64:四つ腕
本日もよろしくお願いします。
結界が震えた直後。
「北側だよ」
シエラの声に、
全員が即座に立ち上がる。
森奥から、低い唸り声。
「来たな...…!」
カイルが槍を構えた。
飛び出してきたのは、
狼型の群れ。
中型二。
小型四。
ゼインが前へ出る。
「片付けるぞ」
雷光が小さく走り、
戦斧が唸る。
そのまま前線を押し潰した。
⸻
問題なく戦いを終えた。
だが。
「……また?」
ミナが顔をしかめた。
およそ一時間後、再び群れが現れた。
今度は別方向。
さらにその次も。
またおよそ一時間後。
「頻度が多すぎる」
セスが短く吐き捨てる。
普通じゃない。
開けた場所。
火を焚いている。
人数も多い。
本来、野生の魔獣は避ける条件だ。
なのに。
群れが途切れない。
毎回、絶妙に休めないタイミングで。
処理はできる。
だが、休息時間を削られる。
特に前衛が、確実に疲弊していく。
「……消耗狙いかよ」
セスの呟きへ。
ゼインは、険しい顔で森を睨んでいた。
「誰かが回していやがるな」
その言葉で、空気が冷える。
偶然ではない。
そういうことだった。
⸻
明け方、日が登り始め、空が僅かに白み始める頃。
6度目の群れが現れた。
「チッ……!」
カイルが前へ出る。
疲労は隠せていない。
それでも、槍を振るう。
だがその瞬間。
横から飛び込んできた狼型への反応が、僅かに遅れた。
「っ!」
牙が肩を掠める。
浅い。
だが、負傷した。
「カイル!」
ミナが叫ぶ。
レオンが反射的に前へ出ようとした。
だが。
「前出んな!」
セスが即座に制止する。
「傷開くだろ!」
「でも――」
「後ろから見える範囲でいい!」
ミナも叫ぶ。
「あたしたち動きやすくして!」
その言葉で、レオンは止まった。
そして。
妖精鳥を飛ばす。
身体能力強化。
集中補助。
今できる範囲だけ。
無理はしない。
その支援を受け、カイルが踏み直す。
「...まだ、いける!」
槍が狼型を貫いた。
さらに。
ミナが死角へ潜り込み、喉を裂く。
セスの矢が、最後の一体の目を射抜いた。
ようやく。
群れが沈黙する。
重い呼吸。
疲労。
誰もが、夜通し戦わされていた。
「……最悪だな」
セスが額を押さえる。
ゼインも、険しい顔のまま森を見ていた。
「完全に遊ばれてる」
その時だった。
森奥から。
何かが飛んできた。
「――伏せろ!!」
ドルガが叫ぶ。
直後。
轟音。
地面へ、
巨大な何かが叩きつけられる。
土煙。
ミナが目を見開いた。
「……え?」
⸻
転がっていたのは。
魔獣だった。
死骸。
しかも、身体が、無理やり引き裂かれている。
静寂。
そして。
⸻
森の奥が朝日に照らされ、
浮かび上がるように見えた。
木々が不自然に薙ぎ倒されていた。
まるで。
巨大な何かが、
力任せに踏み潰して進んだように。
その木々が積み上げられた山。
明らかに不自然に積まれたその山の上に。
朝日に照らされながら。
それは、
腰掛けていた。
巨大な四本腕の猿。
普通ではない。
巨大な体は体長4〜5メートルはあるだろうか。
全身は銀色の体毛に覆われている。
だが。
肩裏。
本来あり得ない位置から生えた、
追加の二本だけ。
そこだけ、黒かった。
妙に若々しく、艶がある。
異様に長い腕。
一本一本が、
二メートル以上ある。
指も長く、歪んでいる。
何本かは、
明らかに折れた後、
無理やり治癒した形だった。
全身にも、無数の傷痕。
噛み傷。
裂傷。
古い爪痕。
歴戦。
そう呼ぶしかない、
生々しい傷跡だった。
だが、何より異様だったのは、
目だった。
赤黒い瞳。
その視線が、
ゆっくりとこちらを舐めるように、
見定めるように動く。
前衛。
後衛。
負傷したカイル。
そして、レオン。
まるで、
戦力を確認しているみたいに。
その片腕には、
まだ生きている狼型の魔獣が握られていた。
狼型は暴れている。
だが。
逃げられない。
まるで、
玩具みたいに。
異形は、
口元を、
ゆっくりと歪めた。
笑っている。
そのまま。
握っていた狼型の魔獣を、ゆっくり振りかぶる。
静寂。
誰も動かない、動けない。
そして、四つ腕が、その手の中のものを投げ飛ばした。
瞬間、野営地のすぐ隣に狼型が着弾した。
次は当てると言わんばかりに、
ニヤニヤと、こちらを見ている。
ゼインが低く呟いた。
「……四つ腕、か」
その瞬間。
四つ腕の不気味な笑みが、
さらに深くなった気がした。
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