22:幕間:魔境の揺らぎ
本日もよろしくお願いします。
リスベルから北西へ半日。
山間部に築かれた、小さな観測砦。
本来なら、常駐するのは数名の調査員だけ。
だが今、その空気は異様なほど重かった。
「……数値がまた上がっています」
若い研究員が震える声で言う。
机の上には、複数の羊皮紙。
そこに記された魔力波形は、明らかに乱れていた。
「三日前から急激です」
「魔物の活性化も確認済み」
「周辺生態系の移動速度も異常値を――」
「静かにしろ」
低い声。
部屋の奥。
ローブを纏った老齢の男が、窓の外を見ていた。
名を、エドガー・セルヴェイン。
元Aランク冒険者。
現在は王国魔境対策局の顧問を務める人物だった。
彼はゆっくりと目を閉じる。
「……早すぎる」
本来、“周期”はまだ先のはずだった。
⸻
魔境。
人類未踏領域。
膨大な魔力が渦巻き、魔物を生み続ける異常地帯。
そして、数十年に一度。
そこでは“揺らぎ”が起こる。
魔力濃度の変動。
生態系の暴走。
魔物の大移動。
だが――
「今回の反応は、過去記録と一致していない」
エドガーが呟く。
若い研究員が唾を飲む。
「それは……」
⸻
「何かが起きている」
⸻
短い一言だった。
部屋の空気が冷える。
「魔境内部で、“変化”が始まっている可能性が高い」
それは、王国にとって最悪級の報せだった。
「原因は不明」
「発生源も不明」
「だが確実に、外縁部へ影響が出始めている」
リスベルの魔物襲撃。
それも、その一端に過ぎない。
「上へ報告を」
エドガーが言う。
「各地方ギルドへ警戒通達」
「特に――」
そこで一度、言葉を切る。
「中堅層の消耗を避けろ」
研究員が怪訝な顔をした。
「上位冒険者ではなく、ですか?」
エドガーは静かに首を振る。
「上位は数が少ない。本当に失えば立て直せないのは、“次世代”だ」
Dランク。
Cランク。
伸び始めたばかりの冒険者たち。
本来なら、まだ数年かけて育つはずの層。
だが時代は、それを待たないかもしれない。
窓の外。
遠くの山脈。
その奥には、“魔境”がある。
人の理を拒む、深淵。
エドガーは長く息を吐いた。
「……嫌な時代になるぞ」
誰にも届かない声が、静かな部屋へ沈んでいった。
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