99:異常を観る者達
本日もよろしくお願いします。
王都。
王国異常個体研究施設。
王都外縁部に建てられたその建物は、
研究施設というより、
巨大な要塞に近かった。
分厚い石壁。
幾重にも刻まれた封印術式。
巡回する武装兵。
窓は少なく、外から内部はほとんど見えない。
「……相変わらず、入る気が失せる建物だ」
ゼインが低く呟く。
その横で、
マークが静かに周囲を見ていた。
「危険物を扱う施設ですから、これくらい厳重にもなるのでしょう」
荷馬車は施設裏手の搬入口へ通される。
周囲には、白衣姿の研究員達。
だが。
誰一人として不用意に近付こうとはしない。
荷台の黒布。
その下にある物を理解しているからだ。
「こちらです」
案内役の研究員が、やや緊張した様子で先導する。
地下。
幾重もの封印扉。
その最奥。
巨大な円形研究室へ運び込まれた。
床一面へ描かれた魔術陣。
天井から伸びる封印鎖。
空気が重い。
まるで、
地下そのものが魔力を吸っているようだった。
「……大袈裟だな」
ゼインが眉を寄せる。
すると。
「大袈裟ではありませんよ」
奥から声が響いた。
ゆっくり現れたのは、
白衣姿の男。
年齢は四十代半ばほど。
痩せ型。
黒髪交じりの灰色髪。
そして。
片目。
右目だけが、
淡い紫色に発光していた。
魔眼。
男は箱を見る。
次の瞬間。
口元が、僅かに吊り上がった。
「……これはまた、随分と面白い物を持ち帰ってくれましたねぇ」
研究員達の空気が張る。
だが男は気にしない。
むしろ。
嬉しそうだった。
興奮気味に早口で捲し立てる。
「異常個体の中でも、これはかなり特殊です」
「魔力構造が、既存種とあまりにも違い過ぎる」
「しかも――」
男の魔眼が、箱を見つめる。
「未だ活動反応が残っている」
静かな声。
その瞬間。
研究室の空気が、少しだけ冷えた気がした。
ゼインが腕を組む。
「切り落とした腕一本だ。普通なら動くはずもねぇ」
「普通なら、ですね」
男が笑う。
「ですが、“普通ではない”からこそ、異常個体なのでしょう」
研究者。
異常個体研究主任。
ヴァイス・クローデル。
王都でも、危険人物として有名な男だった。
ヴァイスは、ゆっくりとゼイン達を見る。
「現場を見た感想を」
短い言葉にゼインが答える。
「まず、元々は猿型の魔獣だったんだろうが、同じ種族には見えねぇ。」
「力も速さも異常だったが、一番厄介なのは戦い方だ」
「理解して動いてやがる」
ヴァイスが、
愉快そうに笑った。
「ああ知性!!やはりありましたか!!異常個体化した魔獣は理性を失う個体が多いですが、その段階を超えている!!!」
マークが続ける。
「魔力循環も異常でした」
「通常個体の様な流れ方をしていません」
「むしろ、複数の魔力が混ざり合っている様な……」
「ええ、ええ!!」
ヴァイスが頷く。
「恐らく、変異は変異でも、そうそう見られるものではありません」
「もっと“先”の何かです」
研究員達がざわつく。
だが。
ゼインは眉一つ動かさない。
「で、それが何か分かるのか?」
「現時点では」
ヴァイスが笑う。
「全く」
即答だった。
ゼインが呆れたように鼻を鳴らす。
「おい」
「ですが」
ヴァイスの魔眼が細まる。
「仮定を進めるための貴重な情報はあります」
「皆さん、生還している」
静かな声だった。
「異常個体遭遇時、
最も不足しやすいのは観測情報です」
「大半は死ぬので」
笑顔のまま、
恐ろしい事を言う。
マークが小さく息を吐いた。
ヴァイスは続ける。
「他に、現場を見ていた者は?」
ゼインが答える。
「あの場に居たのは、俺達含め八人だ」
「前で一番近く見てたのは、カイルだな」
「......資料にあった槍使いの男ですね」
「そうだ」
ヴァイスが頷く。
そして。
「他は?」
短い沈黙。
その後。
マークが静かに口を開いた。
「……後方支援に、召喚士が一人居ました」
ゼインが視線を向ける。
マークは続けた。
「直接戦闘能力は高くありません」
「ですが、戦場全体をかなり正確に把握していました」
「索敵、位置把握、支援判断と、かなり広範囲を見ていたと思います」
ヴァイスの魔眼が、
僅かに細まる。
「名前は?」
「レオン・アルバーン」
静かな返答。
ヴァイスは、
数秒黙る。
そして。
ゆっくり笑った。
「……面白い」
その声に。
ゼインが、
少しだけ嫌そうな顔をした。
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