107:夜鳴き
本日もよろしくお願いします。
骨鳥が去った後も、
森の空気は張り詰めたままだった。
誰もすぐには動かない。
木々の上。
闇。
あの異形が、
まだどこかから見ている気がした。
やがて。
ゼインが低く舌打ちする。
「……面倒な相手だな」
「飛行型で高速機動。しかも夜戦適性まである」
マークが周囲を警戒しながら言う。
「正直、今の状況で追うのは危険です」
ドルガも頷いた。
「夜の森で飛行型を追跡するのは悪手だ。夜間に調査に入ったのも失敗だったかもな」
静かな声。
「こちらの消耗だけが増える」
ヴァイスも珍しく反対しなかった。
「失敗でしたねぇ。骨鳥はこちらの位置を既に認識しています」
魔眼が、
暗い森を見つめる。
「不用意に動けば、逆に狩場へ誘導される可能性が高い」
シエラが眉を寄せた。
「つまり?」
「夜明け待ちです」
即答だった。
「最低限の結界を張り、交代で見張りを立てる」
「移動は明朝」
ゼインが鼻を鳴らす。
「まぁ妥当か」
その後。
一行は開けた場所を選び、
簡易陣地を構築した。
ドルガが周囲へ簡易防壁を設置し、
マークが防音と気配遮断の補助術式を展開する。
ヴァイスの闇魔術も重なり、
周囲の気配が薄く沈んでいった。
焚き火は使わない。
暗い森。
最低限の魔導灯だけが、淡く地面を照らしている。
見張りは二人ずつ交代制となった。
最初の組は、
ゼインとシエラ。
レオン達は、
少し離れた場所で腰を下ろしていた。
静かだった。
だが。
その静けさが逆に不気味だった。
カイルが、小さく息を吐く。
「……なぁ」
低い声。
「さっきのアレ」
「人の声、だったよな」
誰もすぐには答えない。
レオンの脳裏へ、
あの掠れた声が蘇る。
『タスケテ』
喉の裂け目から漏れた、
人間みたいな声。
あれは、
ただの鳴き声ではなかった。
「……俺も聞こえた」
ゼインが、
見張り位置から低く言った。
「しかも、言葉として成立してやがった」
シエラが嫌そうに肩を竦める。
「やめてよね。夜に聞きたくない話題だわ」
だが。
ヴァイスだけは、
妙に落ち着いていた。
「恐らく、模倣でしょうね」
魔眼が静かに光る。
「模倣?」
レオンが聞き返す。
ヴァイスは頷いた。
「鳥類系魔獣には、音声模倣を行う種が存在します」
「異常個体化によって、その性質が歪に拡張されたのでしょう」
静かな説明。
「そして骨鳥は、人間を捕食している」
研究室で資料を読む時みたいな声だった。
「つまり、人間の発声器官や音声構造を、部分的に取り込んでいる可能性があります」
カイルが顔を顰める。
「……喰った人間の声を真似してるって事か?」
「ええ」
ヴァイスが即答する。
「恐らく、断末魔や最期の言葉を優先的に記憶している」
空気が重くなる。
シエラが、
露骨に嫌そうな顔をした。
「最悪……」
だが。
ヴァイスの説明は終わらない。
「興味深いのは、完全な再現ではない事です」
魔眼が細まる。
「声が途切れていた」
「つまり、発声構造がまだ安定していない」
「恐らく、人間を取り込んでいる途中段階なのでしょう」
レオンの背筋へ、
冷たいものが走る。
途中。
その言葉が妙に引っ掛かった。
「……じゃあ、もし安定したら」
レオンの呟き。
ヴァイスが、静かに笑う。
「もっと自然に喋るかもしれませんねぇ」
軽い口調。
だが。
誰も笑わなかった。
その時だった。
ジャラ……
小さな金属音。
全員が動きを止める。
遠い。
森の奥。
木々の上。
微かに、
何かが鳴った。
ゼインが、
静かに戦斧へ手を掛ける。
シエラの目が細まる。
だが。
それ以上、
近づいてくる様子はなかった。
静寂だけが戻る。
しばらくして。
カイルが小さく息を吐いた。
「……見られてる気しかしねぇ」
「恐らく見ていますよ」
ヴァイスが淡々と言う。
「骨鳥はこちらへ強い警戒を抱いています」
「特に、ゼインさん」
ゼインが眉を寄せた。
「俺?」
「ええ」
ヴァイスの魔眼が細まる。
「翼を大きく損傷させましたからねぇ」
「敵として認識された可能性が高い」
ゼインは鼻を鳴らした。
「上等だ」
低い声。
「次はもっと深く斬る」
その言葉に。
遠くの闇から。
微かに。
ジャラ……と、
金属音が返ってきた気がした。
まるで。
こちらの会話に聞き耳を立てているかのように。
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