63:静かな森
本日もよろしくお願いします。
野営地の準備は手際よく進んでいた。
ドルガが周囲へ杭を打ち込み。
マークが簡易結界を展開する。
淡い魔力光が、
野営地外周を薄く覆った。
「接敵反応式です」
マークが説明する。
「強い魔力反応か、一定以上の重量物が近付けば反応します」
「便利だな……」
カイルが感心したように呟いた。
「野営慣れしてるだけですよ」
マークは苦笑する。
その横では、シエラが周囲警戒から戻ってきていた。
「東側、少し獣道が多い」
「魔物の移動跡か?」
ゼインが聞く。
シエラは少し考えてから頷いた。
「数が多い」
短い返答。
だが、それだけで、
黒狼の牙の空気が少し変わる。
レオンはその反応に気付いていた。
「……何かあるんですか?」
そう聞くと。
ゼインは焚火の前へ座り込み、
小枝を火へ投げ込んだ。
「普通、魔物には縄張りがある」
炎が揺れる。
「特に狼型は強い群れほど、行動範囲被らせねぇ」
「無駄に争うからだ」
セスが何かに気づいたように呟いた」
「……今回は、変に群れ同士が近いっていう事ですか」
「そういうことだ」
ゼインは火を見たまま続ける。
「落ち着きがねぇ。森全体が妙にざわついてる」
言葉にすると、かなり不気味だった。
カイルが腕を組む。
「異常個体の影響、ってやつですか?」
「それだけなら、まだいいんです」
答えたのはマークだった。
穏やかな声。
だが、少しだけ重い。
「魔境活性化そのものだった場合、規模が読めません」
ミナが眉を寄せる。
「活性化って、そんなヤバいの?」
「時と場合によります」
マークは静かに答える。
「ただ、酷い場合、氾濫を起こして周辺地域が壊滅しすることもあります」
空気が静まる。
冗談を言った訳ではない。
実際に、そういう記録を知っているような声音だった。
「王国北部にも、昔一つありました」
「小規模魔境だと思われていた場所が、突然活性化した」
「結果、周辺三村が消えています」
焚火が、パチリと音を立てた。
誰も軽口を叩かない。
レオンは森を見る。
暗い。
どこまでも暗い。
まるで。
奥へ進むほど、
世界から切り離されていくようだった。
「……魔境って、結局なんなんだろうね」
ぽつりと、ミナが呟く。
すると。
少し考えてから、マークが口を開いた。
「個人的には、世界の傷みたいなものだと思ってます」
「傷?」
「はい」
マークは焚火を見つめる。
「魔素が異常に淀み、循環が崩れている場所」
「生き物も、環境も、少しずつ歪む」
「だから魔物が生まれる」
静かな説明だった。
「ただ、本当にそうなのかは分かりません」
「学者によって言うことも違いますし」
「そもそも、魔境研究の権威であっても、完全には解明できていません」
そこでゼインが鼻を鳴らした。
「分かってんのは一つだけだ」
全員がそちらを見る。
「魔境は、人が踏み込みすぎる場所じゃねぇ。上手く付き合っていくしかねぇんだよ」
短い言葉。
だが、妙な重みがあった。
歴戦の冒険者だからこそ、出る声。
その時。
シエラが、ふと森奥へ視線を向けた。
「……静かすぎる」
小さな呟き。
レオンも気付いていた。
さっきから。
虫の音が無い。
獣の鳴き声も。
風の音だけしか聞こえない。
まるで、森全体が、息を潜めているようだった。
焚火が揺れる。
暗闇が、
その向こうで蠢いた気がした。
そして、
簡易結界が、小さく震えた。
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