91:隣を見ること
本日もよろしくお願いします。
朝。
リスベル冒険者ギルド。
依頼確認を終えたレオンへ、
受付嬢が声を掛けてきた。
「レオンさん、少しよろしいですか?」
「はい?」
受付嬢は、
どこか気遣うような表情を浮かべていた。
「灰爪の件です」
レオンは少し視線を上げる。
「現状、どう見えますか?」
「……そうですね」
レオンは少し考える。
以前よりは明らかに良くなっている。
ラグは無闇に突っ込まなくなった。
ミレスも撃つ位置を気にし始めている。
ナナも最低限の優先順位を考えられるようになった。
そして、フィオが全部を抱え込まなくなり始めている。
だが。
「まだ危ないです」
レオンははっきりそう言った。
「今は皆さん意識して動いてるから形になってますけど」
「少し余裕が無くなると、まだ崩れると思います」
受付嬢が小さく息を吐いた。
「……そこまでですか」
「はい」
レオンが頷く。
「でも、前よりはかなり良いです」
「少なくとも、皆さんちゃんと考えるようになってます」
受付嬢が少しだけ安心したように笑った。
「それならお願いした意味はありましたね」
そして。
「実は今回で、サポート加入最終日なんです」
「……分かり、ました」
レオンは少しの驚きと、
灰爪への不安とが混ざった様な曖昧な返事をした。
⸻
集合場所。
灰爪の四人は既に揃っていた。
だが、以前とは空気が少し違う。
ラグが最初に口を開く。
「……レオンさん」
その呼び方に、
レオンが少し目を瞬かせる。
「出発前に、少し話があります」
フィオも頭を下げた。
「昨日言われた事、皆で考えたんです」
ミレスも、少し居心地悪そうに続ける。
「……他の奴が動きやすい位置、見ろって話」
ナナも小さく頷く。
レオンは静かに四人を見る。
以前より、少しだけ、纏まって見えた。
ラグが真っ直ぐレオンを見る。
「だから今日は、まず俺達だけでやってみます。
レオンさんには、見てて欲しい」
一呼吸置き、
「その上で、助言下さい」
その言葉に。
レオンは、少しだけ目を見開いた。
そして、困ったように笑う。
「……分かりました」
⸻
今回の依頼は、
森外縁部の狼型の群れの討伐。
確認されている頭数はそこまで多くはなく、
危険度は高くない。
レオンは、
あえて少し後ろへ下がった。
四羽目だけを上空へ。
索敵。
視界共有は最低限。
後は、灰爪の皆の観察へ集中する。
⸻
最初に動いたのはラグだった。
だが、以前のような突撃じゃない。
「フィオ、左見れるか」
「大丈夫」
位置確認。
合わせている。
狼型と接敵するも、ラグが受ける。
以前ほど深追いしない。
その横ではフィオが、無理にフォローへ入らない。
自分の持ち場を維持している。
レオンは感心した様に、少しだけ目を細めた。
崩れていない。
そこへ、ミレスの風刃。
巻き込むことのないタイミング。
「……通った」
ミレス自身も少し驚いた顔をしている。
ナナも慌てて前へ出ず、後方の位置をキープしている。
回復が必要な相手を判断している。
以前の灰爪なら、もうどこかで崩れていた。
だが、今日は違う。
全員が少しずつ、“隣”を見ていた。
⸻
戦闘終了。
ラグが息を吐く。
「……どうでした?」
以前なら絶対言わなかった言葉。
レオンは少し考える。
「かなり良かったと思います」
フィオが、小さく安堵の息を漏らした。
だがレオンは続ける。
「ただ、
ラグさんが押された時、フィオさんが少し寄り過ぎました」
「ナナさんが迷うので、前衛側の位置は固定した方がいいです」
「ミレスさんは、かなり撃ちやすくなってます」
ミレスが、少し驚いたような顔をした。
「……分かるんですか」
「はい」
レオンが頷く。
「皆さん、ちゃんと周り見始めてるので」
短い沈黙の、その後、
ラグが小さく頭を下げた。
「……ありがとうございます」
完全に、態度が変わっていた。
⸻
帰還途中。
森を抜ける直前。
上空に飛ばしている四羽目が、不自然に旋回した。
違和感。
レオンの表情が変わる。
一瞬だけ視界共有。
そして、息を止めた。
「……止まって下さい」
空気が変わる。
「どうしました?」
フィオが槍を構える。
レオンは、
ゆっくり森奥を見る。
気配が多い。
「……群れです」
「数が多い」
ラグが剣へ手を掛ける。
だが、レオンは動かなかった。
見える。
前を走る個体に続き、
左右へ展開配置されている個体。
後方には大型個体。
おそらく群全体を統率している。
しかも、負傷している。
本来なら、
あの傷を負った時点で、
群れは瓦解していてもおかしくない。
なのに、まとまっている。
逃げながら、警戒している。
何かに追われた群れ特有の動きだった。
そして。
灰爪側を見る。
今の灰爪は、以前より遥かに良い。
普通の狼型群れなら、十分戦える。
だが、数が多過ぎる上、地形が悪い。
木々が密集しており、視界が悪く、射線が通りづらい。
ラグは短期突破型。
フィオは長時間維持向きではない。
ミレスも火力を通すには木が邪魔だ。
ナナの回復量にも限界がある。
長期戦になれば、確実に崩れる。
そして、もし、この群れを傷付けた何かがまだ近くに居るなら。
ここは、
戦う場所じゃない。
レオンは、
即座に口を開いた。
「撤退します」
ラグが一瞬だけ悔しそうに歯を噛む。
だが、即座に頷いた。
「了解」
迷わない。
それだけで以前とは違った。
「フィオさん前衛補佐!!」
「ナナさん中央!!」
「ミレスさん、
牽制だけお願いします!!」
「レオンさんは!?」
フィオが叫ぶ。
レオンは、
森奥を見たまま答える。
「先導します!!」
その瞬間。
狼型の群れが、
一斉に駆け出した。
撤退戦の、始まりだった。
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