104:長期生存個体
本日もよろしくお願いします。
数日が過ぎた。
アルセリア異常個体研究所。
レオン達への聴取は、
その後も続いていた。
四つ腕の行動。
視線。
優先順位。
移動経路。
攻撃の癖。
ヴァイスは、
執拗なほど細かく質問を重ねていく。
時には同じ内容を、
角度を変えて何度も聞き直した。
「……またその話ですか?」
カイルが半ば呆れた顔で椅子へ寄り掛かる。
ヴァイスは真顔だった。
「証言というものは、聞き方によって細部が変わるんですよ」
「記憶の奥に埋もれている情報もありますからねぇ」
研究員達が、黙々と記録を続けている。
その日の聴取も、
ようやく終わりかけていた頃だった。
研究室扉が勢いよく開く。
「ヴァイス所長!!」
若い研究員が駆け込んで来る。
表情が硬い。
「北部農村地帯より緊急報告です!!」
空気が変わった。
ヴァイスが資料へ目を落とす。
数秒。
魔眼が細まる。
「……骨鳥ですか」
その名前に、
レオン達が反応する。
ヴァイスは、
ゆっくり資料を机へ置いた。
「丁度いい」
そう呟くと、
研究室奥の棚から複数の古い資料を取り出した。
「皆さん。異常個体は四つ腕だけではありません」
資料が机へ広げられる。
そこへ描かれていたのは、
異形の魔獣達だった。
最初の一枚。
巨大な蛇。
二本の尾。
「危険指定長期生存個体、《双尾毒蛇》」
ヴァイスが静かに説明する。
「二本の尾を持つ蛇型異常個体です」
「猛毒を操り、過去に活動していた地域は現在も毒沼化している」
「過去、Aランクパーティが交戦」
「牙一本と鱗数枚を持ち帰る事には成功しましたが、討伐には至っていません」
マークが、
資料を見ながら呟く。
「……まだ生きている、と」
「恐らくは」
ヴァイスが頷く。
次の資料。
巨大な巣。
無数の糸。
「接触禁止指定個体、《魔糸蜘蛛》」
シエラが眉を寄せた。
「蜘蛛……?」
「ええ」
ヴァイスの魔眼が細まる。
「魔獣としては小型です」
「ですが、極めて高い知性と繁殖能力を持つ」
「糸による罠形成、子蜘蛛の統率、縄張りの支配」
「既に群体化している可能性が高い」
ドルガが腕を組む。
「……厄介だな」
「非常に」
ヴァイスが即答した。
「過去に調査隊が巣へ飲み込まれ、壊滅しています」
「その時の生還者は、一名のみ」
研究室が静まる。
次。
骨の露出した鳥型魔獣。
顔面から首に掛けて、
肉が剥がれ落ちている。
「《骨鳥》」
ヴァイスの声が少し低くなる。
「比較的新しい異常個体と思われます」
「凶暴性が極めて高く、高速飛行能力を持ち、集落襲撃事例も確認されています」
ゼインが資料を見る。
「……若いのか?」
「ええ」
ヴァイスが頷く。
「異形化がまだ安定し切っていない」
「ですが、既に通常個体とは比較になりません」
レオンが、
資料へ視線を落とす。
骨の隙間から、
黒い靄のようなものが漏れている絵。
不気味だった。
最後の資料。
巨大な熊型魔獣。
全身の毛並みが、
まるで角のように硬質化している。
「《角喰い》」
カイルが眉を寄せる。
「……なんだこいつ」
「角のある魔獣ばかりを襲う異常個体です」
ヴァイスが説明する。
「鹿型、牛型、山羊型、そういった魔獣の捕食を続けた結果でしょう」
「体毛そのものが角質化している」
ゼインが鼻を鳴らす。
「つまり、クソ硬ぇって事か」
「ええ」
ヴァイスが笑う。
「並の攻撃ではまず通りません」
「過去の討伐隊も、まともに傷をつけることも出来ていない」
研究室へ重い空気が流れる。
「まぁ、角喰いは自分から人間を襲うような事はありませんので、無闇に接触さえしなければ比較的安全と言えるでしょうねぇ」
異常個体。
四つ腕だけではない。
長く生き残っている異形が、
各地に存在している。
そして。
ヴァイスが、
最後の資料へ手を掛けた。
だが。
そこで少し止まる。
研究室が静まる。
ヴァイスの声だけが、
少し低かった。
「……そして最後」
机へ置かれた資料。
そこに描かれていたのは、歪な人型の影。
黒く塗り潰され、輪郭すら曖昧だった。
「正式記録名すら存在しない個体です」
「生存者が、そう呼称しただけです」
静かな声。
「――《大喰らい》」
レオンの背筋へ、
冷たいものが走る。
ヴァイスの魔眼が、
静かに細まった。
「これが通った所には何も残らない......。私の故郷を滅ぼした個体でもあります」
誰も口を開かない。
ヴァイスだけが、
静かに資料を閉じた。
その直後だった。
「所長」
先程の研究員が、
再び口を開く。
「骨鳥ですが……、農村地帯付近へ居座っている可能性があります」
空気が変わる。
ヴァイスの目が、静かに細まった。
「住民避難は?」
「現在進行中です。ですが、夜間襲撃の危険があります」
短い沈黙。
その後。
ヴァイスが笑った。
「……なるほど」
嫌な笑みだった。
「皆さん」
ヴァイスが、
レオン達を見る。
「実地調査へ同行しませんか?」
研究室が静まる。
「勿論、危険はあります」
「戦闘になる可能性も高い」
「ですが」
ヴァイスの魔眼が光る。
「長期生存型異常個体を、直接観測出来る機会なんて滅多にありません!!!」
完全に研究者の目だった。
カイルが呆れたように言う。
「……いや、観測って言ってるけど、どう考えても討伐になる流れだろ」
「その場合はその場合です!!」
即答だった。
ゼインが鼻を鳴らす。
「で、報酬は?」
ヴァイスが笑う。
「私個人で支払います!!」
「危険手当込みで、
王国上位依頼相当を保証しましょう!!」
シエラが目を見開く。
「は?」
マークが苦笑する。
「……所長、また私財を使うんですか」
「金は使わなければ意味がないでしょう?」
ヴァイスが即答する。
その後。
ゆっくりと、
レオンを見る。
「特に君には、来て頂きたい」
魔眼が、静かに光った。
「異常個体を前にした時、君の魔力がどう反応するのか」
「私は、非常に興味がある」
レオンは言葉を失った。
その横で。
ゼインが静かに戦斧へ手を掛ける。
「……面白ぇ。マーク!シエラ達も呼べ!」
黒狼の牙。
レオン。
カイル。
そしてヴァイス。
事態は静かに動き始めようとしていた。
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