134:目指すもの
本日もよろしくお願いします。
研究室を出ると、昼下がりの日差しが廊下へ差し込んでいた。
「……長かった」
思わず漏れた本音だった。
ヴァイスの話は嫌いではない。
むしろ興味深い。
だが、一度話し始めると止まらない。
「また来てくださいねェ」
背後から聞こえる声へ、レオンは苦笑しながら手を振った。
「...そのうち、また」
扉が閉まる。
ようやく静けさが戻った。
その時だった。
廊下の向こうから二人の人影が歩いてくる。
一人は木槍を肩へ担いだカイル。
額には汗が滲み、服も少し土で汚れている。
その隣には、一本の杖を手にした老人。
いや、とレオンは思う。
老人という言葉には違和感があった。
白髪は増え、顔にも深い皺が刻まれている。
それでも背筋は真っ直ぐ伸び、腰に下げた剣が揺れることもない程に筋が通ったその歩みには、一切の衰えを感じさせない。
そして何より、その目。
老人と呼ぶには、あまりにも力強かった。
まるで今から魔境へ放り込まれても、そのまま生きて帰って来そうな眼差し。
エドガー・セルヴェイン。
「おう!レオン!!」
カイルが気付いて笑う。
「終わったか〜!」
「はい……」
レオンは苦笑する。
「かなり、長かったです」
「だろうな」
エドガーも笑った。
「ヴァイスの研究に付き合うと半日くらい平気で飛ぶ」
レオンの視線が木槍へ向く。
「手合わせですか?」
「ああ」
カイルは木槍を軽く回した。
「王都へ来た時は、なるべく相手してもらってるんだよ」
少し照れ臭そうに笑う。
「昔、王都にいた頃は毎日のように稽古つけてもらってたからな」
「毎日勝手に来ていたのはお前だろうに」
エドガーが淡々と言う。
「強くなりたかったんで」
「今も変わらんな」
短いやり取り。
だが、その自然さだけで二人の付き合いの長さが伝わってくる。
エドガーはカイルの木槍へ視線を向けた。
「槍先は以前より落ち着いた」
カイルの表情が少し緩む。
「本当か?」
「ああ」
一拍置いて続ける。
「だが、間合いを詰める時に肩へ力が入り過ぎる。そのせいで次の動きが丸わかりだ」
「そこなんだよなぁ......」
カイルが苦笑した。
「毎回言われんだよ」
「直らんから毎回言うんだこのバカものが」
即答だった。
レオンは思わず笑う。
カイルも肩を竦めた。
「じゃあ俺は先に戻るわ」
木槍を担ぎ直しながら歩き出す。
「またな」
「はい」
カイルが去る。
エドガーはその背中を少しだけ見送り、今度はレオンへ視線を向けた。
「少し歩くか。」
研究院の中庭。
人影は少なく、風が木々を揺らしていた。
しばらく並んで歩いた後、エドガーが口を開く。
「ヴァイスから話は聞いた」
「お前の魔力の件だ」
「はい」
「難しい話だったろう」
レオンは苦笑する。
「半分くらいしか理解できませんでした」
「十分だ」
エドガーは短く答えた。
「ヴァイスの話は三割も聞いておけば十分だ」
沈黙が流れる。
やがて。
「そういえば...」
エドガーがぽつりと言う。
「お前は骨鳥が初めてではなかったな」
レオンは頷いた。
「狼型と、四つ腕にも遭遇しています」
エドガーは少し黙った。
「短期間で三体、か...」
静かな声だった。
「このところ増えているとは聞くが、運が悪いな」
レオンは少し笑う。
「そうなんですか?」
「一昔前の冒険者なら、一生遭遇せん者も多かった」
レオンは思わず息を呑んだ。
三体。
それがどれほど異常なことなのか、改めて実感する。
「私は何度も見た」
エドガーが空を見上げる。
「魔境へ近付けば、嫌でもな」
その横顔には懐かしさも誇らしさも無い。
ただ事実を述べているだけだった。
「……何度見ても慣れん」
少しだけ目を細める。
「......慣れない方がいいのかもしれん」
レオンは隣を見る。
「どうしてですか?」
エドガーは少し考えた。
「異常個体は、魔獣ではある」
「だが、普通の魔獣とは違う」
「生き延びようと足掻き、歪み、壊れた結果があれだ」
骨鳥を思い出す。
胸を守ろうと変形した姿。
苦しむような叫び。
それでも生きようとしていた姿。
「だから」
エドガーは静かに続ける。
「何度見ても気分が悪い」
「そして、哀れだ」
レオンは何も言えなかった。
「もし、お前が三体見ても何も感じなくなっていたなら」
少しだけ笑う。
「私はお前を心配していた」
レオンは思わず顔を上げる。
「骨鳥を見て、お前は何を思った」
少し考える。
そして、自然と答えが口から出た。
「……苦しそうでした」
エドガーは静かに頷く。
「そう思えたなら、それでいい」
また少し歩く。
やがて研究院の出口が見えてきた。
「ヴァイスは、答えを探している」
エドガーが言う。
「私は違う」
杖を軽く持ち直す。
「無為に失われる命を見たくない、ただそれだけなんだよ」
自分に言い聞かせるかのようにそれだけ言うと、歩き出した。
「エドガーさん」
レオンはエドガーを呼び止めたが、言葉が出てこない。
エドガーは振り返らずに答えた。
「生き残れ」
短い言葉だった。
「知ることも、強くなることも」
「生きていなければ意味はない」
そう言い残し、ゆっくりと去っていく。
その背中を見送りながら、レオンは静かに息を吐いた。
ヴァイスは異常個体を知ろうとしていた。
エドガーは異常個体と戦い続けてきた。
同じ異常個体を見つめながら。
二人とも未来を見据えている。
だが、見ている景色はまるで違う。
レオンは、その違いを少しだけ理解した気がした。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
続きが気になると思っていただけたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。




