STAY TUNE
あたし達は久しぶりにクラブ『paradise lost』の階段を降りていた。と言っても、悪魔の感覚ではあたしがここで大暴れしてからまだ数日しか経っていない。だけどここに戻ってくるまで色々あり過ぎた。本当に色々ね。それらがあたしに歳月を感じさせる。
街の外れにある古くてデカい洋館。でも古臭いのは見た目だけで、地下に通じる道を抜ければ最新の音響と眩いネオンが舌を絡ませてディープキスをしている。
アマル叔父さんのセンスは抜群に良い。人間の退廃と混沌の歴史をいいとこだけつまみ食いした様な内装に仕上げている。これぞ悪魔の巣窟って感じだ。古代ギリシャの宮殿から、19世紀のシシリアンマフィアのアジトまで。中国の酒池肉林からヨーロッパのガキどものドラッグパーティまで。多数のシュチュエーションが一箇所に混在してる。何処を見てもダメな奴らが快楽を貪ってやがる。
フロアの中も相変わらず爆音で盛り上がっている。タケルも相変わらず、素性の分からない下賤なメス悪魔に鼻の下を伸ばしている。コイツはマジでタフ過ぎる。
青いライトが目に突き刺さり、太めのベース音が鼓膜を侵食してくる。これぞまさにパーティ、って感じだ。嫌いじゃない。頭がクラクラしてくる。
ふと、いつかの門番をやっていた下級そうな悪魔を見つけた。名前はたしかえーと‥ああ、あたしコイツの名前知らねえわ。まあいいか。
あたしはボンクラに話しかける。
「よお兄弟。久しぶりだな。調子はどうだい?」
ボンクラはあたしの顔を見るなりビシッと佇まいを直して大声で挨拶をしてきた。
「チワッス!!メフィストさん!!お疲れ様です!!」
「おいおい。止めろよ。あたしはお前の上司じゃねえし、ここのスタッフでもないんだ。リラックスしろよ」
しかしボンクラは硬直したままだ。どうやらここの三色姉妹と大立ち回りした事で、妙に気を遣われる様になっちまったみたいだ。
「なあところでお前。叔父さんを知らないか。アマル叔父さん」
その名前を聞いてボンクラは額に汗をかく。
「オーナーは、何処にいらっしゃるか解りませんが、三色姉妹の皆さんでしたら、いつも、バックヤードにいらっしゃいます。バックヤードには、そこの赤いドアから行けます」
姉妹に会えば叔父さんにも会えるだろう。もう揉める事も無いだろうし。
「サンキュー」
あたしはボンクラに礼を言って、食虫植物みたいな顔した悪魔に喰われかけていたタケルの首根っこを掴み赤いドアに向かった。
今にしてみればこう思う。物事ってのは本当に簡単には進まない。つまりいつだって面倒ごと連続なんだ。
あたしは面倒な事が大嫌い。
ドアに近づこうした瞬間、目の前で壁がぶっ壊れて何かが吹っ飛んでいくのは見えた。大きめのサッカーボールかと思ったら、蒼い浴衣を着た見覚えある少女だった。
「アオイ!おいどうした!」
あたしの勘違いかも知れないが、ここの店ではいつも壁がブチ壊されたり店のスタッフがボコボコにされたりしてんのかよ。
「うう‥アンタ‥メフィストかよ‥」
少女は震える手であたしの腕を掴んできた。
「何だよおい。どうしたんだ。誰がこんなッ酷い事を」
まあ正直、この間ボコボコにした奴が言うセリフじゃない。
アオイが頼りない手つきで指差した方を見る。しかし物凄い煙幕で何も見えない。仕方なくぶっ壊れた壁の向こう側に行く事にする。嫌な予感しかしない。
中に入ると、いつぞや三色姉妹と戦った場所に出た。今までいたフロアと似た造りだが音響や照明が停まった状態だ。予備のフロアなんだろうか。
そこに人影が見える。
「おーい、アンタ。大丈夫か?」
声をかけるとソイツがこっちを振り向いた。
「メフィスト!?なんでここにいるんです?だが助かりました!手を貸してください!」
頭に鹿の角を生やした少女。三色姉妹の長女、アカネだった。
「いきなりどうしたんだ?お前ら、新しいパーティでも始めたのかよ?」
「冗談を言ってられない事態です」
アカネの目線の先にあった煙幕が徐々に晴れ始め、全貌が見えてきた。
「おいおい。なんだいありゃあ」
あたしは心底驚いていた。何がって、アオイやアカネをズタボロにしてオマケに壁をブチ壊してやがったのは末妹の猪娘ことマシロだった。
しかしマシロはどうも様子がおかしい。
「っじゅじゅじぃるるる、じぃぃじぃぃぃ」
言葉を忘れてしまったかの様に、ただ意味不明な呻き声を発し続けている。血やら何やらでグチャグチャに汚れて浴衣が変色している。しかし問題はそこじゃない。目つきが、尋常じゃない。ぐるぐると位置を定めずに動き周りまるで周りが見えていないという感じだ。口からはダラシなくヨダレが垂れ流しになっている。一目で、それが真っ当な情緒でないのがうかがえる。頭が遥か先までぶっ飛んでいっちまってる証拠だ。
「おいおい。父親がヤクの専門家だってのに娘が過剰摂取でイカレてハメハズすなんて情けない話、聞いた事ないぜ」
「違う。いや解らない。ただマシロは元々ヤクへの耐性がとても強い子なんです。お父様も、普段からマシロを実験台にして新薬を作っていたくらいなんですよ」
「なんだぁ?じゃあ今回も新しいヤクを作ってやらせたらなんかミスってこうなったのかよ?」
「イヤ、そいつはちげえぞメフィスト」
声の方向に振り向くと、更にズタボロになったアマル叔父さんが立っていた。多分叔父さんが一番ボロクソになっていた。
「ここ最近は新しいヤクは作ってねえ。実験もしてねえ。おうアカネ、例のブツ持って来たか?」
叔父さんはイラつき顔でタバコに火を点ける。
「はいお父様。でも、私が取りに行っている間にアオイが‥アオイが‥」
あたしボコボコになっていたアオイを思い浮かべる。なんだかんだアカネは妹思いな奴だ。
「生きてんのか?くたばったのか?」
叔父さんはアカネの方を振り向きもせず訊ねる。タバコの燃える音だけが、ジジっと聞こえた。
「辛うじて。まだ息をしています」
叔父さんはまだ長いタバコを投げ捨てる。
「そうか。終わったら早急に手当てしてやんねえとな。おいメフィスト!なんで居るかは知らねえがよく来てくれた。助かったぜ」
「叔父さん、一体どうなってんだい?なんだってマシロはあんなになってんだ」
「さあな。ソイツが聞きてえから、まずあのヤローからヤクを抜かねえといけねえんだ。なあメフィスト、お前アレを何秒なら止めていられる?」
「逆にさ。何秒止めておけばいいわけ?それによって対処が変わってくるからさ」
あたしの言葉ぜ叔父さんは初めて笑ってみせた。
「すまねえ。お前を見くびったワケじゃねんだ。ちょっとテンパっててよ。6秒だ。それだけありゃあ良い」
「オッケー」
良いね。良い感じだ。良い感じにムカついてきた。
「アカネ。アンタの能力、あたしにも使えるかい?」
あたしが訊ねるとアカネは心底驚いてみせた。
「まあ使える事は使えるけど」
「けど?」
「いつもは姉妹たちの魂にチャンネル合わせてるから。今からメフィストに調整しようっても無理ですよ。だからアンタ、負担がデカくなりますよ」
負担。良いね。実に結構。
「構わないよ。それでいこう」
あたしはかなり面倒臭くなり始めていた。アレもコレもどうでもよくなりつつあった。だから久しぶりに、本気の本気を出す事にした。ちょっとだけね。ちょっとにしないと、バレたら親父に怒られる。
「アカネ、いつでも良いぜ」
アカネのどうなっても知らない、という顔をシカトしてあたしはマシロを相手に身構えた。
さっさと目の前の面倒ごとを片付けて、叔父さんに聞きたい事が山ほどある。
あたしは力を、少しだけ解放させた。
続く




