129:報告
本日もよろしくお願いします。
冒険者ギルド王都本部。
重厚な扉を押し開いた瞬間、ざわめきが広がった。
黒狼の牙。
それだけでも目立つ。
だが今回は違う。
荷車に積まれた異形の残骸。
巨大な骨。
焼け焦げた肉。
そして大量の遺品。
誰が見ても異常だった。
「……なんだあれ」
「魔獣か?」
「いや、見たことねぇぞ」
受付嬢の表情も固まっていた。
そして数秒後。
「ギ、ギルド長をお呼びします!」
慌ただしく奥へ消えていく。
ゼインが小さく息を吐いた。
「まぁそうだわな......」
「絶対こうなると思った」
シエラも疲れた顔で頷く。
しばらくして現れたギルド長は、荷車を見るなり顔色を変えた。
「応接室へ」
短い言葉だった。
「今すぐです」
⸻
案内されたのはギルド最上階。
普段なら高ランク冒険者でも滅多に使われない応接室だった。
全員が席へ着いて間もなく、再び扉が開く。
入ってきたのは一人の男だった。
年齢は六十を超えているはずだ。
髪には白いものが混じり、顔にも深い皺が刻まれている。
だが、レオンが最初に抱いた感想は、老人というものではなかった。
背筋は真っ直ぐだった。
歩みも力強い。
腰には剣。
片手には一本の杖。
支える為ではない。
魔術師が用いる触媒だった。
そして何よりもその目。
老人と呼ぶには、あまりにも力強い眼差し。
鋭く。
静かで。
まるで今から魔境へ放り込まれても、そのまま帰って来そうな目だった。
「……来たか」
ゼインが呟く。
「うわ」
シエラが顔を顰める。
「マジで来たのか」
カイルが苦笑した。
レオンは首を傾げる。
その時だった。
ギルド長が立ち上がる。
「エドガー卿」
その瞬間。
レオンの目が見開かれた。
エドガー・セルヴェイン。
知らない顔だった。
だが、名前だけは知っている。
『豪炎魔剣』
竜を討った英雄。
魔境単独生還者。
現王国魔境対策局顧問。
冒険者を目指した者なら、一度は耳にする伝説だった。
本物だ。
思わず背筋が伸びる。
⸻
エドガーは部屋へ入るなり、全員を見回した。
そして最初に口を開く。
「負傷者はいるか」
低く落ち着いた声だった。
「いるなら先に治療を受けろ」
その言葉にシエラが肩を竦める。
「両肩やられてるけど死にはしないわ」
「私も問題ありません」
マークが答える。
ゼイン達も頷いた。
エドガーはそれを確認してから席へ腰掛ける。
そして、視線がヴァイスへ向いた。
数秒。
沈黙。
「ヴァイス」
「はいはい」
「お前はまた前へ出たな」
即座だった。
ヴァイスが露骨に嫌そうな顔をする。
「必要でしたので」
「死ぬ可能性も理解した上でか」
「もちろんです」
即答。
エドガーが深く息を吐いた。
「まったく」
額を押さえる。
「お前のそういう所は昔から変わらんな」
ヴァイスは肩を竦める。
反省の色は無い。
だが、エドガーは続けた。
「お前の知識は王国にとって貴重だ」
部屋が静かになる。
「持ち帰る情報も、異常個体への知見も。
お前にしか分からない事がある」
視線が鋭くなる。
「だから命を軽く扱うな」
数秒の沈黙。
そして。
「......善処しますよォ」
珍しくヴァイスが素直に答えた。
⸻
次にエドガーの視線がカイルへ向く。
「カイル」
「お久しぶりです」
「久しぶりだな」
短い会話。
そしてエドガーはカイルを上から下まで見た。
まるで査定するように。
「多少は強くなったようだ」
「多少っすか」
「多少だ」
即答だった。
シエラがカイルに目を向ける。
「知り合いなの?」
「......昔、ちょっとな」
カイルは言い辛そうに答えた。
エドガーは続けた。
「もっとも」
そこで少しだけ口元が緩む。
「魔術を使わん私なら良い勝負になるかもしれん」
カイルが固まった。
部屋も静まる。
ゼインが笑う。
「高評価じゃねぇか」
「魔術込みなら話にならん」
エドガーは即座に付け加えた。
「やっぱりな!!」
カイルが叫ぶ。
部屋の空気が少しだけ和らいだ。
⸻
だが、その空気は長く続かなかった。
エドガーの視線が荷車へ向く。
骨鳥の下半身。
異形の骨格。
焼け焦げた肉。
そして無数の遺品。
先程までの柔らかさが消えた。
静かに。
鋭く。
観察する。
数秒。
誰も喋らない。
やがてエドガーが口を開いた。
「……骨鳥と言ったな」
低い声。
「この個体は、どこで確認した」
レオンは気付いた。
この人は。
ただ強いだけではない。
何かを警戒している。
そんな目だった。
ゼインもその変化に気付いたのだろう。
笑みを消す。
「王都北西の森林地帯。森の浅いところだ」
「そうか」
エドガーが短く答える。
だが。
その表情は僅かに険しくなっていた。
まるで。
その報告が、何か最悪の予感と繋がったかのように。
「さて」
エドガーが椅子へ深く腰掛ける。
「最初から聞こう」
部屋の空気が張り詰めた。
骨鳥との戦いは終わった。
だが。
骨鳥という存在についての確認は、今始まろうとしていた。
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