Backyard Party
「アアアアアアアアアアア」
顔の右半分だけが猪になったマシロが雄叫びを上げて襲いかかってきた。気のせいか、さっきより幾らか変化が進んでいる気がする。
「おいおい。ガッツくなよマシロちゃん。お姉ちゃんが相手してやるからよお」
のっけから本気に近いスピードを出さないと不味い。マシロは速さも侮れない。おまけにこんな、たがが外れた状態ならなお更だ。
あたしは突っ込んできたマシロを往なしてかわし、ケツを蹴り上げてやった。結構力を入れて蹴ったつもりだったが、マシロは軽く仰け反っただけで、直ぐに振り向きあたしの足を捕まえた。
「オマエ、オマエ、オマエ、オマエエエエエエエ!!」
あたしの身体はそのまま壁に向かってブン投げられた。壁の硬い感触が背中一面に鈍い痛みとして伝わってくる。
「ゲエッ!」
あたしはカエルみたいな情けない声を出してしまった。正直、心の中でコイツを少し甘くみていたのかもしれない。良い教訓になったよ。狂った奴を甘くみちゃいけない。
「オマエ、じゃねえよ。メフィスト姉さんだろ」
あたしパラパラと壁の破片をこぼしながら立ち上がる。
「オマエ、キエロ、クソ、アマ、」
マシロはアル中みたいにブルブル震えながらあたしに中指を立ててみせる。好かれてるなあ、あたし。
「しめたぞ。マシロの自我はまだ生きてやがる。これなら元に戻せるぞ」
「バアアアアアアア」
いつかの夜みたいに、マシロの身体は大きく膨れ上がる。だが顔の左半分だけが、辛うじて少女のままだ。アンバランスで、かなりキモイ。
「だがあんまし悠長な事も言ってらんねえ」
叔父さんは懐ろから小瓶を取り出して、中身を注射器で吸い出している。
「いいか、メフィスト。きっかり6秒でいい。それだけありゃあ十分だ。だがあの体躯だ。しっかりダウンとってくれよ。じゃなきゃ手が届かねえ」
叔父さんは注射器を構えたまま、また煙草に火をつけている。
「ダウンねえ。セコンドは軽く言ってくれるよ。おーいアカネェ。準備できてっか」
アカネは眉をハの字にして困っている。
「何度も言うが私は知らないですからね。どんな能力か知らないけど、そんな状態でパワーアップしたら制御できなくなると思うけど」
あたしはもう、目標しか見ないようにする。
「良いんだよ。あたしにとってそれはパワーアップじゃねえ。それ自体が制御なんだから」
「は?」
全てを置き去りあたしはマシロの懐ろに入り込む。しかし、やはり一筋縄ではいかない。一瞬、あたしの方が僅かに出遅れた。
「ジャアアアアアアア!」
マシロの肥大した拳が目の前に飛んでくる。すかさず手で薙ぎ払うが直ぐに追撃がくる。それをまた弾く。また追撃。また払う。それを繰り返していたら、いつしかラッシュのし合いになっていた。
パチンッ
パチンッ
パチンッ
微かに肉同士がぶつかる音がする。
バチッ
バチッ
バチッ
お互い言葉も言わず、ただひたすらに歯をくいしばり拳を前に突き出す。極限のスピードと、ただひたすらに力でのせめぎ合い。しばらくやり合いが続いた。
突然、マシロが頭を突き出した。とっさの事でついこっちも頭を突き出したがこれは迂闊だった。
ガチンッ!!
鈍い音が頭の中で鳴り響いた。やられた。頭突きで競り負けた。
「があっ」
あたしが仰け反った瞬間、マシロの手があたしの身体全体を鷲掴みにした。
「ウウウエエエ!!アタシ!イシ!アタマ!」
「メフィスト!」
アカネが叫ぶ。
「頭ん中入ってねー奴は頭硬えって忘れてたぜうああああああああ」
マシロは手に力を込める。ウカウカしてると握り潰されちまう。
「クソッタレ!マシロ!止めろ!」
アカネが動こうとするが叔父さんが止めに入る。
「お父様!」
「見てろ。大丈夫だ」
その言葉の通り。全く問題ない。
「アカネ!準備はどうだ!」
あたしはアカネに向かって叫ぶ。
「もうとっくに発動してる!早くしろ!死ぬぞ!」
「オーライ」
あたしは少しだけ腹の下に力を入れた。息が苦しい。
「シネ、クソ、アマ」
マシロのニヤついた顔が目の前にある。
あたしはペロっと下の唇を舐めた。
『その手を離して地面に這いつくばれ。マシロ』
あたしはそう言った。
途端に身体がふわっと軽くなり、空中に放り出された。そして目の前には、マシロがうつ伏せになって倒れていた。
「エ?エ?」
本人も何が起きたか理解できていない。
「シャアああああ!今だ!」
すかさず叔父さんがマシロに駆け寄り、首に容赦なく注射器をブッ刺す。
「ぎゃああああああああああああああああ」
マシロは大声を上げるが身体はピクリとも動かない。
「なんだ?何があった?」
アカネが呆気にとられて立ち尽くしている。
「おーい。アカネぇ。そこあぶねーぞ。マシロが起きる」
「は?だってマシロは‥」
アカネが言いかけたその時、マシロが起き上がり両手を大きく振り回した。だがそれは、狙いをつけた攻撃というより、ただ闇雲に振り回している様に見えた。アカネは間一髪のところでかわし、額に汗をかいていた。
「っぶねえ!なんだよコレ!」
「だから言ったろ?人の言うことは聞けよアカネちゃん」
マシロはしばらく暴れていたがそのウチ徐々に身体がしぼんでゆき、突然動きが止まった。
「うう、うぐ、おっ、おええええええええええええ」
マシロは黒くてドロドロのヘドロみたいな物を口から吐きまくった。タケルの時も感じたが、正直あまり気持ちの良い光景ではない。
「助かったぜメフィスト。ありがてえ」
叔父さんは隣で美味そうに煙草をふかしている。
「ねえアマル叔父さん。さっきのアレ。マシロに何打ったの?」
「アポモルヒネだ。アンチドラッグみたいなもんだな」
「あの吐いてんのはなあに?」
「そーだな、まあ色々キモチイイ成分とかクセになる成分とか。だが主に『後悔』だな」
「へえ。道理で汚ねえわけだ」
あたし達は拳を交わして笑い合った。
「お父様!一体どういう事です!?」
アカネが駆け寄ってくる。
「何がだ?お前さっさとアオイの手当てをすてやれ」
「ああ、その、はい。だけど教えてください。メフィストは。メフィストは何をしたんですか?」
叔父さんがあたしに向かって振り向く。どうする?という顔だ。何をしたか教えるか?そうさな。こういう時、言う事は決まってる。
「ナイショ♡」
というわけで無事にマシロをぶっ飛ばした。これで二回目だった。
続く




