55:綻び
「右後方三体!
大型の後ろにも居ます!」
戦線に響く、レオンの声。
その情報を受け、
冒険者組と兵士たちが即座に動く。
「ミナ、右後方!」
「了解!」
小柄な身体が地面を蹴る。
牙狼の側面へ滑り込み、
双剣が閃いた。
狙うのは首ではない。
腱。
脚の付け根。
動きを止めるための一撃。
「カイル!」
「おう!」
体勢を崩した牙狼へ、
長槍が叩き込まれる。
重い刺突。
魔力強化を乗せた一撃が、
牙狼を地面へ縫い止めた。
同時に。
「左、もう一体!」
セスの矢が飛ぶ。
風を纏った矢が、
牙狼の眼窩へ突き刺さった。
「助かる!」
カイルが槍を引き抜きながら叫ぶ。
だが、戦いはまだ終わらない。
森の奥で沢山の赤い目が揺れている。
レオンは荒く息を吐いた。
頭が重い。
四羽目を広範囲に飛ばす。
それを通した視界共有。
以前より扱えるようにはなった。
必要な情報だけを拾い、整理することも出来る。
だが、長時間続ければ、
集中力が確実に削られる。
それでも。
「左側接近!数は五!」
止めない。
止まれない。
自分が見えている限り、
前線の被害は減る。
それが分かるから。
「……っ」
不意に、視界が揺れた。
一瞬。
視界がブレる。
森。
空。
防壁。
前線。
全部が重なり、
焦点が合わない。
吐き気。
頭痛。
その瞬間だった。
「レオンさん!」
エリスの声にハッとして前を見る。
反応が遅れた。
側面の木々の間を縫って狼型が、
攻撃を仕掛けようと迫っていた。
「っ!?」
反射的に身を捻る。
爪が肩を裂いた。
鮮血。
「大丈夫か!」
兵士が叫ぶ。
レオンは即座に小剣を抜き、
狼型の喉へ突き立てた。
撃破はしたが傷は浅くはない。
肩から熱が流れる。
「……大丈夫です」
息を乱しながら言う。
だが、
エリスの顔は険しかった。
「下がってください!」
「まだ戦えます!」
「そういう問題ではありません!」
その瞬間、再び頭が揺れた。
⸻
四羽目の維持が不安定になる。
処理が追いつかない。
レオンは、そこでようやく理解した。
このままでは、限界が近い。
レオンは苦く呟いた。
「もう、指揮補助は難しいです」
エリスが目を見開く。
だが。
⸻
すぐに頷いた。
⸻
「分かりました」
短い返答。
彼女も、もう理解している。
今のレオンを、無理させてはいけない。
レオンは深く息を吐き、
四羽目との接続を切った。
瞬間、頭痛が少し和らぐ。
代わりに、酷い疲労感が押し寄せた。
「三羽で支援します」
それが今できる、精一杯だった。
妖精鳥たちが飛び立つ。
淡い燐光。
兵士と冒険者たちへ、
身体強化の補助が広がる。
活動補助。
集中補助。
反応速度の底上げ。
これが本来、レオンの得意分野。
「カイルさん、前出過ぎです!」
「悪い!」
長槍が横薙ぎに払われる。
狼型二体を牽制。
その隙へ、ミナが飛び込んだ。
低い姿勢。
双剣が牙狼の脇下を裂く。
さらにもう一歩。
喉を狙う。
だが。
「っ――!」
半歩遅い。
狼型の反撃が先に来る。
ミナは無理やり身体を捻り、
ギリギリで避けるものの、腕へ細い裂傷。
「ミナ!」
「大丈夫!」
本人はそう返す。
だが。
レオンの補助が薄れたことで、
“理想通りに動けていた感覚”との差が出始めていた。
セスの矢が飛ぶ。
風を纏った一射。
牙狼の側頭部へ突き刺さる。
「右片付いた!」
「兵士班、前線維持!」
エリスが指示を飛ばす。
以前のような、
戦場全体を支配するような情報共有は無い。
それでも皆が、
自分で考えて動いていた。
完全ではない。
だが、崩れない。
⸻
数十分後、
最後の狼型が倒れる。
「……状況終了!」
兵士の声。
その場へ、安堵が広がった。
レオンは防壁へ背を預け、
静かに息を吐く。
肩の傷が痛む。
だが、四羽目を切ったことで、
頭の奥は静かだった。
その時。
森の奥に向けて妖精鳥の一羽が、
不意に警戒音を上げた。
「……?」
レオンが顔を上げる。
遠く。
木々の隙間。
何かが、動いた。
巨大な体躯に細長い腕。
いや。
腕が――四本。
大柄な猿のような影が、
魔物の死骸を掴んでいる。
そして。
その周囲にいた牙狼たちが、
まるで従うように動いていた。
異様だった。
自然ではない。
その影は、
こちらを見たように首を傾ける。
しばらく静止した後、
牙狼たちを引き連れ、森の奥へ消えた。
⸻
その影を見た瞬間、
レオンの背筋へ、
冷たいものが走った。
似ている。
以前、
リオたちと遭遇した、
あの狼型の異常個体。
姿形は違う。
大きさも。
纏う気配も。
だが。
“空気が同じだった”。
本能が警鐘を鳴らす。
ただ強い魔物ではない。
何かが、歪んでいる。
自然ではない。
まるで、魔境の奥から、
そのまま這い出してきたような異質さ。
「……なんだ、あれ」




