37:視界
本日もよろしくお願いします。
訓練場の朝
「……うわ、本当に気持ち悪そうな顔してる」
開口一番、訓練場へ入ってきたリオがそう言った。
「……否定は、できません」
レオン・アルバーンは木箱に腰掛けたまま、
げっそりした顔で返した。
額には汗。
顔色も悪い。
その肩には、淡銀色の四羽目の妖精鳥。
⸻
ぴ。
⸻
どこか他人事みたいに鳴いている。
「また視覚共有か?」
「はい……」
リオは苦笑した。
異常個体戦から数日。
リオはまだ怪我の療養中だった。
腕の骨折は治りきっていない。
そのため現在はリハビリ期間。
結果として。
「暇だから付き合ってやるよ」
という流れで、最近はレオンと一緒に訓練場へ来ることが増えていた。
⸻
「で、今回は何秒だった?」
「……八秒です」
「伸びてんじゃん」
「その後、盛大に吐きましたけど」
「だろうなあ」
リオは普通に納得した。
四羽目の妖精鳥の能力は、
“感覚共有”。
正確には、妖精鳥側の視覚情報をレオンの脳へ直接流し込む。
理論上は強力だ。
上空視点。
死角確認。
広域把握。
戦場全体を見渡せる。
だが。
「普通に頭おかしくなるよな、これ」
リオが言う。
本当にその通りだった。
最初の問題は、視界が二重になること。
自分の目。
そして妖精鳥の視界。
二つが同時に流れ込む。
しかも、角度が違うし、距離感も違う。
自分は地面に立っているのに、
脳の半分は上空を飛んでいる。
結果。
「……酔うんですよね」
「そりゃ酔う」
初日は三秒で転倒した。
二日目は歩こうとして壁にぶつかった。
今日は八秒。
その後、盛大に吐いた。
「召喚士って大変だな……」
リオが少し引いた顔をする。
「他の召喚士がどうかはわかりませんけど、僕もここまでとは思いませんでした」
ただ、レオン自身、可能性は感じていた。
一瞬だけ、戦場全体が“見える”感覚。
あれは確かに、強い。
⸻
「問題は、情報量なんですよね」
レオンは水を飲みながら言う。
「全部見えすぎる」
上空から見ると、情報が一気に増える。
人の位置。
動き。
遮蔽物。
死角。
全部同時。
だから脳が処理しきれない。
「戦闘中なんかもっと無理そうだな」
「はい」
静止状態で八秒。
動きながらならもっと短い。
しかも。
「疲れてる時ほど酷いです」
昨日、魔力消耗状態で試した時は、
五秒で頭痛が来た。
視界がブレ、平衡感覚が狂う。
かなり危険だった。
「でもまあ」
リオが笑う。
「完成したら滅茶苦茶強そう」
レオンもそれは否定しなかった。
⸻
「おー、やってんな」
聞き慣れた声に振り向く。
ガドだった。
その後ろには、
木剣と木盾を持った新人冒険者たち。
「……教官、本当にやってるんですね」
レオンが少し驚く。
「意外そうな顔すんな」
ガドは笑う。
すでにギルド実技教官として動き始めていたらしい。
「今日は新人の盾役訓練だ」
後ろの新人たちは、ガドをかなり真面目に見ていた。
どうやら評判は良いらしい。
「で?」
ガドがレオンを見る。
「新しい鳥はどうだ」
「かなり難しいです」
「だろうな」
即答だった。
ガドは少し考えてから言う。
「視界二つあるんだろ?」
「はい」
「そりゃ脳が混乱する」
当然みたいに言う。
「人間ってのはな、“見たいもん”だけ見るようにできてんだ。全部見ようとすると逆に処理落ちするんだよ」
レオンは少し考える。
「……必要な情報だけ拾う?」
「分からんけど多分な」
ガドは肩をすくめた。
「まあ、慣れだろ」
「雑」
リオが笑う。
「俺は門外漢だからな!」
ガドは豪快に笑った。
でも、レオンは少しだけ納得していた。
確かに今の自分は、
“全部見よう”としている。
だから潰れる。
戦場でも同じだ。
全部を完璧に処理することなんてできない。
必要な情報を拾う。
それが多分、この能力の本質。
⸻
夕方。
最後にもう一度だけ試す。
深呼吸。
妖精鳥が飛ぶ。
視界共有。
酔う。
頭が揺れる。
だが、今度は少し違った。
全部を見ない。
見るのは、
“人”。
リオ。
ガド。
新人たち。
位置だけ。
動きだけ。
それだけに集中する。
すると。
「……あ」
少しだけ、酔いが軽い。
三秒。
五秒。
八秒。
十秒。
「お?」
リオが気づく。
レオンは視界共有を切った。
まだ気持ち悪い。
でも。
立っていられる。
「……できた」
ほんの少し。
本当に少しだけ。
前へ進めた感覚。
ガドはそれを見て、
どこか満足そうに笑った。
「やっぱお前、積み重ねるタイプだな」
夕陽が訓練場を染める。
遠くでは新人たちの声。
その中でレオンは、
新しい力を少しずつ自分のものにし始めていた。
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