少人間の気配もあった。だもんで流石にタケルを連れたまま塀を飛び越えるワケにもいかず、あたし達は正門から入る事にした。
すると驚いた事に、正門前でゴブリンとゴリラが一匹ずつお出迎えをしてくれていた。
「なんだお前ら。どこほっつき歩いてやがった。荷物取りに行くのに丸一日かかるのか?」
エラくお怒りなご様子なのはゴブリン兄さんこと偉大飛柚乃。
「でもちょうど良かったわぁ。今から備品の搬入があるから手伝ってちょうだい。荷物運びなら流石にスカポンタンの一ノ瀬さんでも出来るでしょ?」
口の悪いパンチパーマのメスゴリラは病院の婦長。名前は知らん。
タケルがスカポンタンなのは事実だけど、こんな見も知らぬ奴に言われるとなんか少しだけムカついてくる。
「そのスカポンタンに手伝いを頼むって事は、そっちもよっぽどおマヌケさんばかりなんですねえ」
ゴリラ婦長が物凄い眼光であたしを睨みつけてきたが、思い切り無視してやった。まるでクソガキの喧嘩だね。楽しい。
「何でも良いが俺は手伝わん。もう疲れた。一秒でも早く寝たい」
タケルはいつにも増してやる気の無い顔でそう言った。今のコイツは本当に顔が良いだけのスカポンタンだ。
「おい。勘違いするなよお前ら。お前らはここに住む事になった。ここのスタッフだ。俺の言う事は絶対守れ。抗う権利なぞない。働かざる者、食う寝る住むべからずだ。ホラ、来たぞ」
柚乃が指さした方に目をやると、あたしが見た事も無い様な見た大きな車が3台。列を成してやって来た。
「ひええ。デカい車ですねえタケル様。『4t』って名前なんですかね?全部にそう書いてある」
「お前。トラックを知らんのか。博識なのか無知なのかよく解らない奴だな」
あたしが前に地上に来た時はこんな車はなかった。せいぜい荷台のついたヤツだ。人間の進歩は恐ろしい。
トラックが門の前に停車すると、どこからともなくゾロゾロと虚ろな目をした連中が沸いて出た。
「信徒の皆さん。ご苦労様です。本日も皆さんの尊い労働があって、恵まれない方々への食事が行き届くのです。さあ。労働を行いましょう」
柚乃の呼びかけでゾンビ信者どもはノロノロと動き出す。どう見ても尊い労働とは言い難い。あれは、奴隷の目だ。
「こんばんは!お荷物をお持ちしました!」
トラックから降りてきた男は不自然な笑顔と挨拶で柚乃に愛想を振りまいた。
「遠い所までお疲れさまです。『林檎農園』さん」
柚乃はニコリともしなかったが相手を丁重に迎えているようだった。
「ねえ婦長さん。『林檎農園』さん?って農家かなんかなの?ここと専属契約でもしてんの?」
あたしは手伝うフリをしてテキトーに動きながらメスゴリラに近付いた。
「とんでもない。林檎農園さんはね。無償で我々に野菜や果物を提供してくだすっているのよ。『自分たちの作った作物が少しでも人々の役に立てれば』って仰ってね。素晴らしい行いだと思わない?」
「ふーん」
今が人間にとってどんな時代か、あたしはそこに関して疎い。しかしたかだか数百年で本質が変わるほど人間てのは単純な生き物じゃないだろう。
人間が自らの私財を投げうって、無償で他人に施しをするなんて、絶対にあり得ない。臭い。臭すぎるぜ、林檎農園。
運ばれている荷物はどれもダンボールばかりで中身がどうなっているかはよく解らなかった。ただダンボールに林檎のマークが印刷されているだけで、農家の作物にしては無機質な印象だった。そのダンボールだけで数百以上。全て運び終わるのに二時間はかかったね。
ゾンビ信者どもは既に息も絶え絶え状態。あと一時間でも働かされたらそのまま死んじまうんじゃないかと思うほどだった。
「信徒の皆さんお疲れさまでした。一階にいつものねぎらいをご用意をしてますので、そちらでどうぞ」
柚乃のひと声で今まで虚ろだった連中が即座に立ち上がり、小走りに何処かへ移動し始めた。
あたし達もそれに付いて行こうとすると、柚乃が行く手を遮った。
「お前らはまだ早い。真面目に働きそうもないしな」
「はあ?なんだよそれ!俺たちも働いたんだ!ねぎらいとやらを要求する!」
タケルがいつものダダをこねる。
「初日からサボっていない奴が何を言っても信用ならん。それよりも仕事だ。明日、慰問でサーカスの連中が来る事になってるんだが手違いで荷物だけが今日先に届いた。それを整理しとけ」
柚乃はそれだけ言うと何処かへ行ってしまった。
「なんだあのデカブツ偉そうに!絶対童貞だぞアイツ!」
「まーまー。あれでも愛しのスワローちゃんのお兄たまなんですから」
「燕さん!ああ!クソッ!」
タケルが古典的な地団駄を踏みつつ、あたし達はしぶしぶ柚乃に支持された場所に向かう事にした。
しかし着いて早々にため息が出た。なんと指定された搬入口には到底二人ではひと晩かかっても運びきれない荷物の山がうず高く積まれていた。これを二階の会議室まで運べという。
「アイツやっぱり馬鹿だ!こんな事出来るわけない!もう止めだ止めだ!帰るぞメフィスト」
行こうとするタケルの襟首をつかんで引き戻す。
「おい!なにすんだ!」
「馬鹿なのはどっちですか。柚乃は出来ないのを解ってて押し付けてんですよ。そうやって無理難題で何度も失敗させて、怒ったり時に優しく宥めたりして徐々に自分に依存させていくんですよ」
「なんだそれ。面倒臭いな」
「元教祖がなに言ってんですか。こういう連中の常套手段じゃないですか」
「俺はただの飾りだったからな。そう言う事は大概和久井がやってたから知らね」
道理でコイツが馬鹿で空っぽだと思った。なるほど。和久井の坊やはなかなかどうして。立派な詐欺師だったというわけだ。
「タケル様はスワローちゃんを手に入れたいし、あたしもここの胡散臭い臭いが気になっている。だとすると今、ここを出てくのは得策じゃない」
「ならこれはどうする?俺はもう一秒だって働きたくないぞ」
確かにこの荷物を持ってくのはしんどい。じゃあどうするか。
「悪魔はいつだって楽をする方法を考えているもんなんです。お任せください」
あたしはまた、ソロモンの手下共に願う。
『時の砂の唄〜タイム・イズ・ワンダー〜』
『セーレ、セーレ。時間が惜しい、刹那が惜しい、命の砂が落ちるのが惜しい。よろずのくだらぬやるべき事を、時間を停めて片付けておくれ。全てが終わったその時に、精算だけはしっかりするよ。だからお願い少しだけ。私の願いを聞いておくれ』
山積みの荷物とあたし達の身体が、瞬く間に搬入口から二階の会議室とやらに移動あいていた。
「うお!なんだ!すげえ!」
「今更魔法くらいで驚かないでくださいよ。マジで馬鹿なんだから、もう」
あたしは空っぽアタマに呆れながら別の事を考えていた。
「ねえタケル様。せっかく時間を短縮出来たんだ。ちょいと探偵ごっこでもしませんか」
「なんだ?貴様。何を考えている」
あたしはダンボールからハミ出た道化師の衣装を見て、ひとつの閃きをおぼえていた。
続く




