95:灰爪
本日もよろしくお願いします。
夕方。
リスベル冒険者ギルド。
扉が開く。
疲労の色を濃く残した灰爪と、その後ろを歩くレオン。
受付嬢が顔を上げた瞬間、表情が変わった。
「皆さん……!」
ラグの脇腹には、応急処置済みの包帯。
ミレスも顔色が悪い。
ナナは杖を支えにしている。
そして、レオンの左腕にも、浅い裂傷が走っていた。
「何があったんですか!?」
受付嬢が慌てて駆け寄る。
今回の任務で負傷する事は無いだろうと考えていた。
レオンが息を整えながら口を開いた。
「依頼自体は完了しています」
「ただ……」
少しだけ表情が険しくなる。
「依頼範囲外で、大規模な狼型の群れと遭遇しました」
ギルド内の空気が変わる。
レオンは続けた。
「通常個体だけでも二十近く。
さらに、群れを統率している大型個体が居ました」
「大型…ですか…?」
受付嬢が顔を青くする。
レオンが頷く。
「かなり老獪でした。通常個体へ指示を出しているような動きをしていました」
「それに――」
レオンが少し言葉を選ぶ。
「その大型個体ですが、接敵した際、既に深い傷を負っていました」
「……傷?」
「はい」
レオンが頷く。
「かなり大きな傷です。ですが、それでも群れを統率していた」
「恐らく……」
一瞬。
森奥で見た黄金色の瞳が脳裏を過る。
「もっと奥から、逃げてきた個体だと思います」
受付嬢が息を呑む。
森の奥。
魔境寄り。
その言葉を、誰も口には出さなかった。
だが。
その場に居た全員が何となく察していた。
「……ギルド長へ報告を上げます」
受付嬢が真剣な顔で頷く。
「場合によっては、周辺依頼の制限も検討します」
レオンも頷いた。
あの個体は危険だ。
そして、あれほどの個体が逃げるほどの何かが、森の奥に居る。
そちらの方が、余程不気味だった。
⸻
報告を終えた後。
灰爪の四人は、
ギルドの外へ出ていた。
夕焼け。
赤く染まる石畳。
しばらく、
誰も口を開かなかった。
最初に話したのは、
ラグだった。
「……世話に、なりました」
レオンが顔を上げる。
ラグが、
銀灰色の爪を腰から取り出した。
あの大型個体の爪。
「正直、最初は気に食わなかった」
「年下だし、細いし、妖精鳥しか使えねぇし」
ミレスが苦笑する。
「お前それ本人前で言うか……」
だが、ラグは真っ直ぐレオンを見た。
「でも」
短い沈黙。
「お前、ちゃんと俺達を見てたんだよな」
レオンが少し目を瞬かせる。
ラグが続けた。
「前の俺、自分が前出て斬ればいいって思ってた」
「でも違った」
切り落とした大型の爪を、強く握る。
「後ろ見ねぇと、前も保てねぇんだな」
その言葉に。
フィオも、静かに息を吐いた。
「……私もです」
「ずっと、皆を支えなきゃって思ってました」
「穴を埋めないと、崩れるって」
少し苦笑する。
「でも、全部自分でやろうとしてたから、逆に、自分の事すら見えなくなっていたんですね」
レオンが、静かに頷く。
その横で。
ミレスが、頭を掻いた。
「俺、撃ちてぇ所ばっか見てたわ」
「でも今回、打つ前に皆の事考えて調整したら、皆動きやすそうでさ」
少し悔しそうに笑う。
「なんつーか……、やっとパーティっぽくなった」
その言葉に、
ナナも小さく笑った。
「私……、誰を優先すればいいか、ずっと分からなくなってたんです」
「だから最近、自分が回復役向いてないのかもって、少し思ってて……」
小さく息を吐く。
「でも、レオンさんが指示くれたから、ちゃんと、考えて動けました」
レオンは、少し困ったように笑った。
「皆さん、元々実力はありましたから」
「ただ、噛み合ってなかっただけだと思います」
短い沈黙。
だが、以前とは違う空気だった。
皆、隣を見ている。
ラグが、銀灰色の爪を握り直す。
「……いつか」
低い声。
「あいつ、絶対に”俺たちで“倒す」
フィオも頷く。
「今度は、逃げずに」
ミレスが鼻を鳴らした。
「その前に、もっと強くなんねぇとな」
ナナも小さく笑う。
その姿を見て、レオンも少しだけ笑った。
以前の灰爪なら。
こんな顔は、きっとしていなかった。
⸻
その後。
ギルドへ戻ったレオンへ、
受付嬢が声を掛けてきた。
「レオンさん」
「はい?」
受付嬢が、少しだけ不安そうに聞く。
「灰爪のサポート任務ですが……」
「どうでしたか?」
レオンは少し考える。
最初は酷かった。
連携も無い。
視野も狭い。
それぞれが、一人で戦っていた。
だが、今日、最後の撤退戦で。
彼らは初めて、互いを支え合っていた。
レオンが、小さく頷く。
「……もう大丈夫だと思います」
受付嬢が、
少し目を丸くする。
レオンは続けた。
「まだ未熟です」
「危ない場面も、多分これから沢山あります」
「でも」
そこで、
少しだけ笑った。
「もう、一人で戦う人達じゃないので」
受付嬢が、静かに微笑む。
「そうですか」
夕焼けが、
ギルドの窓から差し込んでいた。
その赤色は。
どこか、
新しく生まれた“灰色”を、
照らしているようだった。
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