98:運ばれる異常
本日もよろしくお願いします。
時は少し遡り、鉱山村グランディア。
防衛基地前へ停められた大型荷馬車の周囲には、
妙な静けさが漂っている。
荷台へ積まれているのは、
黒布で覆われた長箱。
その周囲には、
幾重もの魔術式が淡く浮かんでいた。
水。
土。
二属性の魔力が、
箱全体を包み込むように循環している。
「……これで一応、外部への魔力漏出は抑えられているはずです」
マークが静かに言った。
淡い茶髪。
細身の青年。
黒狼の牙において、
支援・防御・治癒を担う万能型魔術師。
普段から冷静で落ち着いている彼だが、
今は表情が硬かった。
「とはいえ、長期間保つ類の封印ではありませんので、王都までは出来るだけ急いだ方が良いでしょう」
荷台の横でゼインが腕を組む。
巨大な雷鉄鉱の戦斧を背負った、
黒狼の牙のリーダー。
鋭い視線が、
布の下へ向いていた。
「……まだ蠢いていやがるな」
低い声。
マークが小さく頷く。
「普通は切り離せば動きなんて止まるはずなんですけどね...」
「ですがこれは、未だに魔力循環を維持しています」
静かな口調だが、
そこに滲む警戒は隠せない。
四つ腕。
あの異常個体の切断された腕。
数日経った今もなお、
異様な存在感を放っていた。
まるで。
まだ“生きている”みたいに。
「王都側が慌てる訳ですね……」
マークが、
小さく息を吐く。
グランディアから送られた報告書。
異常個体との交戦記録。
切断部位の回収。
それらを確認した王都側は、
即座に異常個体研究施設への搬送要請を出した。
本来なら、こういった物は研究員が回収に来ることの方が多いが、
「下手に別の連中へ触らせる方が危険だ」と、
そう判断され、黒狼の牙に運搬が依頼された。
実際のところ、
四つ腕と直接交戦した黒狼の牙以上に、
危険性を理解している者は少ない。
その時。
「……ほんと、嫌な感じするわね」
後方から声が飛ぶ。
シエラだった。
赤髪の女性。
黒狼の牙の副リーダー。
双剣を扱う遊撃兼索敵役。
片手には、
戦闘時に折れてしまった剣を持ち、
それを見つめている。
「王都着く前に、
箱の中から勝手に動き出したりしないでしょうね?」
「やめて下さい」
マークが真顔で返した。
「洒落になりません」
シエラが小さく笑う。
だが、その目は笑っていない。
あの化物を、最も近くで見ていた一人だからだ。
ゼインが、
シエラの剣を見る。
「修理、できそうか」
「こりゃあ買い替えかもね」
「ケチるなよ?」
「命を預ける獲物よ?分かってるわよ」
肩を竦める。
その横では。
ドルガが黙々と荷を整理していた。
大盾とスレッジハンマーを背負った大男。
大きな箱なども軽々と持ち上げ、
必要な物を、必要な順番で積み分けていく。
無駄が無い。
「ドルガ」
ゼインが声を掛ける。
「こっち頼めるか」
ドルガは短く頷いた。
「問題ない」
相変わらず短い。
だが、黒狼の牙にとっては、
それで十分だった。
ドルガは、「出来る事を確実にやる」男だ。
逆に、出来ない事へ無理に踏み込まない。
だからこそ、信用出来る。
シエラが、
荷台の箱を見る。
「……しかし、
王都の研究施設ねぇ......
また面倒なの居るんじゃない?」
「可能性は高いですね」
マークが苦笑する。
「異常個体研究者という方々は、
大抵“好奇心”が先行していますから」
「怖ぇ事言うな」
ゼインが鼻を鳴らした。
シエラが、
ふと真顔になる。
「……でも、分かんなくもないのよね。
知りたくなるの」
風が吹く。
荷台の黒布が、僅かに揺れた。
その瞬間。
全員の空気が変わる。
四つ腕。
あれは、本当に、魔物だったのか。
魔獣。
異形。
そんな言葉だけでは、
説明し切れない何かだった。
マークが静かに口を開く。
「少なくとも、既存種とは別物でしょうね」
「魔力構造も、生体反応も、通常個体と一致していませんでした」
「……それを調べるために、王都まで運ぶんだろ」
ゼインが荷台へ乗る。
「行くぞ」
マークも続く。
シエラは、二人を見る。
「死ぬほど面倒臭い連中に絡まれても、
暴れるんじゃないわよ」
「善処する」
「ゼインが言うと信用できないのよ」
ゼインは少し笑った。
ドルガは、
最後に荷を確認し終えると、
短く口を開く。
「よし、準備完了だ」
ゼインが片手を上げた。
荷馬車が動き出す。
王都へ向けて。
異常を運びながら。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
新章突入です。
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