105:骨の鳴く森
本日もよろしくお願いします。
アルセリアを出発したのは翌朝だった。
黒狼の牙の4人。
ゼイン、シエラ、ドルガ、マーク。
そして、リスベルから来た冒険者組2人。
レオンとカイル。
研究所からはヴァイス。
ここに御者担当が加わる形だ。
王都から北部農村地帯までは、
高速馬車でも半日以上掛かる距離だった。
移動中。
ヴァイスは、
ほぼずっと資料を読んでいた。
「……休まないんですか?」
レオンが思わず聞く。
ヴァイスは顔も上げない。
「時間が惜しいので」
即答だった。
その横でカイルが小声で呟く。
「この人、絶対寝不足とか感じねぇタイプだろ」
「研究対象が近くにある時は、大体こうですね」
御者を務めていた研究所員が、
苦笑しながら言った。
完全に慣れている様子だった。
やがて。
一行は目的地近くの小村へ到着した。
周囲を森に囲まれた、
小さな農村。
だが、空気が妙に重い。
村人達は、どこか怯えた顔をしていた。
「冒険者の方々ですか……?」
年配の村人が、
恐る恐る声を掛けてくる。
ゼインが頷いた。
「最近、鳥型の魔獣が出るらしいな」
その瞬間、村人の顔色が悪くなる。
「あ、あれは普通の魔獣じゃねぇ……」
震えた声だった。
「夜になると、森の方から変な声が聞こえるんだ」
「声?」
レオンが聞き返す。
村人は、嫌なものを思い出したように肩を震わせた。
「人の声みたいなんだ……」
ヴァイスの魔眼が細まった。
「他には?」
村人は少し迷った後、森の方を見る。
「……あと、
変な音もする」
「音?」
「金属だよ」
低い声。
「向こうの森の方から、
夜になるとジャラジャラ……って」
「まるで、金属同士が擦れ合うみたいな音がするんだ」
シエラが眉を寄せる。
「鳥型魔獣で金属音?」
ヴァイスは静かに笑った。
「なるほど」
嫌な笑みだった。
⸻
その日の夕方。
一行は森へ入っていた。
空は既に赤く染まり始めている。
「鳥型魔獣は通常であれば、夜目がそこまで強くありません」
ヴァイスが静かに言う。
「日没直後が最も接近しやすいでしょう」
ドルガが周囲を警戒する。
「こちらの視界はどうする」
「問題ありません」
ヴァイスの足元から、
黒い靄が広がった。
闇。
だが。
次の瞬間。
レオンは目を見開く。
暗い森が、見える。
いや。
正確には違う。
闇へ目が慣れていく感覚。
輪郭が浮かぶ。
木々。
地面。
仲間達。
「……これ」
「闇への感覚適応です」
ヴァイスが淡々と説明する。
「光を増やしている訳ではありません」
「視界を闇へ馴染ませているだけですよ」
カイルが嫌そうな顔をした。
「説明聞いても全然分かんねぇな……」
「理論などどうでもいいでしょう?
結果として見えているのですからねぇ」
ヴァイスが薄く笑いながらそう言った、
その時だった。
ジャラ……
小さな音。
全員が止まる。
金属音。
遠く。
森の奥から。
シエラが小さく呟く。
「……いるわね」
ゼインが静かに戦斧へ手を掛ける。
一行は気配を殺しながら、
慎重に進んだ。
木々の隙間のその先。
開けた空間。
そして。
レオンは息を呑んだ。
そこに居た。
巨大な鳥型魔獣。
だが。
普通ではない。
顔面から首に掛けて、
肉が剥がれ落ちている。
骨が露出していた。
その隙間から、
黒い靄のようなものが漏れている。
翼は歪だった。
羽の隙間。
そこへ。
無数の金属片が埋め込まれている。
銀鎖。
指輪。
折れた短剣。
月光を受け、
不気味に揺れていた。
そして。
骨鳥は今、
魔獣の死体へ嘴を突き立てていた。
肉を引き千切る。
骨ごと噛み砕く。
ぐちゃり、と嫌な音が響く。
その瞬間。
骨鳥の首元。
裂けていた肉が、
僅かに蠢いた。
黒い触手。
四つ腕で見たものと同じ。
それが、
無理矢理肉を繋ぎ止めている。
レオンの背筋へ、
冷たいものが走る。
「……あれ」
小声が漏れる。
ヴァイスの魔眼が、
静かに細まっていた。
「なるほど……」
低い声。
「再生というより、異形化そのものが過剰な修復として機能している」
完全に研究者の目だった。
だが。
その時。
ジャラ……
再び金属音。
骨鳥が、ゆっくり首を動かした。
ゼインの目が細まる。
骨の翼。
その隙間。
月光を受け、
何かが鈍く光っていた。
特徴的な魔石が埋め込まれた剣の柄。
赤黒い革巻き。
鍔の片側が欠けた短剣。
「……おい」
ゼインが低く呟く。
「あの剣の柄、見覚えがあるぞ」
シエラが目を細めた。
「……あれは、Cランクの――」
数秒。
記憶を探る。
そして。
「最近見なくなった、あの双剣使いの……」
空気が変わる。
ドルガが静かに口を開いた。
「なるほど」
低い声。
「……食われていたか」
森の空気が、一気に冷える。
ゼインの視線が、静かに鋭くなった。
戦斧を握る手へ、力が入る。
だが。
次の瞬間だった。
ぴたり、と。
骨鳥の動きが止まる。
肉を喰っていた嘴が止まった。
静寂。
骨鳥が、
ゆっくり周囲を見回す。
不自然だった。
まるで、何かを探しているみたいに。
シエラが小さく舌打ちする。
「……気付かれた?」
ヴァイスの魔眼が鋭く細まる。
「いや」
低い声。
「こちらは見えていない」
「ですが――」
その瞬間。
骨鳥の首が、不自然な角度でこちらを向いた。
黒い眼孔がこちらに向けられる。
抉れて骨が剥き出しになっている喉の裂け目から、
掠れた声のようなものが漏れる。
「……タ......タス、ケ……テ......」
レオンの背筋が凍る。
次の瞬間。
骨鳥が消えた。
地面が爆ぜる。
凄まじい速度で一直線にこちらへ。
「来るぞッ!!」
ゼインの怒声が森へ響いた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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