70:防壁から見える景色
本日もよろしくお願いします。
黒狼の牙が王都へ戻ってから、
数日後。
鉱山村グランディアは、
完全に落ち着きを取り戻していた。
防壁周辺の警戒は続いているが、
以前のような、切迫した空気は無い。
森から現れる魔獣も、通常範囲内。
防衛隊だけで、十分対処可能な水準だった。
そして、冒険者組もまた、
帰還の日を迎えていた。
「馬車まで用意してもらっちゃって、悪ぃなぁ」
カイルが苦笑する。
「いや、今回の件は本当に助かったからな」
バルクは腕を組み、深く頷いた。
「これくらいはさてくれ」
実際、今回の防衛戦は、彼らが居なければ、
どうなっていたか分からない。
その恩義を、バルクはちゃんと理解していた。
「街道沿いまでは、防衛隊の馬車を出す」
「その先は定期便を使えば問題ねぇだろ」
「昼には出発だ」
「忘れ物すんなよ」
そう言い残し、
バルクは持ち場へ戻っていく。
その直後。
ぴぃ。
聞き慣れた鳴き声。
「……ん?」
レオンの肩へ、
小さな妖精鳥が降り立った。
橙色の羽。
黄色い瞳。
三羽目だ。
そして、珍しく、
ぐいぐいと服を引っ張ってくる。
「どうした?」
ぴぃ。
再び鳴くと、
妖精鳥は窓から外へ飛び出した。
「……?」
レオンは首を傾げつつ、
その後を追う。
宿を出て。
石段を上り。
防壁の通路へ出る。
そこからは、自分が今回の任務で動いていた現場が一望できた。
体調を崩して寄りかかった壁に、指示を飛ばすために駆け回った通路。
その全てが鮮明に思い出される。
そこに兵士たちに指示を飛ばす人影が見えた。
「……あ」
エリスが居た。
数名の兵士へ指示を飛ばしている。
「見張りの交代時間、少し前倒しで」
「北側はまだ警戒を厚めにしてください」
以前よりも、声がよく通る。
迷いも少ない。
そして。
指示を終えたエリスが、
こちらへ気付いた。
⸻
「レオンさん?」
少し驚いたような顔。
「どうしたんですか?」
「いや……妖精鳥に連れて来られて」
そう言うと、エリスは小さく笑った。
「ふふっ」
「相変わらず不思議ですね」
そのまま。
二人並んで、防壁の外を見る。
以前、無数の魔獣が押し寄せていた森。
今は、静かなものだった。
吹き抜ける風が、木々を揺らしている。
「……今日、帰るんですよね」
エリスが口を開く。
「はい」
「昼頃には出発します」
短い沈黙。
その後。
エリスが、レオンの目をしっかりと見据えて、軍式のしっかりとした礼をしてこう言った。
「ありがとうございました」
「本当に助けられました」
レオンは慌てる。
「い、いや……」
「俺なんて、全然――」
「そんなことありません」
珍しく。
エリスが、はっきり遮った。
「私は、現場を知りませんでした」
「教本通りにしか、考えられていなかった」
視線が、遠くの森へ向く。
「勿論教本は大事です。
でも今回、それだけじゃ足りないって分かりました」
「現場には、想定外がある」
「迷いながらでも、判断しなきゃいけない場面がある」
その声は、
以前よりずっと落ち着いていた。
「だから」
エリスは小さく息を吐く。
「もっと、出来ることを増やします」
「穴を無くしたいんです」
戦う強さではない。
指揮官として。
支える側として。
もっと成長したい。
そういう決意だった。
レオンは、少しだけ目を丸くする。
それから、ふっと笑った。
「……エリスさんなら、きっと大丈夫ですよ」
その言葉に。
エリスは、少しだけ照れたように笑う。
「ありがとうございます」
風が吹く。
静かな時間だった。
もう、あの夜みたいな、
張り詰めた空気は無い。
けれど。
あの戦いは確かに、
ここへ残っている。
「また、どこかで会えますかね」
エリスがぽつりと呟く。
レオンは少し考えてから。
「冒険者やってる限りは、きっと」
そう答えた。
⸻
妖精鳥が、
小さく鳴く。
まるで。
それに同意するみたいに。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
エリスも成長しました。
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