102:異常の段階
本日もよろしくお願いします。
聴取は想像以上に長かった。
「で!!その時四つ腕はどちらを優先していました!?」
「視線は!?誰を見ていました!?前衛ですか!?後衛ですか!?」
「攻撃を受けた際の反応は!?学習傾向はありましたか!?」
ヴァイスの質問は止まらない。
朝から始まった聴取は、
気付けば既に夕方近くまで続いていた。
机へ積み上がる資料。
記録用魔導具。
紙束。
研究員達も、途中から半ば死んだ顔で書き取り続けている。
だが、ヴァイスだけは、
全く疲れた様子が無い。
むしろ、時間が経つほどに異様な熱量が増していた。
「なるほどなるほどなるほど!!やはり通常個体とは行動原理が違う!!」
「単純な捕食ではない!!役割理解!!脅威判定!!群れの統率を行う個体と比較しても、より高度な戦力分析まで行っている可能性が高い!!!」
ヴァイスが、机へ大量の資料を叩き付ける。
その勢いで、インク瓶が倒れた。
だが本人は気にしない。
「実に興味深い!!!」
カイルが、少し疲れた顔で椅子へ寄り掛かった。
「……元気だなこの人」
「研究対象を前にするとこうなるんですよ」
記録を取っていた研究員が、
倒れたインク瓶を片付けながら小声で呟いた。
完全に慣れていた。
その時、ヴァイスの魔眼が、
不意にレオンへ向く。
「君」
また急に止まる。
先程までの高揚が、一瞬で消えた。
「他の異常個体と遭遇した事は?」
静かな声。
だが、妙に鋭い。
レオンは少し考える。
「……あります」
カイルが横を見る。
ヴァイスの魔眼が、僅かに細まった。
「ほう」
レオンは静かに続けた。
「以前、狼型の異常個体と遭遇しました」
「最終的にはなんとか討伐出来ましたけど……」
自然と、あの戦いを思い出す。
巨大な狼。
膨れ上がった魔力。
異常な速度。
そして最後の魔石の炸裂。
「四つ腕とは全然違いました」
レオンが言う。
「強かったです」
「でも、理性的ではなかった」
「興奮しているというか……、力に酔ってるみたいな感じで」
「周囲を壊しながら、ただ暴れていた印象です」
研究室が静まる。
レオンは、言葉を選びながら続けた。
「……でも四つ腕は違った」
「狡猾でした」
「ちゃんと見て、考えて、優先順位を決めて動いていたように見えました」
「明らかに、理性がありました」
数秒の沈黙。
さっきまで騒がしかったヴァイスが、
急に黙る。
研究員達も反応を止めた。
ヴァイスは、
静かにレオンを見ている。
魔眼だけが、
淡く光っていた。
そして。
「……なるほど」
低い声。
今までとは違う。
興奮の熱ではなく、
冷たい思考の声だった。
ヴァイスが、
ゆっくり椅子へ座る。
「やはり、段階がありますね」
研究室の空気が変わる。
誰も口を挟まない。
ヴァイスは、
静かな口調のまま続けた。
「現在確認されている異常個体には、
いくつかの共通傾向があります」
落ち着いている。
だからこそ逆に、
不気味だった。
「まず第一に、
異常個体は通常個体の中でも、
特に強い魔力を持つ個体から発生しやすい」
「無論、全てが異常化する訳ではありません」
「異常個体化の条件はわかっていません」
ヴァイスの指が、
机上の資料を滑る。
「そして異常個体化直後の個体は、
極めて不安定だ」
「急激な力の増大による万能感、高揚感、陶酔など、それらに精神が呑まれるのでしょう」
静かな説明。
だが、その内容は重い。
「結果、暴走する個体が多い」
レオンの脳裏へ、
大狼の姿が過る。
確かに。
あれは理性より、
衝動で動いていた。
ヴァイスは続ける。
「ですが、大半はそこで終わる」
「異常な魔力へ肉体が耐え切れず、崩壊する」
「あるいは」
紫色の魔眼が、
静かに細まる。
「体内魔石が砕け散り、死亡する」
カイルが眉を寄せた。
「……魔石が壊れるのか」
「異常個体は極めて不安定な存在ですからね」
ヴァイスが答える。
「君が討伐した狼型も、恐らくこの段階だったのでしょう」
レオンは、
静かに息を呑んだ。
もし。
あの大狼が、
暴走を乗り越えていたら。
そう考えるだけで、
背筋が冷える。
そして。
ヴァイスが、
ゆっくり立ち上がる。
「ですが」
研究室が静まり返る。
「極稀に、長期間生存する個体が存在する」
魔眼が光る。
「異常化へ適応した個体です」
「そういった個体は、
時間経過と共に変質していく」
「より強く、より狡猾に、より異形へ」
ヴァイスの指が資料の挿絵をなぞる。
四本腕。
異様な肉体。
「異形化もその一種でしょう」
「通常個体の原型を留められなくなる程、肉体構造そのものが変質していく」
低い声。
「そして四つ腕は、恐らくその段階に到達している」
カイルが腕を組む。
「……つまり、あれはかなり長く生きてるって事か」
「ええ」
ヴァイスが頷く。
「持ち帰って来ていただいた腕を確認しましたが、骨折痕や傷痕などから推測するに、相当長い年月を生きた個体でしょうね」
一呼吸置いて。
「つまり、何度も死線を潜り抜けている」
研究室の空気が、重くなる。
ヴァイスだけが笑った。
「いやぁ……実に、興味深い」
その笑顔に。
レオンは、
僅かな寒気を覚えていた。
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