Lovers on the San
「それにしてもこんな素敵な妹さんがいらしたなんて初耳ですよ。言われてみれば雰囲気がよく似てらっしゃる」
燕はくだらない世辞を並べて可憐に微笑む。その顔その声その仕草で、「素敵だ」なんて褒めれれてもなんだか惨めになるだけだ。
「そうですかぁ?いや全然似てませんよ。根っから善良な僕と比べて、コイツは小狡くて性悪なんですよ」
そう。小狡くて性悪。だがそれに今まで何度となく助けられてきたろうに。恩知らずな男だ。悪魔だってもう少し義理堅い。
「そうですか?とてもそんな風には見えないですよ?」
「いえいえ。だからね、燕さんの爪の垢でも煎じて飲ませたいと思いまして、こうしてここへ連れてきたんですよ。なあ!?そうだろメイ子?」
「へえ。まあそうですかねえ。兄さん」
とんだ三文芝居に付き合わされて、今すぐコイツらの顔面に反吐をブチまけてやりたい気分だった。しかしあたしが露骨に不服な顔をしても、目の前の白衣の天使は微笑みを絶やさない。
「そういう一ノ瀬さんの人を思いやる気持ち。きっと神も、何処かでご覧になっていることでしょう」
よく知ってるね。神には逐一見張られてるよ。
「時にスワローちゃん。二、三お聞きしたい事があるんですがね」
あたしが斜めから質問すると燕は驚いた顔をした。
「す、スワローちゃん?私の事でしょうか?なんでしょう?」
「スワローちゃんは見たところここで働く看護師のようですね?ここは病院なんですかね?」
「そうなんです。私はここで看護師として働いております。ここは去年開業したばかりの病院
です。私立慈愛病院といいます」
名前なんざどーだっていい。知りたいのは実態だ。
「昨年、なるほど。でも表の看板には宗教団体の名前が書いてありましたね。潰れたんですか?」
あたしがそう言うと、燕は白魚の様な手を振って笑ってみせた。
「いいえ。教団は潰れてません。それどころか、日に日に信者の数は増えているんですよ。全国に支部も設置しています。神の教えはどんどん広まってるんです。ちなみにここは教団の経営する病院なんですよ」
「へえそれはそれは。という事はスワローちゃんもここの教団の信者なんですかい?」
「そうです。正式に入信して二年になります。早かったなあ。充実した二年だった」
燕がそう言うとタケルがあたしの耳にコソコソと囁いた。吐息が臭い。
「俺の教団にこんなかわい子ちゃんがいるなんて知らなかった。しくじったなあ。そのまま教祖やってりゃ良かったよ」
あたしはどうやら事実とタケルの認識に誤差があるみたいだったから燕の口から真実を聞く事にした。
「ねえスワローちゃん。今の教団のトップって、誰です?」
あたしがそう聞くと燕はパアッと顔を明るくさせた。
「もしかしてメイ子さん興味あります?素晴らしい!是非今度、お説教を聞きに大聖堂にいらしてください!」
「あはは。まあ、考えときます。で?その代表って誰?」
燕は愛しい恋人の名前を口にする様な恍惚とした表情でこう言った。
「パウラ・ワーグナー二世こと、和久井様です」
「和久井!!」
「OMG!」
いやはや、インチキ教祖ご本人がここにいるから源田の名前は出ないと思っていたけれど。まさか和久井の坊やが聖人に昇進してるとはね。
「ま、待ってください燕さん!『溢れ出る天空の光り』の教祖は、確かヨハネス・ファスタこと源田一ではなかったのですか?」
タケルがまるで自分の事の様に必死になっている。あ、そうか。自分の事か。
「あれ!一ノ瀬さんよくご存知ですね。確かに先代の教祖はヨハネス様でした」
「先代!?」
「そうです。先代は三年前に突然光りと共に天空に昇天されたと聞いてます。ワーグナー様は二代目教祖です」
「三年前?え?」
「はい。今から三年前の聖夜だったそうです」
その言葉を聞いてタケルがあたしに詰め寄る。
「おい!どうなってる!三年!?俺が出かけてのは二、三日だぞ!」
あたしはその掴んできた手を払い除け奴の鼻を指で弾いてやった。
「ヘイヘイヘイ!ご主人様、タケル様、悪魔の飼い主様!!良いですか!?まさかとは思いますがね。あなた様は悪魔と三日三晩を共にして、普通の人間と同じ時間の中に生きているおつもりではありますまいな?」
「違うというのか?」
「だとしたら大馬鹿です。間抜けです。底抜けの阿呆です。言ったはずです。悪魔と人間は根本的に違う。というか、悪魔は他のどの生き物とも違う。それらが住む世で生きていたんだ。人間の世界の理から外れていたと考えるのが普通ですよこのバカタレハゲ」
「な」
あたしはより一層詰め寄り囁く様に凄んだ。
「なあ良いかよ坊ちゃん。あんまり自分を上等な生き物だと過信し過ぎるなよ?じゃねえと痛い目にあうぜ」
「うう」
さすがにタケルも久しぶりにあたしがマジになったから冷や汗をかいていた。距離感て大事。
「あのぅ。大丈夫ですか一ノ瀬さん?」
燕が心配そうにこっちを見てる。
「ええ。大丈夫ですよスワローちゃん。そうだ。最後にもひとつだけ質問いいですか?」
「ええ。どうぞ」
白衣の天使は微笑みを取り戻す。
「さっき兄さんと見た部屋は大部屋の様でしたねえ。しかしいくら何でも一箇所に大勢を集め過ぎじゃないですか?あれじゃまるでタコ部屋だ」
「いえ、そんな事は‥」
「どうして彼らはあんな場所に追いやられてるんです?」
燕の顔が曇り始める。手は、思い詰めて何かの書類を握り締めている。
「あの方々は比較的症状の軽い方なんです」
「へえ。そうは見えなかった。他にも理由があるのでは?」
「それは‥」
「どうした燕」
燕が何かを言おうとした矢先に横から唐突な邪魔が入った。
声の方を見ると、燕と同じ看護服を着たガタイの良い男が仁王立ちでそこにいた。男は彫りが深く色黒で、同じ看護服を着てるからか何もかもが燕と正反対に見えた。
「柚乃兄さん」
「兄さん!?」
「へえ」
おったまげた事に燕はその巨漢を兄さんと呼んだ。あたしはまた、美味そうな臭いを嗅ぎつけたコスプレしたトロールかなんかだと思うくらいの見てくれだった。まったく、あたし達が兄妹ってのより無理があるんじゃないか?
「兄なんです。と言っても血は繋がっていないんですよ」
「ええまあ。見たら解ります」
「皆さん驚くので先に言ってるんです。子供の頃に母と偉大飛の父が再婚しまして。兄さんとはその時家族になりました。でも、今では血のつながり以上の家族です。ね?兄さん」
「燕、コイツらとなにか揉め事か?」
兄さんはトロールみたいな見た目同様にオツムの方もトロール並みで、普段どうやって燕と会話してるんだってくらい人の話を聞いてない。
「兄さん大丈夫。この人たちはボランティアの人たちだよ。患者さんたちの事、説明してたんだ」
「どうして一箇所に押し込めているんですかってお聞きしたんです。あれじゃ患者もストレスだって」
あたしの質問に柚乃は顔をしかめる。険しい表情をするとますます人間離れしてる。
「どうしてボランティアがそんな事を聞く?」
「別に。気になっただけでさぁ」
柚乃は射抜く様な目つきであたしを睨んだ。
「あの病室の患者は第二林檎熱病だ。感染の恐れがあるから抵抗力の弱い他の患者からは隔離してる」
「第二林檎熱病?」
「知らんのか。世間であれだけ流行してるのに」
「どんな病気です?」
「熱病という名前ですが実際に高熱が出たりしる訳じゃないんです。ただ患者が、まるで熱病に侵された様に暴れ回ったり幻覚をみたりするんです。日が経つにつれてどんどん症状が悪化していくんです。感染源や治療法、原因やその他多くの事がまだ不明で」
「どうして林檎という名前が?」
「末期の患者になると顔が紅潮するんだよ。林檎の様にな。そうなったらもう助からない。何を与えても受け付けなくなる。挙句、合併症を起こしたりして死んでしまう」
「どれくらいです?」
「ああ?」
柚乃がイラついた顔をする。あまりあたし達と会話をしたくなさそうだ。
「発症してから死に至るまで、だいたいどの位の時間がかかるって事です」
「個人差がかなりあるので一概に言えませんが、発症から半年以内にはほぼ亡くなっています。伝染病かもしれないという情報が出回ってからは大きい病院は受け入れを拒否する事もあると聞きました」
その話をする時の燕の表情は暗い。
「ここはそんな受け入れを拒否された方々が最後の頼みの綱としていらっしゃる所なんです。そして、わが『溢れ出る天空の光り』は全ての方を平等に受け入れています」
「そういうワケだからボランティアだろうと今は人手は欲しい。必要とあれば賃金の支払いもすると上は言っている。どうせこんな時間にウロついているんだ、時間はあるんだろ?」
その言葉を聞いて、あたしはピンと閃いた。
「いえいえそんな。お金なんて要りませんよ。少しでも世間サマのお役に立てればオーケーなんですから。ただねえ、あたし達はこっちに来たばかりでまだ住む所もまともに決まってないんです。何所か、雨露を凌げる場所をお借りできればいう事は無いんですが」
「なんだ、お前ら宿無しか。まあ良いだろう。住み込みで働いてもらった方がウチも助かる。手配しようじゃないか」
兄もその言葉に燕は怪訝な表情をする。
「兄さん、そんな事勝手に決めて良いの?」
「大丈夫だ。和久井様も俺の判断で動いて良いと仰った」
また和久井の名前が出てきた。あたしとタケルは顔を見合わせる。
「お兄さんは教祖サマに随分と買われているんですねえ」
あたしの言葉に柚乃は再び突き刺す様な視線を投げてきた。
「お前に何の関係がある?」
「いえ、別に」
柚乃は嫌悪の感情を剥き出しにしてあたしに近付いてきた。
「働いてもらうからにははっきりさせておく。こっちの男はまだしも、どうにもお前からは嫌な感じがする。しかしこんな時だ。ワガママは言うまい」
「へえ。そりゃどうも。仕事にありつけて万々歳です」
「だがな、一つ言っておくぞ。燕にはやたらと近付くな。お前たちの様な輩は燕にとって害悪だからな」
「柚乃!」
「良いな。警告したぞ」
そう言い捨てて、柚乃は何処かへ忙しそうに消えていった。
「ごめなさいメイ子さん。柚乃が失礼な事を」
「いーんですよ燕さん!こんな奴は何を言われても仕方ないんです。なんせあくm‥」
あたしは音もなく素早い動きでタケルの脇腹にブローを入れた。ネタバレはよくない。
「気にしてませんよ。ひとまず荷物を取りに出かけます。明日からよろしくお願いしますね」
「よろしくお願いします」
ひとまずそういう事になった。
再び外に出た時はすっかり真夜中になっていた。
「おいメフィスト。どうすんだよ。荷物なんてないぞ。俺はまた、あのボロビルに戻るなんて嫌だからな」
タケルが例の如くクソみたいなダダをこねてる。
「戻りませんよ。あたしも手ブラですから」
「じゃあ何しに出てきたんだ!俺は一秒でも燕ちゃんと一緒にいたいんだぞ!」
タケルは地べたに寝っ転がって手足をバタバタさせている。この格好を燕に見せたらさぞ良い印象を抱くだろう。
「まーまー。ちょいと気になる事があるんですよ。謎の熱病やら巨大になったクソ教団のこと。そして‥」
そこかしこで蔓延してるという新種のヤクについて。
「そして?そしてなんだ!?」
「まあ良いでしょう。今から用足しに行きますからついて来て下さい。ひょっとしたらそこで、惚れ薬でも貰えるかもしれませんぜ」
「何処へ行くんだ?」
あたしは夜道に寝そべりながらこちらを見上げるタケルに向かってこう言った。
「例のクラブです。アマル叔父さんんとこ」
続く




