92:撤退戦
本日もよろしくお願いします。
狼型の群れが、
一斉に駆け出した。
「走って下さい!!」
レオンの声。
灰爪が即座に動く。
以前なら、
ここで誰かが迷っていた。
だが今は違う。
ラグが最後尾へ回る。
フィオが中央寄り。
ナナを庇う位置。
ミレスは振り返りながら牽制用の風刃を放った。
「右後方、一体速いです!!」
レオンの声。
四羽目。
最低限の視界共有。
位置確認。
長くは繋げない。
今は撤退戦。
消耗すれば、終わる。
「フィオさん!!」
「っ!!」
フィオが振り返る。
槍を縦に振り下ろし、
飛び掛かってきた狼型を弾いた。
だがその瞬間。
別方向の木陰にもう一体。
「二体目!!」
妖精鳥が飛ぶ。
狼型の顔面を掠め、僅かに怯ませる。
そこへラグが大剣を叩き付けるように振るい、狼型を吹き飛ばした。
「チッ……!」
ラグが舌打ちする。
数が多い。
しかも。
妙だった。
普通の狼型群れなら、
ここまで統率して追撃してこない。
⸻
大型個体は負傷しており、足取りも僅かに重い。
本来なら、
前へ出て群れを率いるであろう個体。
だが、自分からは仕掛けてこない。
後方。
安全圏を維持したまま、
低く唸り続けている。
その度に。
群れの動きが変わる。
左右への展開。
飛び出す個体。
圧を掛ける位置に下がる個体。
まるで、
指示を出しているようだった。
傷の影響は確かにある。
だが、思考までは鈍っていない。
むしろ、こちらの隙を探るような動きだけは、
異様に鋭かった。
⸻
「ミレスさん!!左から来ます!!」
「っ!」
風刃。
狼型が回避する。
その直後。
別方向から二体。
「なっ――」
ミレスが反応し切れない。
近接対応が甘い。
そこへ。
フィオが滑り込み、槍で一体を逸らす。
だが。
もう一体。
牙。
「危ねぇ!!」
ラグが身体ごと割り込んだ。
大剣で噛み付きを弾き飛ばす。
「下がれ!!」
ミレスが息を呑む。
以前のラグなら、
こんな動きはしなかった。
前しか見ていなかった男が。
今は、
後衛を守る位置へ動いている。
だが。
狼型達は止まらない。
大型個体が、
また低く唸った。
その瞬間、群れの動きが変わる。
「……っ、やり辛い......!!」
レオンが眉を寄せる。
狙いが絞られ始めた。
最初は全体へ圧を掛けていた。
だが今は違う。
ミレスとナナ。
後衛職故に近接対応が甘い二人へ、
執拗に圧を掛け始めている。
「右後方!!」
「ナナさん下がって!!」
妖精鳥が飛ぶ。
牽制。
レオンが指示を飛ばす。
だがその分、前衛への支援が薄くなる。
ラグが歯を食い縛る。
「厄介だな……!」
フィオも息が荒い。
長期戦。
徐々に押され始めていた。
その時、大型個体の目が、
不意にレオンを捉えた。
レオンの表情が変わる。
まずい。
気付かれた。
指示。
索敵。
支援。
全部、レオンを中心に回っている。
つまり。
今この場で最も厄介なのはレオンだ。
だが、大型個体はすぐには動かなかった。
金色の瞳がじっとレオンを見る。
まるで、何かを確かめるように。
その瞬間。
レオンの肩に居た妖精鳥が、
僅かに羽を逆立てた。
警戒。
大型個体の喉奥から、
低い唸りが漏れる。
敵意とは少し違う。
もっと、
本能的な何か。
森の奥。
血の臭い。
圧倒的な捕食者。
かつて魔境付近で遭遇した、
“それ”を思い出すように。
大型個体が、
僅かに後退する。
だが次の瞬間。
低い、しかし鋭い唸り声。
群れ全体の動きが変わった。
狙いが、
レオンへ集中する。
「っ!!」
左右から狼型。
さらに正面。
一直線。
レオン狙い。
「レオンさん!!」
フィオが叫ぶ。
だが。
フォローが間に合わない。
ナナ側にも狼型。
ミレス側にも回り込み。
全員、
手一杯。
その瞬間。
ラグが、
地面を蹴った。
「通すかよ!!」
大剣。
横薙ぎ。
狼型を吹き飛ばす。
だが。
死角。
木陰から飛び出した一体。
牙。
狙いはフィオ。
「っ――」
フィオの反応が遅れる。
その瞬間。
ラグが、
無理矢理身体を捻った。
鮮血。
狼型の牙が、
ラグの脇腹へ食い込む。
「ラグ!!」
フィオの声。
だがラグは、
そのまま大剣を叩き込んだ。
狼型の頭蓋が砕ける。
荒い息。
血。
それでも。
ラグは前へ出た。
「止まるな!!」
怒鳴る。
「今止まったら終わるぞ!!」
その瞬間。
灰爪全員の、表情が変わった。
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