71:半年
本日もよろしくお願いします。
新章突入です。
鉱山村グランディアを出た後の帰路は、
驚くほど穏やかだった。
定期便の馬車へ揺られ、途中の宿場町で休み、街道沿いを、ゆっくり戻っていく。
あれほど死線を潜った直後だというのに。
世界は、何事もなかったみたいに平和だった。
「……なんか変な感じだな」
馬車の窓から外を見ながらセスが呟く。
「数日前まで、あんな化け物と戦ってたんすよね俺ら」
「まぁ、生きて帰れたんだからいいじゃん」
ミナが笑う。
その顔には、以前より少しだけ落ち着きと自信があった。
カイルはまだ本調子ではない。
だが、以前よりも、身体へ魔力を流す感覚が掴め始めているらしく、最近は暇さえあれば真面目な顔で感覚を確かめていた。
そして数日後。
一行は、ようやく拠点都市リスベルへ帰還した。
見慣れた石畳。
聞き慣れた喧騒。
ギルド前の混雑。
それを見た瞬間。
「あー……帰ってきたって感じするー」
ミナが大きく伸びをした。
「まずは報告に行きますよ」
セスが言う。
「流石に今回は、早めに話通しといた方がいいでしょう」
全員異論は無かった。
⸻
冒険者ギルドの扉を開いた瞬間。
「……あっ!」
受付嬢が、固まった。
「レオンさん!?」
「カイルさん達も!?」
驚くのも無理はない。
本来、彼らの任務は、鉱山村の防衛支援。
それが異常個体との交戦報告付きで戻ってきたのだ。
しかも。
B級パーティ、
黒狼の牙との共同戦闘。
四つ腕の異常個体。
切断腕の回収。
話の規模が、完全に想定を超えていた。
「……ギルド長を呼びますので、奥の会議室でお待ち下さい。」
受付嬢が、真顔で奥へ消えていく。
数分後。
⸻
ギルド奥の会議室。
報告を聞き終えたギルド長が、深く椅子へ沈み込んだ。
「……はぁ」
重い溜息。
「なんでお前ら、防衛任務行って異常個体と戦ってんだ」
「いやまぁ……成り行きで……ハハハ...」
カイルが目を逸らしながら言う。
レオン達他3人も目を逸らす。
ギルド長は頭を押さえた。
「成り行きで済む内容じゃねぇんだよ...ったく...」
だが、怒っている訳ではない。
むしろ。
全員生還したことへ、安堵しているようにも見えた。
その後、レオン達は今回の詳細報告を提出。
四つ腕。
異常個体。
魔獣活性化。
そして。
黒狼の牙が持ち帰った、
四つ腕から切断した腕の件も含めて、
正式記録として残されることになった。
⸻
報告を終え、
部屋を出たところで。
⸻
カン。
カン。
訓練場の方から、金属音が聞こえてきた。
「……?」
レオンが視線を向ける。
どこか、聞き覚えのある音だった。
気になって足を向けると。
「――そこ、踏み込み浅い!」
「腰落とせ!そんなんじゃ吹き飛ばされるぞ!!」
「俺が吹き飛ばしてやろうか!!」
訓練場の中央で。
ガドが、新人冒険者達へ怒鳴っていた。
以前より、少し柔らかい顔をしている。
その少し離れた場所。
一人の青年が、
木剣を振っていた。
無駄のない踏み込み。
鋭い太刀筋。
「……リオ」
声を掛けるとリオが振り返った。
「あ」
自然と、笑みが浮かぶ。
「戻ったのか」
「はい。ついさっき」
リオは、軽く木剣を肩へ担ぐ。
以前より顔色がいい。
大狼戦で負った傷。
特に利き腕は、結構な損傷だったはずだ。
「……もう大丈夫なんですか?」
レオンが聞く。
リオは、右手を軽く握った。
「完全復活、って訳じゃないけど」
「まぁ、実戦は問題ない」
そう言って木剣を振る。
風切り音。
速い。
以前と変わらない。
いや。
むしろ、
以前よりも洗練されているようにも見えた。
「レオンが鉱山村行ってる間、ずっとガドさんに付き合わされてた」
⸻
「付き合わされてたは余計だ」
後ろからガドがツッコむ。
「リハビリついでに、新人共の面倒見させてたんだよ」
「まぁ、おかげで感覚は戻った」
リオは苦笑する。
「休んだおかげで変な力抜けた感じもするしな」
その言葉にガドが満足そうに鼻を鳴らした。
「怪我した後の方が伸びる奴も居る。お前はそっち側だ」
それから。
ガドは、ふとレオンを見る。
「そっちはどうだった」
レオンは、
少しだけ考えた。
四つ腕。
黒狼の牙。
死線。
支援。
指揮。
様々な光景が頭を過る。
「……めちゃくちゃでした」
その答えに。
リオが、楽しそうに笑った。
「そりゃ何よりだ」
レオンも、少しだけ笑う。
すると、ふと、鉱山村へ出発する前、
ガドに言われた言葉を思い出した。
⸻
『でも、“強くなる”ってのはな』
『別に、無茶することじゃねえからな』
⸻
あの時は、
あまり実感が無かった。
だが今は、少しだけ、
その意味が分かる気がした。
「……ガドさん」
「ん?」
「前に言ってたこと、ちょっと分かりました」
ガドは、少しだけ目を細める。
「そうか」
それだけ言って、小さく笑った。
すると、リオが、真っ直ぐレオンを見る。
「俺、そろそろ復帰する」
「だから」
木剣を肩へ担ぎ直しながら、
少し口角を上げた。
「またどっかの戦場で、一緒に戦おうぜ」
軽い口調。
だが、そこに迷いは無かった。
レオンも、自然と笑う。
「……はい」
以前なら、その言葉だけで気後れしていたかもしれない。
だが今は、少しだけ。
“また並んで戦えるかもしれない”
と、思えた。
⸻
訓練場へ、
夕陽が差し込む。
その光の中で。
木剣を振るリオの姿は、以前よりも、少しだけ遠く。
そして。
少しだけ近く見えた。
⸻
その日の夕方。
レオンがギルドの受付前を通ったとき。
「レオンさん!」
受付嬢に呼び止められた。
「ギルド長から伝言です」
「……?」
受付嬢は、少し苦笑しながら言う。
「“もう一回、C級昇格試験受けろ”だそうです」
レオンが固まる。
「……え?」
前回の試験。
リオと共に受けたあの日から、
既に半年が経っていた。
⸻
あの頃の自分は。
何もかも足りなかった。
経験も。
判断も。
実力も。
だが、今は違う。
少なくとも。
“戦場”を知った。
その実感だけは、確かにあった。
⸻
「わかりました」
レオンは力強くそう答えた。
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